13◆一難去って、それぞれの思惑
「あら、それはご苦労さんだったわね」
倉庫で練習をしていたヒビキは帰って来た二人に言う。能力者ではないヒビキには、祠やバリケードが壊されていたことは「悪いことをする奴がいるものね」くらいの気持ちである。その重大さにいまいちピンとこないのだ。
今日は仕事が無いからと、ヒビキは野営場で三人分の弁当を作って来たので、今日の夕食はそのまま倉庫で取ることになった。
「お前の借りてる野営場って台所広いんだっけ」
「そうよ、熱源調理器具も揃ってて快適。倉庫で煮炊きしてたのは懐かしいけど、あの生活には戻れないわね」
倉庫の水回りは業務用の大きな水受けが付いている水道が数個、シャワーブース、トイレである。ちなみに給湯設備はないのでお湯は出ない。煮炊きをする場合はコンロを持ち込むことになるのだが、流架は荷物の中に携帯コンロがあるので、それでお茶を煮出したりする。
「康くんってば能力者だったの?このまま流架の助手になっちゃえば?」
「いや、能力者じゃねえ」
「助手なんて食わせる余裕はねえよ」
もし康が能力者だとしても、その日暮らしの流架は自分が食うだけで精一杯だ。助手として使えるように育て、二人掛かりで対応するような大きな案件を受けるのはとてもじゃないができそうにない。
「だからって孤児の施設ってのも…ねえ」
「だろ?」
二人は孤児で同じ施設の出身だ。そして二人とも施設にいられる制限の年齢よりずっと早くに施設を出ている。全部の施設がそうだとは言わないが、流架は力の強い者の暴力に耐え、ヒビキは身売りを強制されそうになった。内情が解らない場所へ「保護施設だから」という理由で康を連れて行く気にはならない。
「この世界って苗字とかわかんなくて、ガキでも働けるなら、俺はどっかで働こうと思う」
今日一日、流架とブラブラしながら康が考えた結論である。何をするにも金はいるし、金は働かないと得られない。単純な話である。流架から聞いたところによると、日本より雇用に対してのルールは緩そうである。
「じゃあ私、店に裏方で雇えるか聞いといてあげる」
「夜の店かよ。う~ん…まあ、他になければしゃあねえけど」
「悪い、よろしく頼む。できることなら何でもいいよ」
まだこの世界に来たばかりで、生活の仕方すらわからなことだらけだが、どうにか覚えて生きていくしかない。面倒見のいい人間に拾われたのは幸運だ。
***
バリケードが張ってある街から他の街へ移動するには危機区を渡って行くのが一般的である。他には「陣」を使って瞬間的に移動をするのも能力者のスキルとして存在し、それは「場渡り(ばわたり)」と呼ばれている。方式も術式も多岐に渡るが、主要施設なので採用されているのが場の始点と終点に陣を描き結ぶ方式だ。
官製の陣のほとんどは日帰軍のオカシ対策部隊により設置され、全て同規格となっている。
幣星の陸軍司令本部に設置されている陣は、日帰国内のいわゆる「東日帰」と呼ばれているエリアの軍施設のある地域と繋がっている。あまり距離があると術にエネルギーを大量に使う上に成功率も下がるので、遠い場所に行くには数段階陣で移動をする必要がある。
とはいえ、首都圏にある軍施設などはひとっ飛びなので、幣星より内陸側へ北に行った玲央にある、白隊教育隊とは直で行き来ができるのだ。
白隊とは二年前に新たに設置されたオカシ対策専門部隊である。日帰軍内にはすでに専門部隊があるのだが、色々内部の面倒のおかげで創立したのである。
場繋ぎの陣から現れたのは尉官の印がある軍服に身を纏った女性だ。
「白隊礼央教育隊長、安西大尉であります」
「利用許可が出ています。どうぞ中へ」
