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14◆不穏

華門柱かもんちゅうの奥の奥、華やかな色どりからも遠ざかった場末の酒場が立ち並ぶ中でいっとう安い合成酒を出す店に無精ひげの男はいた。ヒビキに金をせびった男である。他にも当たってみたがどれもうまく行かず、飲んだくれている始末である。

学生時代の友人も頼ってみたが、友人と思っていたのは彼だけのようで、けんもほろろに追い返された。そんな仕打ちに人に恵まれない運のなさを嘆いているが、良い縁を自らの行いで断ち切っているのには気が付いていない。


「まぁちゃ~ん、こんなとこいたのかよ」


無精ひげの男の肩を馴れ馴れしく抱いて、カウンターの隣の席に派手なシャツの男が座る。反対側にも連れが座り、囲まれた形だ。まぁちゃんと呼ばれた男は身を固まらせ俯くばかりだ。なぜなら現れたのは借金取りだからだ。


「怖がんなって~今日は払えないってわかってるから。俺だって鬼じゃないんだからよ~」


肩をバンバンと叩いてから話すと、中年の女店員に酒を頼む。


「おえ、まずっ。まぁちゃんこんなまっずい酒飲んで節約生活してんだ、侘しいね~。んで、どうすんの?当てあんの?」


男は黙っているしかない。当てなどとっくに尽きている。ヒビキの言う通り実家に頼ろうと帰ってみたが、頼みの両親は隠居しておらず、不仲だった兄が家督を継いでいた。今まで借金の返済が滞った時は両親に工面してもらっていたが、その金を兄は「立替払い」だと言い、今後家にやってくるなら返済を要求するなどと言ってきた。

その様子を見た借金取りはいよいよ首が回らなくなったのを理解する。親兄弟にも友人にも切られたのだろう。


「なあ、いいもん売ってやろうか?稼ぎになるかもしれねえ」

「は?」


借金取りは男の向こうに座った貧相な男に目をやる。借金取りはいかにも裏家業という雰囲気を出しているが、もう一人の方はそれとは違う。しかし纏う雰囲気は怪しげで陰湿だ。

そんな貧相な男が目配せされて出したのはこぶし大の球体だ。


「この中には小さい羽虫形のオカシがうじゃうじゃ入ってる。ターゲットに纏わりついたら発狂モンだ」

「は…?バリケードの中になんでオカシがいるんだよ?」

華門柱かもんちゅうにも裏稼業があるように、こっちの世界にも裏があるんだよ」


こっちの世界、というのがオカシの世界のことだとすると、彼は能力者ということだ。恐らく外道げどうと呼ばれる者だと思うが、見たのは初めてである。そういう負を纏うものと出会ってしまうほど彼自身が堕ちたということだ。


「ヒビキって女、ありゃあいい女だ。歌なんて歌ってねえで体使えば荒稼ぎができるだろうによ」

「妙に身持ちが固くて、そっちの誘いには乗らねぇんだよ」


惚れさせて娼婦に落とせば大金が入ってくるという算段はしたのだが、やはりそれも失敗に終わった。元が名家出身のお坊ちゃんはこれ以上のことには手を出したことはないのだ。


「だからこれ使えって。ターゲットに投げつけるだけで呪詛が発動する。羽虫に纏わりつかれるだけでも気色悪いが、こいつは更に幻覚も見せるんだ。そこから助かるためには何だってするさ」

「呪詛?」


耳に入った単語をにわかに信じられなかった。呪詛を使って罪を犯せばどんなに罪が軽くても三十年は刑務所から出てこれないと噂に聞く。貧相な男が置いた球体を前に冷や汗が出る。


「できねえか?できねえならもう、仕方ねえなぁ」


借金取りは煙草の煙を吐きながら、先ほどとは打って変わった無表情で言った。女を連れて来ることができないのなら、本人を売り飛ばすだけだ。非合法な取引先などいくらでもある。

話は終わりだといった雰囲気で借金取りが立ち上がる。


「や、やるっ!」

「あぁ?」

「やります……」


呪詛とは言っても脅しをかけるだけのようだし、きっと大事にはならないだろう。女は酷い目に遭うかもしれないが、そもそも自分に金を工面すればそんなことにはならなかった、言ってしまえば自業自得だ。どっちにせよもう自分には後が無い。

肩をこわばらせ息を荒くした男に、借金取りは再び席に着き肩を叩く。


「な~に、そんなに思いつめるんじゃねえよ。な、うまく言ったらお前の借金はチャラにしてやる。更に10万完やるよ、い~だろおい。おいババア、酒。そのまずいやつじゃねえよ、蒸留酒出せって」


借金取りは男にこの店では上等の部類に入る酒を頼む。借金がチャラになると聞いた男の顔はみるみる晴れやかになり、受け取った酒を飲み干した。もちろん、借金癖のついた人間が身綺麗になったところで、また同じことを繰り返すのをわかった上での提案だ。


誰にも相手にされなくなった人間は、全くもっていいカモだ。

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