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歪んだ愛


「全然似てねーよな」



情事が終わったあと、すぐに帰ると言った太一くんを玄関まで見送る途中だった。

リビングに飾られていた私達家族の写真を見て太一くんはそうもらした。

本当の父親じゃないことや、私と大和が本当の姉弟じゃないということは太一くんには言っていない。

だから彼は私と大和が少しも似ていない事実に疑問を持ったのだろう。


「お前、母親似?」

「うん……まぁ」


へぇ、とさして興味があるとは思えない返事をすると、太一くんはスタスタと玄関の方へ歩いて行った。

靴を履きながらちらりと横目で私を見る。


「じゃーな」

「うん……ねぇ次いつ会える?」

「あー……」


言葉を濁す彼を見て、また胸が痛んだ。困ったような、めんどくさそうな、そんな感じ。

また連絡する、と曖昧に言い残すと、一度も振り返らずにドアを閉めた。

バタン、という小さなその音を聞くと一気に現実に引き戻される。

誰もいなくなってしまった一人きりの家で、私は暫く動けず立ちすくんだ。


大和は、きっと私たちに気付いて出て行ったんだろう。

次に顔を合わせるのが気まずくて堪らない。出来れば一生会わずにいれたらどんなに楽だろう。だけどそんなこと無理なのだ。私達は家族なのだから。


すると、ポケットに入れていた携帯が鳴る。先ほど帰ったはずの太一くんからメールが届いていた。

そこには一言、今日ありがとな。の文字。

すぐに返事を送った。返信はなかった。






「大和遅いわねえ」

「そのうち帰って来るだろう」



なかなか帰って来ない大和を心配するお母さんに、放任主義のお父さんは言った。

夕飯を食べてしまった私はテレビを見ているふりをして2人の会話を聞く。どうやら大和は携帯の電源を切っているらしい。

やはり彼も、私に会いたくないのだ。




結局その日、日付が変わっても大和は家に戻らなかった。


両親はとっくの昔に床につき、私は私で部屋にこもって雑誌を読んでいた。

携帯は鳴らないし、太一くんからの連絡もない。分かっている。彼は私から離れた途端、私を心の中から閉め出すのだ。


付き合い初めの頃は良かった。

彼は優しかったし、無理矢理身体を重ねてくることも、私の髪を引っ張ることもしなかった。

学校が終われば駅で待ち合わせをして街を歩き、たわいもない話をしながら一緒にご飯を食べた。

寝る前にはどちらからともなく必ず電話をしてその日を終えた。

あの頃、太一くんの電話が留守電になっていることもなかった。


(やばい、泣きそう)


泣いたら終わりだ。私は目を閉じた。

悲しい関係だということを認めてしまいそうで怖かった。もう少しだけ、幸せな恋愛をしているふりをしたかったのだ。


どうしたらもっと好きになってもらえるんだろう。

もっと……好きになればいいのかな。


溜め息を吐いて立ち上がった。

そろそろお風呂に入ろう。そう思って部屋を出る。リビングの灯りは消えていた。物音をたてないようこっそり廊下を歩いていると、脱衣場の電気が点いていることに気がついた。


