運命に嫌われた
「私と付き合って下さい」
学校が終わり、校門から出たところで他校の女に突然そう言われた。
もちろん面識はない。
突然のことにすっかり面食らった。
男ばかりのむさ苦しい学校まで来て告白なんて、どういう神経してるんだこの女、というのが正直な俺の感想だ。
「聞いてますか?」
「え?あぁ……」
よく見ると女の制服は、お嬢様ばかりで有名な女子校のものだ。
薄く化粧した顔に栗色の髪の毛。俺よりも幾分か背の低い女は告白してきたにも関わらずその大きな瞳で俺を睨む。
男子校に女がいるだけで大騒ぎなのに、それがお嬢様校の制服を着た女だから尚更だ。
柄の悪い高校だから、この光景を見て野次を飛ばしてくる輩は多い。
それでも女はそんなこと微塵も気にしていないかのように、俺の返事をじっと待っていた。
「えーっと」
他校の女に告白されたのは初めてじゃない。電車の中で手紙を渡されたこともあれば、よく行くコンビニのバイト学生にアドレスを書いた紙をレシートと一緒に渡され、また俺の友達を経由して電話番号を聞いてくる女もいた。
だけど学校まで押しかけてくるパターンは初めてだ。名前も知らない初対面の女とこんな風に見つめ合ったのも。
「あの、悪いけど」
「私、吉岡未来と言います。えと、君のことを駅でよく見かけてて」
「ごめん」
少し冷たいかな。そう思いながらも吉岡未来の横を通り過ぎた。すかさずついてくる小さな足音。くそ、鬱陶しい。
水香のことで頭がいっぱいなんだ。見知らぬ女に気を使っているほどの余裕はない、悪いけど。
無視して歩いていると、吉岡未来はめげずに横に並んできた。
「あの」
「うっせーな」
「ねぇ!」
「着いてくんなよ」
「私も駅に行くんです」
「じゃあ離れて歩いてくれる」
「名前っ」
「は?」
「名前だけでもっ」
必死な姿に何か笑えた。
しかし敢えて無表情を装う。変な勘違いをされても困るからだ。
俺はピタリと歩みを止め、吉岡未来を見た。
「中城大和」
それだけ言って、再び歩き出した。
そして女に背中を向け、二度と振り返らなかった。
変な女。
今日は早く帰ろう。自分の感情を少しも隠そうとしない女を見てふとそんなことを思った。
そしてこの前怒鳴ったことを謝るのだ、水香に。
玄関に並べられた男物の靴を見た瞬間、家に帰ったことを後悔した。俺のものでもなければ、父のものでもない。水香のローファーの横にあるそれは間違いなくあの男のものだ。
このまま見なかったふりをして出て行ってしまおうかと携帯を開く。誰か友達を誘って飯でも食いに行こうとアドレス帳から適当な名前を探している時、最悪のタイミングで携帯の電池が切れた。
(やべぇ)
充電だけでもしていこう。そう思い、ある種の覚悟をしてリビングに入った。2人はいない。水香の部屋にいるんだろうか。
わざわざ確かめに行くことはないと、リビングで充電器を探した。が、生憎そんなものは見当たらない。やはり部屋まで取りに行くしかないのか。
重い足取りで階段を上る。自分の家なのに取り巻く空気はひどく居心地が悪い。
水香の部屋のドアは閉まっている。やはり、人のいる気配がした。
極力何も考えないよう急ぎ足で自分の部屋に入る。
机の上にあった充電器を手に取る。
が、水香の部屋から、ベッドの軋む音を聞いた瞬間、体が固まった。
もしかして、やってんのか?
目眩と同時に吐き気がした。俺がいると分かってわざと聞かせてるんじゃないかと思ってしまうくらい、その音は激しく、遠慮がない。俺が帰って来ないとでも思ったのか。それとも初めから俺の存在なんてどうでも良かったのか。
俺の気持ちを分かっていて、家に男を連れてくる水香に腹が立った。
あの男に身体を赦しているのかと思うと胸が痛む。だけど結局どうすることもできない。今すぐ隣へ行って松本太一をぶん殴ってやりたかったが、そんなこと水香は望んでいないんだ。
充電器を掴んだまま、俺は走って部屋を出た。
水香の部屋の前を通り過ぎ、階段を下りようとしたその時、やめて、と水香が叫んだ気がした。
振り返って足を止めたのもつかの間、もう勝手にしろという気持ちが大きかった俺は、振り返らずに階段を下りた。
勝手にすればいい。あんな馬鹿女、もう知らねえ。
運命に嫌われた
(俺も彼女も、ゆっくり堕ちていく)




