3◆救世主現る
バリケードの外、そこは「危機区」と呼ばれ、一から六までのレベルが設定してある。今流架が走っている「大兎南危機区」は現在四度危機区と設定されている。なかなかに危険な道なのだ。
オカシは夜になると活きが良くなって厄介なので、陽が落ちきる前にどうにか人口島まで辿り着きたい。流架は等間隔に照明塔が並ぶ道から外れ、ショートカットするために獣道へ入って行った。この危機区は道路以外は整備されていない森だ。頼りになるのは落ちきる前の太陽と、バイクの照明だけなので迅速に抜ける必要がある。しかしこの道も流架には慣れたものなので、道とは言えない道を順調に進んでいく…いつもなら。
崖と言ってもいい段差をバイクで下り、この下にある大岩で一度着地させ衝撃を緩和してから地面に着地するつもりでいたのだが、今日はその大岩に何かがある。
「なんだ!?」
予定通りの進路にはならなかったが、崖の側面を走り減速させて地面へと着地する。
流架が大岩を見上げると、人が座っていた。
(危機区の、しかもこんな森の奥に人?人型のオカシか?)
流架は警戒し革ジャンの胸ポケットに触れ、相手がどう出るか待つ。
「やった、救世主現る」
そう言って大岩から降りてくる様子はどうも人間に見える。学ランを着てるということは、いい所のお坊ちゃんだろうか。それがなんでこんな場所に?
「すんません、あの、ここどこ」
「…大兎南危機区だけど…お前何してんの?」
「だいとみなみききく…?知らねえな、それは大田区か?」
「いや、大兎南危機区は大兎南危機区以外の何物でもねえよ」
「そっか、困ったな」
困ったと言いながらも不安げな様子が見られない相手を流架は観察する。何となくふてぶてしい感じがするチビだ。うなじの辺りで縛った髪の毛がしっぽのようだ。
足元に振動を感じ、危機区で少し悠長にしてしまったかと流架は思う。
「やべえな、出てきちまった」
少年の方とは逆を向くと、流架は胸ポケットからタロットカードを取り出した。それと同時に地面から巨大な蛇のようなものが現れる。
「なんだこの動物!」
「オカシだ!」
自分たちの伸長を遥か超えるほどの大きさだが、実体がなさそうだ。肉の気配がしない。流架はタロットカードをシャッフルし一枚引く。
「10番、運命の輪!てなわけで大車輪!」
流架がカードをかざすと、その手から光が生まれる。それは大きくうねり流架の頭上で円となり回転を始める。「おらよっと」とそれをオカシに向かって放り投げると、巨大な蛇を取り囲むようにして回る。獲物を捉えたその光の輪は、ついにはオカシをねじ切った。
そうすると不思議なことに、オカシも光の輪も花火のように散って消えたのだ。
一仕事終えてゆっくりしようと思っていたのに、余計な力を使ってしまった。少年の方に目をやると口を大きく開けてぽかんとしている。オカシに怯えたという感じでもない。
「おいチビ、バイクの後ろ乗れ。話はここを抜けた後だ」
「助かる。でも荷物積んであるけど」
「うまい具合どうにか乗れ」
少年は小さいことが幸いし流架と荷物の間にどうにか挟まった。遅れを取り戻すためバイクは猛スピードで悪路を走り、少年は声も出せずにしがみ付いていた。
***
港の開発のために作られた人工島は、港や倉庫で働く人が使うので野営場も大規模なものが多く、価格も安い。その中でも人工島危機区内にある野営場は、危機区の中ということもあって価格がぐっと下がるのだ。大兎のあたりに来ると流架が決まって使う場所だ。
「おねーさん、野営スペース二人分とお泊りセット一人分」
「流架ちゃん久しぶりね。個室も空いてるよ」
「野営スペースでいいって。あとこれちょうだい」
流架は受付カウンター前で売っている大きなおにぎりを二つ指さす。
「全部で1150完、おまけして1000完でいいよ」
「サンキュー!」
笑顔で言った流架はそのままくるりと少年を振り向く。
「ちなみにお前、金は?」
「日本円ならある」
そうじゃないかと思っていた。オカシも知らないやつが、この国の金を持っているとも思えない。
「しゃあねえか…」
流架は受付で1000完払い、お泊りセットを受け取って野営場へ行く。「36」と書かれた立て看板に「使用中」の札を下げた。野営スペースは平らに整備された広場で、共同の水飲み場や炊事場、シャワーなどが利用できるが、宿泊は自前のテント泊となる。ただの広場なので屋根などないが、必要なら雨どいのレンタルがある。
「ほい、ここが今日の宿だ。で、お前名前は?」
「早瀬康」
「俺は流架。孤児だから苗字はねえよ。話聞く前に野営の準備するかぁ」
どうにもワケアリそうなのを拾ってしまったが、近道しようとしたのが運の尽きである。
もしくはこの康と名乗る少年が強運なのか。