安西はこの陣をよく利用するのでここの担当者にも顔は知れている。しかしきちんと認識用の水晶板を巨大なアメジストの原石にかざして認証をする。そうすれば担当者がドアを開けずとも自動的に開く仕組みになっている。
安西が向かっているのはオカシ対処の緊急部隊の詰め所である。緊急部隊は当番制になっており、月替わりで白隊と、白隊より以前からある専門部隊「605団」が担う。
「お疲れ様。松本少尉、お話いいかしら」
「姐さん、お疲れ様です」
入ってきたがとたんに本題に入ろうと足は止めずに別室に進むのを、松本と呼ばれた片目の潰れた軍人も追いかける。
「報告を確認したわ。まずは故意に付けられたバリケードの傷について、本隊から調査ができる人間を回してもらっているけど、古都くんの見解は?」
「雑な呪詛を織り込んであるって言ってましたね」
「なら皇にも対応を依頼しましょう。被害が無いように結界は張ったのね、何度?」
白隊には呪詛に対応できる部門が存在しないので、こういう場合は皇に依頼を掛けるのだ。
「古都の判断で2度です。たぶん呪詛の影響は全部消えてるって言ってますね。念のため皇にも確認してもらわないとですけど」
「呪詛の影響は全部消えてる…それが二つ目の議題、神力使いの力でということ?」
「使った所は見てないし、鑑定したわけじゃないから言い分をそのまま信じたら神力ってことになるってだけだが…。古都が言うには呪詛があった痕は見えるけど全部浄化されているから、可能性はかなり高いってとこです」
安西は松本から上がってきた報告書の内容を思い出す。若い男と男の子の二人が発見者で一次対応をしてくれたのだ。
「白隊の入隊試験を受ける気はないかしらその人たち」
「…言うと思った。一応所在は聞いてますが、旅暮らしみたいっすよ」
「フリーの退治屋ね、引き入れたい人材だわ。神力を使ったという子もどういう素材か見てみたいわね」
白隊は見切り発車で発足してしまったのもあり、人手が足りていないのである。なので本来は教育隊は育成中にも関わらず緊急部隊への派遣メンバーを出している。
松本は白隊教官兼、緊急派遣小隊隊長兼、白隊教育第一隊の隊長であり、安西も白隊礼央教育隊長兼、人事育成部門長兼、白隊本部副官と、兼務のし過ぎで自分が何の担当というか「割り振られたものは全部」という状態である。
目下の目標としては白隊隊員の増員なので、安西はスカウトに余念がないのだ。
「姐さん、言っておきますが、素質があるから軍へ連れて行けるとかいう時代は終わりましたからね」
「もちろん、本人の意思を尊重します。ただ選択肢の一つとして白隊を提示をするのは問題ないでしょう」
「はあ、そっすね」
この安西という上官は物腰は柔らかいのだが、人となりが柔らかいのかと言えばそういうわけではない。あれこれと手段を変え自分の考えを押し通すだけの強引さがあるのだ。女性ながらに軍で役職を得ているのは伊達じゃない。
「今日は古都くんは?」
「夜勤ですね」
「そう。ではその少年の傘の鑑定と、ついでに本人の鑑定もしてきてもらって」
先ほどから度々出てくる古都というのはシラの隊員だ。教育隊に所属している育成枠のはずなのだが、シラは潜在能力が高くオカシ対策の訓練を受けずとも対処できることが多いため、やはりできることは全部振られている。
能力が高いのに本隊へ配属されないのは「入隊時満十六歳に満たない者は教育隊へ配属とし、また育成期間は二年とする」という規定のため、入隊時に十四歳であった古都は教育隊所属なのだ。
勤務開始時間になり松本に指示を受けた彼、古都神己は港近くの倉庫街へ向かうことになった。神力を放ったという小道具については気になっていたところだ。
「神力なんて皇くらいしか聞かないもんなぁ」
本当に神力使いであったらすごいことだ。そんなことを考えながら鑑定機を携えて白隊用のスクーターで走り出した。




