19◆呪詛の鑑定
呪具の使用未遂によって逮捕された男は、退治屋の登録も、取り扱いの認可も下りていない一般人であった。状況を確認するに悪用するための所持のためこのまま起訴となる。
「バリケード付近の仕掛けと呪具を確認しましたけど、どちらもすっかり綺麗になっておりますわ。バリケードの術を発動させた人間を特定できましたけど、これもやっぱり玉状の呪具と同じく、作成者と使用者は別じゃないかしら」
軍の施設に似つかわぬ「暗黒可愛い」と若者たちの中で言われている黒いフリルのスカートと袖の膨らんだ白いブラウス、長い髪の毛はツインテールにして両方に白と黒のフリルのリボンを付けた少女が、呪いの装置を事も無げに鑑定する。お供で付いてる男二人は、皇の制服と言われている白い浄衣だ。
割れた玉の方は血を染み込ませることによって所有者を限定する仕組みだが、同時に作成者情報も上書きされる。一般人に売るために作った簡易な呪具はそこまで術者の恨込めることなく、仕様書通りに作れば作れるらしい。よってこうまで神力で焼き尽くされてしまったら、元々微弱にしか残ってなかった作成者の気配を追うのは困難だ。
「物は残っているので追うのはできなくないですけど、すぐは無理ですわね」
「別途見積もりになります」
少女の状況を確認し、浄衣の(じょうえ)男が口を挟む。少女は抱えているパッチワークのウサギの人形に「たいへーん」と言ってるような、口元に両手を当てたポーズを取らせる。毎度思うが、皇の呪詛担当は癖が強い。
「じゃあ見積もりを頼めるか?」
「承知しました」
放っておくわけにもいかないので松本は見積もりを依頼するが、果たして予算が下りるだろうか。
「咲姫は帰ってよろしくって?」
「あ、もう一点確認いいですか」
咲姫という皇の呪詛担当者を神己は引き止め、気になった点を問う。
「呪詛を焼いた正の力は神力だと思うのですが、その特定はできますか?」
「咲姫にはわかりませんわ。お兄ちゃまにはわかるかしら?」
「本家の者の鑑定になります。改めてご依頼ください」
またも浄衣の男が答える。咲姫には皇内部の業務切り分けは解らないため、浄衣の男が依頼をコントロールしているのだ。
抱いたウサギのぬいぐるみに向かって「ねー」と言って笑う咲姫に、力なく「そうですか」とだけ答えて神己は見送る。まさか別件扱いになるとは、本当に皇は面倒だ。
白隊は皇と緊急時の出動要請や大きな対応案件の協力を得られる契約をしている。呪詛への対応も契約内に含まれるので、白隊は呪詛への対応がまだ不十分のため依頼をするのだが、呪詛対応を請け負うのは皇の中の「裏本家」と呼ばれる系列だ。
今回来たのはその裏本家当主の娘であるので、いわゆる「皇様」だ。神己より少し歳が下くらいなのに見事に鑑定を終わらせ、使用者の名前まで特定させたのはさすがだ。しかし、
「うさ子さん今日はどこに行きます?」
「セッカク幣星マデ来タンダカラ、オッシャレーナパフェガ食ベターイ♪」
「まあうさ子さん、グッドアイデアですわ!」
人形を術で喋らせながら歩くのは奇行と言っていいだろう。しかし高級車に乗り込み、パフェを食べるのもきっと高級店の個室なのだから、奇行もきっと問題ないのだろう。
「あれだ、以前駅前で大道芸見たぞ、あんな風に人形喋らせてるの」
「ああ、はい。あの術はここで使っても違法ではないですね」
松本がさも珍しそうに皇のお嬢様を見送り、乗り込んだ高級車についてのうんちくを語り出したのを神己は聞き流す。
(そういや、今の子、康ってやつと同じくらいかな。あいつ白隊来るのかな)
松本のエンジンについての説明をBGMに、神己はぼんやりとそう考えていた。
***
咲姫を乗せた高級車は幣星中心街より少し離れた、小高い丘の上にある豪邸に着いた。
これから着替えをして、パフェとショッピングと思うと咲姫の心は踊る。仕事をするのは面倒だが、いつもド田舎の古臭い家で暮らしているので、都会にやって来れる幣星緊急部隊絡みの仕事は大歓迎だ。
「夏那彦お兄ちゃま、お仕事終わりましたわ!」
「おかえり咲姫、帰宅早々悪いんだけど、皇村に戻るよ」
「なんですって!」
つまらない仕事が終わってやっとご褒美タイムが始まるというのに、なんて無慈悲なことを言うのだ。夏那彦と呼ばれたスーツの男は咲姫とは十は歳が上である。
「本家に織姫お姉様がお戻りになったそうだ」
「織姫様が…?」
織姫というのは、咲姫の物心ついた頃にはいなかった本家の娘である。随分長らく失踪しており、誰もが亡くなったと思っていたのだが。確かにそれなら大事件である。
しかし、咲姫は織姫に会った記憶はなく、帰って来た本人にすぐに会いたいという気持ちも沸いてこない。
「…明日じゃダメですの…?それか、咲姫のことは置いて、夏那彦お兄ちゃまだけ先に帰っても構いませんわよ」
「そういうわけにはいかないよ、埋め合わせは必ずするから」
「…今すぐ帰りますの?」
「そうだね」
「…どこかでお菓子屋さんに寄ってくださる…?遊姫ちゃんにお土産を買っていきたいの」
「咲姫の好きなお菓子もたくさん買おう」
幣星へやって来た時の保護者役である兄の夏那彦が村へ戻るのなら、一人で幣星にいられるわけがないのは咲姫も理解している。すっかりしょげてしまった妹に夏那彦は「すまないね」と言い、急ぎ皇村へ向かう手配をする。
織姫、皇の神力使い。神力を有しているがゆえに皇の力は絶対だと触れ回っていたが、実はここ何年もその使い手は不在なのである。一体どういう状態で戻ってきたのかは確認するまでわからないが、今後の動きを考える必要がある。
「許嫁という話もひょっとしたら生きてくるのかな」
夏那彦は独り言ちてため息を吐く。ド田舎の古臭い家なので時代遅れの化石のような風習が残っているのだ。織姫は賢く可愛らしい娘であったが、さてどのようになっているだろうか。いかんせん何を判断しようにも材料が足りない。
先ほど咲姫が乗っていたのとはまた違う頑丈な黒塗り車が車寄せで待機している。夏那彦は元気のない咲姫を連れそれに乗り込んだ。
「先に港公園へ行ってくれ」
港公園は外国船も来るお洒落エリアで若い女性に人気の菓子店がいくつもある。少し立ち寄るだけしかできないが、今度改めてもう一人の妹も連れてやって来よう。
妹を言い含めて村に向かってはいるが、いつもは幣星で暮らしている夏那彦とてあの古臭い家に戻ると思うとため息も吐きたくなるのである。




