2◆退治屋・流架
流架は大きな仕事を終えてご機嫌だった。大兎の街の退治屋紹介所で案件完了の手続きをし、報酬分の5%を納める。
「流架ちゃん今回は儲けたね、花街で豪遊かい?」
紹介所で手続きをしたオッサンが揶揄うように言う。
「んな金はねーよ。俺は家無しだぜ?大兎の中心部はなんもかんも高いから、今日はとっとと人工島の野営場だ」
黒い丸眼鏡に黒いハイネックとジャケットにパンツ、更に真っ黒な髪を腰まで伸ばして括っているといういで立ちは見るからに怪しいが、その怪しさが退治屋稼業にぴったりだと本人は思っている。退治屋の中でも若手なので侮られないようにもしなくてはいけない。そういうことを自分で考えて実践できるので、フリーランスの退治屋に向いている。
退治屋とは言葉の通り、退治することを生業としている者である。何を退治するかと言えば「オカシ」をである。
魑魅魍魎、妖怪、魔物、天使に悪魔に心霊現象。その昔「なし」とされていたこれらの事象は現在「あり」となっている。視覚化され物理的被害が出たので認めざるを得ないのだ。しかしこれらのおかしな出来事の中身に実は様々ジャンルがあるのだが、ジャンルとか言ってもよく解らないし、分けて考えるのも面倒だしということで、この国ではこれらの事象を全て「オカシ」と呼ぶことになった。ちなみに公式には「御化姿」と書く。
それらに対応できる有スキル者を「能力者」と呼び、職業として対応している人を「退治屋」と呼んでいる。流架は能力者で退治屋だ。退治屋を引退したら能力者の一般人となる。
退治屋紹介所を出た向かいでは和菓子屋が机を出して名物を売っている。「英雄の墓まんぢう」だ。この大兎には英雄・佐河英明の御大層な墓があり、観光スポットとなっている。その墓の形を模した饅頭がこの界隈でよく売っており、土産として人気だ。墓の形の饅頭なんてどうかしていると毎度思いながら流架は買う。美味いのだ。しかし自分の墓が観光スポットになるという気分はどんなものだろう。
流架は黒いバイクに跨り人工島への道を行く。バイクの尻に積んである大きな荷物が流架の全部の持ち物だ。
大兎は大きな街なのでバリケードの入場も混雑する。流架は車両用の出口の列に並び、前方を見やる。まだ時間は掛かりそうだ。
「上位能力者の方は抑制バンドを付けてくださーい」
浄衣を身に纏った係員が抑制バンドを入れた袋を持って回る。バリケード警護のスタッフだ。
「はいはーい、俺ちゃん上位能力者~!」
警護スタッフは流架が手を上げると抑制バンドを渡し「手首に巻いて、出たら返却箱に入れてください」と決まった文句を言って去った。
「あれ?バリケードの警備って皇に変わったのか?」
「とりあえず南口はな、他はまだ軍がやってるぜ」
流架の疑問に答えたのは顔見知りの退治屋だ。現場で一緒になったこともある。
大兎に入って来た時にどうして気付かなかったのかと思ったが、やってきた東口は以前のままとわかり納得する。
皇というのは退治屋の民間企業だ。家族でやっていたら儲かったので法人化したというやつだ。やっているのは皇一族で、この家はとにかくハイスペックな能力者が生まれるのだが、その中でも「神力」という力を持つ者が必ず途切れずに生まれる。
この神力はこと浄化においては最強なので、どんなに困難な状況でも神力のごり押しでどうにかなってしまうのだ。なので難しい案件は皇に行くようになっている。
「皇がなんでバリケードの警備してんの?」
「見てみろよ、真っ白の皇制服着てるやつらは『皇様』じゃねえだろ?」
『皇様』とは皇一族を揶揄するときに言われ、退治屋の中では通じる。現場で出くわすと大抵お高くとまっていているのだ。
「あー、養成所の。やっと物になったのかよ」
「どうだかなぁ」
バリケードの外にいる皇のスタッフが沸いて出た触手のようなオカシに向かって『言』を唱え、指から発した気の光で円を描く。そうしてオカシの動きを止めてから持っていた薙刀で中核を突いて消した。
「おー!教本通り!」
「いきなり波動弾ぶっぱなす俺らとは違うわ」
流架と顔見知りの退治屋はやんややんやと盛り上がる。一応世には能力者のためのハウツー本も出回っており、そこには必ず「『言』を唱えて動きを縛ってからオカシの核を壊しましょう」と書かれている。しかしそんなものは全部粉々にしてしまえばいいだけだと、慣れた者ほどそうはしない。
皇が能力者の養成所を作ったのは5年ほど前だ。昔から一族だけで仕事を受けていたのだが、皇家以外の能力者も入れて組織を大きくするつもりだと噂は聞いた。だけど能力者の募集を掛けてもあまり人も集まらないため(なんせ現場の印象が良くない)、一から育成しようと作ったのが養成所だが、そこで教育された能力者がようやく現場に出て来たらしい。
「今後は現場でも結構、皇さんと会うのかねぇ」
「そいつは御免だな」
そんな話をしているうちにバリケードまで進む。オカシが侵入しないように街に張り巡らされたバリケードは、部分的に出入りができるような仕組みにしてある。上位能力者だとバリケードにオカシの判定をされ弾かれてしまうことがある。なので制御バンドなのである。
出口から出て腕に巻いた制御バンドを返却箱へ投げ入れると、流架は顔見知りに片手を上げて挨拶をし、夕暮れの道を走り出した。