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1◆死んだと思っていたんだけど

さて、ここはどこなのか。


令和ジャパンの大都会で暮らしていたこうなのだが、気が付けば大自然の中にいる。場所としては「崖の下のうっそうとした森」という具合で、他に情報はない。都会生まれ都会育ちの康にサバイバルスキルもあるはずなく、右も左も解らない森の中ではじっとしているしかない。傍らには大岩があり、腰かけるものと言えばそれ以外見当たらない。康はひとまずそれによじ登り、誰か通りかかるのを待つことにした。トレッキングとか山菜取りとか、そういう人が来るかもしれない。

大岩の上であぐらをかき、康はここに至るまでのことを思い返す。しかしどうも、記憶が変だ。何度思い返しても繋がりがおかしい。


(だって俺、死ななかったか?)


ここの景色を見る前の記憶と言えば、燃え盛る廃ビルの映像だ。半グレ集団に呼び出されたのがそこで、喧嘩には勝ったがビルが火事になったのだ。

伸びてる奴らを叩き起こして自分も逃げようと思ったところに、廃ビルの奥で佇む奴が目に入った。康を呼び出した奴である。半グレと付き合うようなキャラじゃないから、恐らく脅されてるとか、いじめに遭っているとかで体のいいパシリにされているのだろう。何故かそいつがいるのである。

逃げるようにと声を掛けようと近づいたら、変な匂いが強くなる。ガソリンだ。


『放火』


思いついたのはそんな単語だ。よく見ればそいつの体は所々濡れていて、匂いはそこからする。炎が燃え広がるビルで感情を亡くしたみたいに立っている姿に康はゾッとした。熱くて仕方ないのに体が冷えていく錯覚がする。


「全部お終いになるはずだったんだよ…」


ボソボソとした言い方なのに、何故かはっきりと康に届く。


「あいつらみんな死んで、お終いだったんだよ!」


訳の分からない言葉を叫びながら掛かって来た少年に康は不覚を取ってしまった。倒れた康に馬乗りになり、狂ったように「お前が!」と繰り返して首を絞めてくる。


いや、俺関係ないだろ。


いじめの相手を燃やして一網打尽にするつもりだったのが、みんなビルから逃げてしまった。あとは逃げ遅れて死ぬか、生き残っても放火犯だ。お終いなのは自分自身である。確かに当たり散らしたくはなるだろう。


いや、俺関係ないだろ。


もう一度思って康は相手の腹を思いきり蹴り上げる。半グレ集団相手に勝てるのだ、ひ弱な少年など本来ならば相手ではない。よろめきながらも立ち上がり、辺りを見渡すとすっかり炎に囲まれていた。煙で目と喉が痛む。熱い。後ろから断末魔みたいな泣き声がして、本当に地獄のようだ。死に様としては最悪の部類だと思う。


だけどまあ、こんな所で喧嘩しちまう間抜けなのでしゃあねえ。おりにあぶない所は行くなって、何度も言われていたのにな。


朦朧とする意識の中で、康はそんな風に思っていた。


これが、この大自然にやってくる前の記憶である。思い出して自分の体を確認してみるが、燃えたようなところはない。いつもの学ランと、ポケットの中にはスマホと財布。あとなぜか、廃ビルには持って行かなかったはずのビニール傘を持っていた。

これは康の魂とも言える大事なものだ。親に言わせるところ「生まれた時から推していた」という在京球団の応援アイテムである。公式が出しているイカしたビニール傘もあるが、これはそこら辺で売ってるものだ。ずっと使っているので愛着がある。「応援もできるし、雨が降ったらさせる」と、康のご自慢のアイテムだ。


しかし、持ち物はそれだけだ。ひょっとしたらここはあの世というフェーズなのかとも考えていたのだが、それにしては腹が減る。スマホの電波が入らないのは、ここがあの世だからなのか、電波が届かない場所なのか、どうにも判断が付かないところだ。


「…参ったな」


大岩の上で康はゴロンと寝っ転がる。ここでずっと待っていて、誰も通らなかったらいよいよ自分で動くしかない。


「頼む!救世主来てくれ!」


寝っ転がりながら拝む康の独り言が空しく響く。他には遠くから鳥の声が聞こえる程度で静かだ。

そろそろ夕暮れ時、森の中にいるには危険な時間帯になる。

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