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16◆ならず者来たる

「流架帰ってこないわねぇ、今日泊まって行こうかな」

「別に俺一人で平気だけど、外もう暗いから帰る方が危ねえか」

「帰るのはチャリ飛ばせばいいからどうってことないけど」


保護者役は久々の顔との飲み会なので帰りは遅くなるようだ。ヒビキはこの小さい少年を一人にするのは忍びないので、今晩は倉庫で泊まって帰ろうかと思っている。布団は二組しかないが、流架が帰ってきたら自分の寝袋を出して寝たらいい。

康とヒビキが寝る支度をしているその時、倉庫の扉に手を掛ける者があった。


ヒビキとガキの声はするが、他に声はない。押し入ってこの玉を投げつければいい。

ガキが何をしようが呪詛はどうにもできないはずだ。


そう思い、男は扉を開こうと手に力を込めた―――


「…開かない!?」


鍵が閉まっている訳がない。何故ならすでに少し開いて光も漏れているのだから。それなのにどういうわけか、うんともすんとも言わないのだ。


「どういうことだ!おかしいだろ!」

「何をしている」


男が声に振り返ると、そこには白い髪の少年がいた。着ているのは軍服である。


「いや…ははは、知り合いを訪ねてやって来たんだけど、おっかしいな、開かないぞ」

「へえ」


まだ呪詛を発動させる前だから良かった。ここはどうにかしらを切って出直しだ。


「おい、その右手に持ってるもん出せ」


少年の後ろから違う声がする。この辺りは街灯が少ない上に、電球が切れても放ったらかしなので暗がりになった所は何も見えないくらいに闇だ。そこからぬっと現れたのは片目の無い軍人だ。


「いや、これ、拾ったんですよ」

「いいから渡せ」


ここで渡してしまった方が無事に済むだろうか。いや、ダメだ。軍にぶん取られたなんて知れたらどんな目に遭うかわからない。第一、玉に血を垂らしてしまっているではないか。これを使おうとしたのが自分だとバレるかもしれない。そうしたら豚箱に30年だ。


終わりだ、どっちにしても終わりだ。


逃げようと思っても、目の前にいる白髪の子供ならともかく、後ろにいるガタイのいい軍人からはとてもじゃないけど逃げ切れる気がしない。焦りに体が震える。


「いや、拾っただけで」


ガタガタと震えながらそう言う男はどう見たって様子がおかしいが、呪具じゅぐを使う素振りはない。さて、どうしたものかと松本と神己かむいが顔を見合わせた時だった。


「誰かいるの?流架?」


先ほどまでびくともしなかった扉が開いた。流架が倉庫に掛けた悪いものが入ってこれない守りによって、呪具じゅぐを持った男には開くことができなかったのだが、内側から家主が開けば別である。開いた扉の向こうには、ターゲットの女の姿が見える。


もうおしまいだ。もうどうせ終わるのだ。この女だって道連れだ。


男は繭玉まゆだまを振りかぶり、ヒビキに向かって投げつけようとしたその時だ。

顎に衝撃を受けて、目の前に細かい光がチカチカ舞っていると思った時には地面にひっくり返っていた。男の目には入っていなかったが、扉を開けたのは傘を構えた康だったのだが、彼の背が低くて後ろにいたヒビキの姿しか見えていなかったのだ。

不審な素振りを見せた瞬間に康の体が動き、気付けば顎を蹴り上げていた。悪い癖である。


「あ、やべ」


思った以上に勢いよく吹っ飛んでしまったが大丈夫だろうか。仰向けに倒れた男に近付こうと踏み出したら、何かを踏んだ。ブニっとした感触だ。


「なんだこれ?」


地面に転がる丸い物を康は持っている傘でちょいちょいと突く。


「あっ!ちょっと待って触らないで!」

「え?」


茫然と成り行きを見てしまっていた神己かむい呪具じゅぐに触れそうな一般人を止めに入った。


ボンッ


籠ったような破裂音が聞こえ、その発信源を探すと地面に転がっていた玉であった。玉はどうやら内側から爆発しペシャンコになっていた。


「なんだよこれ、爆発物か?危ねーな」

「いや、火薬の匂いがしねえ。おいボウズ、お手柄だったな。そいつは呪具じゅぐの所持で逮捕だ」


松本が手早く伸びてる男を拘束する。遠くから聞こえるサイレンの音は現場検証のためここに向かってくる緊急車両のものだろう。


「え?ちょっとコイツなんでうちまで来てんのよ!やだ怖い!」

「あんたここに住んでんのか?あんまり褒められた場所じゃねえぞ」

「今は住んでないわよ」


松本がそのまま、男を知っている様子のヒビキに事情聴取を始め、神己かむいは爆発した玉の残骸を確認する。


こんの気配が全くしない」


能力者の力には正負があり、「正」寄りだと浄化に強く、「負」寄りだと念じる力が強くなるが、呪詛はそれとは別に「こん」を使う。こんを「恨みつらみ」と考えれば負とよく似たものと思うかもしれないが、恨とは主に他害よって発生する。例えば生贄を使った時に発生する贄からの感情などだ。なので純度の高いこんを求めるなら、より理不尽な殺害が良いなどとも言われるのだ。他者から害され続けた者が呪詛じゅそを上手く使えるようになるのはそういった理由だ。


こんを祓う方法は高位の正の力での浄化か、こんを扱う者による呪解じゅかいと言われている。しかしこんを祓えるほどの正の力となると8度以上と言われているのでほぼいない。シラである神己の力も正の6度である。


「8度以上って神憑りか神力しんりょくしかない…やっぱあいつ神力しんりょく使いだ」


神己かむいが康へ視線を向けると、緊急車両も到着し騒がしくなっている現場を少し離れた所から所在なさげに眺めていた。


「…あん?なんかあったのか?」


退治屋紹介所の人と酒を飲んだ帰りの流架が、唖然とした顔で康に歩み寄る。


「ならず者が爆発物を持って来た」

「はぁ!?」


爆発物と聞いて流架は辺りを見渡すが爆発が起きた様子はない。ヒビキも軍人と話しているし、どうやら皆無事のようだ。

昨日のバリケードからトラブルが続く。その前のヒビキを助けた件も入れていいかもしれない。


「康お前、持ってんな~」

「俺かよ」

「お前だろ」


流架に言われ、康は納得のいかない顔をした。

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