11◆三姫について
三姫とは、統姫、亡鬼姫、弥久乃姫の三柱の神のことを指す。
統姫 は統神の、亡鬼姫は啼地火神の、弥久乃姫は弥久乃神の娘であり、中でも弥久乃神 と弥久乃姫は同一とされている。
「それぞれに伝承があって、地方によって違う話になってたりもするんだけど、ほらあれ、あの像が統姫 で、統姫を祀る総本社の「統姫大社」の神主が歴代皇家だ」
皇家、流架曰くすごい能力者が生まれるが感じの悪い一族だ。流架は本殿には行かず、その裏に回り別の像の前に来る。
「これが亡鬼姫の像。ここは総本社をどっかの家が延々祀ってるって話は聞かないが、亡鬼姫の神剣ってのがあって、それの使い手が佐河家って軍人家系。大兎に日帰の英雄・佐河軍曹のでけえ墓があるぜ」
二つの像と合わせ正三角形を描く位置にもう一つ、弥久乃姫の像がある。
「これが三姫の中で一番地味な神様。伝承も、弥久乃神の小指から弥久乃姫が生まれたってくらいで色々わからねえことが多い。弥久乃姫の総本社は薬燕の森っていう危機区ど真ん中にあるぜ」
三つの像を回ってようやく本殿へ足を向ける。本殿の奥には三姫の掛け軸が掛けられ、その前には大鏡が置いてある。
参拝の方法は日本と変わらず、賽銭箱にお賽銭を入れ拍手を打ち礼をする。これで旅の安全祈願は終わりだ。
現在の日帰では三姫を祀るのは重要なことである。
三姫は大昔の伝承で、禍神・負螺を打ち倒したと言われている。この伝承の「負螺」が念の塊オカシ「フラ」の名の元になっている。
日帰国内にオカシが出現し始め混乱を極めた際、神学会議の場で三姫の伝承を取り上げられ、三姫それぞれの神社より分霊し三姫神社を建て祀った所、その近くでは凶悪なオカシは出現しなくなったという。
そして国の要請により、統姫神社の神主一族であった皇家、亡鬼姫の神剣を伝える佐河家がフラを退治し、一旦は窮地を脱したのである。
「皇家と佐河家、どっちも段違いの能力者家系だ。弥久乃姫の家ってのもあれば良かったのにな」
能力者の人口はそう多くない上に、フラに対応できる能力者となると限られている。いまだ立ち入り禁止の危機区もあるので、手が足りていないのは明白だ。
そんなわけで、まずは三姫神社を国内の至る所に建て、更に時が進むとバリケードが開発された。三姫神社は国防のため重要なものなのだ。
日本の神社事情とは大きく異なり、康は話を聞いてもポカンとするばかりである。
帰り際、再び統姫の像の前を通って康が見上げると、像が目だけをキロリと動かし見下ろしてきた。オカシなんてものがいるんだし、今更銅像の一部が動こうか別になんてことはない。とんでもない場所に来てしまったと、今後を思案し頭が痛くなる康であった。
***
流架は康に観光名所を案内して歩く。本当はこんなことをしてる場合じゃないと思うが、流架としても良い案が浮かばないのだ。
警察に迷子として届けたとしても結局施設にでも送られて終わりだろう。だったらそんな面倒はせずに、住み込みで働かせてもらえる所にでも繋げた方がいいだろう。親無しはどこへ行っても持て余されるので、自力で食っていくしかないのは経験上わかっている。
ひとまず康にも当面の路銀はあるので、焦っても仕方ないと幣星観光と決め込んでいるのだ。
「あれ?こっちじゃねえな」
駄菓子屋のかき氷を目当てに路地を歩くがどうにも見当たらない。よく知ってる道順なのに間違うなんて流架には珍しいことだ。
「迷ったのか?」
「…さっきも来たなここ」
流架は立ち止まり少し考える。同じ場所に辿り着いたということは、呼ばれているんじゃないか。能力者にはたびたびこういうことがある。この先を真っ直ぐ行った森の中には丑寅の祠があるはずだ。
「ちょっと行ってみるか」
森は人が立ち入らないように柵がしてあるが、簡単に跨いで行けるものだ。森はバリケードで分断されており途中から危機区になっているが、出入口ではないので危機区へは出られない。森の奥に進むと流架の足はだんだん早まる。
「どうした流架!」
「わかんねえ、なんか嫌な感じがする!」
小さな祠が見えてきたが、遠目から荒らされているのがわかる。近づくと中に祀ってあった鏡が割れて落ちていた。
「これに呼ばれたか…通報しねえとな」
流架はタロットカードの入っているのとは逆側の胸ポケットから手のひらサイズの白い板を出す。
『べいせい うしとらほこら こわれてる』
そうペンで書いて指で軽く板を叩くと一瞬光って文字が消える。
「なんだそれ」
「伝言板。退治屋紹介所に伝言送った」
「なにここ電波来てんの?」
「電波?この板と退治屋紹介所は場が繋がってるってだけだよ」
だけだよ、と平気で言うが、康には全くわからない。しかし携帯会社の電波に乗せて送ったのではないのだけはわかったので、康は「そっか」と答える。
伝言板が再び光り『りょうかい にっきぐん つうほうずみ』と文字が浮かぶ。書いた文字がそのまま届くのでひらがなしか送れないということはないが、退治屋の中には難しい字は読めない者もいるので、退治屋紹介所の方針でなるべくひらがなを使うことになっている。
「よし、任務完了。行こうぜ康」
「おう」
そう言って康は歩き出すが、流架は壊れた祠の前で立ち止まったままである。
「流架?」
「…やべえ、動きたくねえ」
「どういうことだ?」
「たぶんまだなんかある」
オカシは可視化されるようになったが、いまだ目に見えぬ世界がないわけではない。見えないものが何かを伝えてくるときは、こういうやり方をしたりする。
ビシッと、何かがひび割れた音がした。その瞬間流架は森の奥へと走り出す。
「康、そこにいろ!」
バリケードが裂けたのだ。