大和だ。


直感でそう思った。

途端に緊張して足が震える。抱えていたパジャマをぎゅっと握り締め、近付いた。


「……」


そこにいたのは、やはり大和だった。

上の服を脱いでいる彼は上半身裸で洗面台に手をつきうなだれている。

私には気付いていない。

入り口に突っ立ったまま、私は選択を迫られていた。このまま自分の部屋に戻るか、声をかけるか。


悩んでいる暇はなかった。

大和がふいに顔を上げ、鏡を見た。そこに写っている私に気付き、驚いた彼は眉をひそめて振り返る。あぁ、目が合ってしまった。

このままじっとしておくのも気まずいので、勇気を振り絞り私は言った。


「遅かった、ね」

「……」

「酒臭いんだけど」


目が虚ろだ。酔っているんだろう。もしかしたら吐いていたのかもしれない。


「……なに」


大和はまるで咎めるように小さくそう呟いた。

そして私の返事を待たないまま、再び洗面台に向かって首を垂れる。

大丈夫、そう言って手を伸ばしたが、すぐさま振り払われた。触るな、と。


「風呂入るんだろ」


大和はそう言って、脱ぎっぱなしの服を拾う。おぼつかない足取りでふらつきながら脱衣場から離れようとした。

どうしても放っておけず、よろけたその身体を支える。筋肉質な彼の身体は、小さい頃のそれとはまるで違っていた。


「やめろ、」

「あんたどんだけ飲んだのよ」

「るせぇ」

「は?何その言い方」


横暴な態度にムカついた私は、持っていたパジャマを放り投げ、無理矢理大和を歩かせた。

やめろと言う割りに力が入っていない。

とりあえず親に見つかると面倒だと思い、必死の思いで階段を上らせ大和の部屋へ連れてきた。

そしてベロベロの彼をベッドに放り投げた。

ベッドにダイブした大和は気分が悪いのか、終始しかめっ面をしている。

仰向けになり、額に腕を乗せたまま、彼は突っ立っている私を薄目で見た。部屋が暗いので、どんな表情をしているのかは分からない。


「サンキュー、お姉ちゃん」


からかうように大和は言った。彼が今まで私のことをそんな風に呼んだことは一度もなかった。

なぜかちくりと胸が軋んだ。それは太一くんを前にした時の痛みとは少し違うような気がした。


「お母さん、心配してたよ」

「ん、」

「電源くらい入れといてよ」

「切れてたんだ」

「……」

「だから夕方、充電器取りに家に入った」


心臓が跳ねた。

それだけで大和の言いたいことは十分分かった。

それ以上言わないで。聞きたくない。

そう思い、その場を去ろうとしたその時、先ほどとは違う強い力に手首を掴まれる。


「水香」

「……」

「行くな」


そう言ったかと思うと、今度は勢い良く引っ張られた。驚く程簡単に、あっという間に大和は私を抱き寄せた。

煙草とお酒と、女物の香水の匂いが鼻をつく。どこかの女と遊んできたのか。また、胸が軋む。


「やめてよ」

「今日あいつとヤッたのかよ」

「あんた酔ってる」

「答えろって」


やはり私が返事をしないうちに、大和の顔が近付いてきた。

拒絶することもできた。だけど、できなかった。暗がりで見る彼の目があまりにも真剣だったから。


私は、義弟と唇を重ねた。


触れるだけのキスだった。罪と名付けるには、それだけで十分だった。


「大和、私は……」

「いい」

「え?」

「お前があいつのこと好きでもいいよ」

「……」

「でも、水香に避けられるのは耐えられねぇ」


避けていたのはお互い様だ。大和だって十分、私のことを避けていた。

ごめん、と彼は呟いた。にも関わらず、再び唇を重ねてくる。

痛いくらいに抱き締められ、胸が張り裂けてしまいそうだった。

段々エスカレートしていく大和。今度は舌を絡ませ、手が身体をなぞった。


一瞬、太一くんの顔が頭に浮かんだ。


何故だろう。ちゃんと好きなはずなのに、罪悪感は不思議とない。

今の私達の付き合いでは、後ろめたいくらいが丁度良いのだろうか。

そう思ってしまうと、自然に太一くんの姿は私の中から消えてしまった。


今は目の前にいるこの少年が、愛しいと感じた。

これは恋ではない。きっと恋ではない。この生温い感情は、きっともっと深いところか沸いているんだ。


彼が私の身体に触れたその瞬間、大和は弟ではなくなった。


「俺たち、姉弟?」

「……違う」

「じゃあ、何だと思う?」

「……他人。血の繋がらない、他人」

「でも一緒に暮らしてる」

「家族だから」

「血が繋がらなくても家族にはなれる?」

「でもそれは、本物じゃない」


大和は頷いた。


「本質は、他人だ」


血の繋がらない他人が姉弟のふりをするのは実に滑稽なことだと、どうしてもっと早く気がつかなかったのだろう。




歪んだ愛

(愛なんて綺麗なものじゃない)



私たちは初めから、甘い罪悪を求めていたの?






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