15◆危機迫る
今日の康は幣星の街を歩き、求人の情報などを集めていた。
思った通り年齢が低くても働ける口はあるようでひとまずはほっとした。仕事に見合うスキルどころか、この世界の基本すら分かっていないのは雇用の面で大きくマイナスになると思うのだが、どうせボロが出るだろうし隠して応募することもない。
夕方、倉庫に戻った康は応募するにあたり自分の紹介状を作るべくプロフィールなどを書き出してみた。
・名前:早瀬 康
・年齢:14歳
・住所:なし
・読み書き可能 (文字についてはあまり違いは無さそう)
・四則演算可能 (これも同様)
・肉体労働可能
・希望:住み込み
・その他:日帰に来て日が浅いので色々わからないことが多いけど、やる気はある
「以上だな」
頭を捻ってみたものの、これ以上は何も出なかった。仕事などどれもこれも未経験なので、選ぶつもりはない。この条件で雇ってくれる所があれば即そこに勤めるつもりだ。
「雇って…くれんのか…?」
書き出したものを見て不安に思うものの、とりあえずはこれでやってみるしかない。あとは数打ちゃ当たる方式で応募するだけだ。
「あれー?康くん流架は?」
「あ、ヒビキさんちっす。流架は今日別行動。退治屋紹介所行ったあと、そこの人と飲みに行くって」
「あいつ顔広いからね~、じゃあ夕飯は私と康くんだけね」
ヒビキは背負ったリュックからおかずを詰めた箱を出してテーブルに並べる。
「いつもすんません」
「んふふ、弟ができたみたいでちょっと楽しい」
ヒビキが機嫌よく言う言葉に嘘はないようだ。携帯コンロでお茶を入れるのは康も覚えたので、自分とヒビキの分を淹れる。茶葉はいつも流架のストックを使わせてもらっていたので、今日歩いている時に自分の物を買ってきた。
「流架の使っちゃえばいいのに」
「いや、いつまでもそういうわけにはいかねえから」
こんな康の真面目な性分をヒビキも流架も気に入っているところだ。
今日は甘酢あんの肉団子に、毎度お馴染みになりつつある卵焼き、茹でた野菜にたれをかけたやつに、梅干しのおにぎりだ。簡単な料理ながら美味しい。
「ヒビキさん、料理上手い」
「康くんも覚えた方がいいわよ、自炊が美味しいと生活の満足感が上がるから」
言われてそうかと納得をする。金が無くても安く美味い物を作れれば、ひとまずそれで楽しく暮らせそうだ。流架もあるものでパパっと野菜スープなど作ってくれるが美味しい。
「料理か…そうだなぁ」
飲食店でも募集があった。給仕の担当しか見てなかったが厨房で料理を仕込んでくれる所はないだろうか。
食器を洗い、もう一杯お茶を淹れる。
「ヒビキさん仕事は?」
「今日はなし。大体週末なのよ」
「ふーん、それで食っていけるだけ稼げる?」
「節約したらね」
「ならいいな」
ヒビキの歌の練習を見たが、踊りながら息も切らさず歌って尚且つ笑顔でいるなんて、康にしてみれば超人技だ。一芸に秀でていればそれで食えるが、やはり食うには努力が欠かせないものだとしみじみ思う。
「いつか映像板に出るくらいの歌うたいになって家を買うわ!」
「おう、頑張れよ」
映像板とは日本で言うテレビみたいなものだ。映像局から送った映像を映し出す板で、設置には術式を編む必要があるので一家に一台というわけにはいかない。設置したい場所を映像局に申請して、審査が通ったら設置される。
いつでもどこでも映像板が見れる環境ではないため、ステージで芸を見せる店は人気があるのだ。
ヒビキは流架とは違って好きで野営場暮らしをしているわけではない。マイホームを持つ夢のために頑張っている。
「郊外の安全地帯に一軒家もいいし、幣星のお洒落エリアの高級集合住宅も憧れるわ」
キラキラと目を輝かせるヒビキの語りは終わらない。流架に話しても「興味ねー」とスルーされてしまうのだが、今日は相手がいるのである。
***
ヒビキが借りている倉庫の区画は日が暮れる頃には人が捌ける。メインの倉庫群はフェリーターミナルを超えた向こうにあり、そちらは深夜作業などもあって明かりが多いのだが、旧式の倉庫が並ぶこのエリアは近年更地になる予定もあり、フル回転で稼働している倉庫はない。
ヒビキが倉庫で歌の練習をしているのは知っていたが、何時いるのかまで把握はしていない。しかし試しにやって来たら明かりがついているではないか。
男の手には球体、呪具としての名は「繭玉」と言うらしいが、それが握られている。ぶよぶよとした感触が気持ちが悪い。握り潰しても中からは何も出て来なく、あくまでターゲットに向かって術を発動すると出てくるという。一般人にも使えるように作られているらしく、繭玉に使用者の血を一滴垂らすと術者として認識するので、あとはターゲットに向けて投げて決まり文句を言えばいい。
古い倉庫群の端に位置する倉庫に不審な人物が近付こうと、それを目にする人はいない…いつもであれば。
通常、能力者ですらキャッチできないくらい術で抑え込まれてしまわれた呪詛の気配を感じ取り、倉庫から離れた場所でスクーターを降りた。
「どっちだ?」
傘の鑑定のために倉庫を尋ねた白隊の少年は伝言板で応援要請をし、緊張した面持ちで気配を探る。今日鑑定をする相手がいるのは明かりのついた端の倉庫だろう。しかしどうも気配はそちらから流れてくる。
さて、どうしよう。万が一何かあった際に、自分には呪詛に対応するスキルは無いのだ。




