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落下速度


「昨日ごめんね」


教室に入るや否や、入り口までナツメが寄ってきてそう言った。

私は呆気にとられたままナツメを見た。まさか謝られるとは思ってなかったのだ。

だけど昨日の今日で、私を見るクラスメートの視線は好奇に満ちている。くそ、橘。


ナツメは罰が悪そうに俯き、髪の毛を耳にかけた。シルバーのピアスが顔を出した。


「私、羨ましくてつい追い詰めるような言い方しちゃって」


「……ううん」


「橘くんが水香のこと好きなら仕方ないよね」


「違うよ!……あれはほんの冗談で」


私がそう言った時、まるで会話を遮るかのように橘が割って入ってきた。

おはよう、と私とナツメに向かって呑気に笑いかけてくる。

ナツメは少しだけ嬉しそうに、おはようと返したけど、私はあえて何も言わなかった。

ていうか昨日、二度と話しかけないでって言ったばかりなのに。こいつ馬鹿?それとも何か企んでるわけ?


じゃあ、と変に気を利かせたナツメが去ってしまい、私は橘と共に残された。もうすぐ朝のHRが始まるというのに、珍しく唯の姿がない。


馬鹿な男子に冷やかされる前に橘を無視し、さっさと自分の机に向かう。そして中から教科書を探すふりをした。

すかさず追ってくる橘。


「中城おはよう」


「……」


「おーい」


「……」


「なぁって、」



無視無視。

振り向きもしない私に橘は諦めたのか、小さく息を吐いて離れて行った。

橘が行けばその場にいた男も女もみんなが笑顔で彼を迎え、あっという間に彼が中心になった。

昨日のことを聞かれてるのかもしれない。

会話の内容がうっかり聞こえてこないよう、私は机に突っ伏して周りにバレないよう耳を塞いだ。






その日、結局唯は学校に来なかった。

メールをすると風邪を引いたとのことだった。


昼休み、お弁当を食べながらナツメを含める女友達数人が橘との進展状況を尋ねてきた。

うんざりだ、本当に。








息苦しくてたまらなかった1日。唯がいないから余計に。


放課後、部活へ行く生徒と帰宅する生徒が入り混じる中、ひとり帰ろうと靴箱でローファーに履き替えていると、また橘が寄ってきた。

ことごとく無視してるのに、結構しつこいな。



「みーずかちゃん」


「……」


相変わらず笑顔の橘。呼び方が気持ち悪い。

目も合わせずに歩き出せば、勝手についてきた。早足になれば相手も早足になる。今私が走ればこいつも走るのだろうか。



「もう!何なの!」


校門を出てだいぶ歩いた頃、私はついに橘を振り返って言った。このままじゃ家まで着いてこられそうだ。


「お、あともうちょい行って振り向かなかったら諦めようと思ってたのに」


そう言った橘はどこか安心した表情を見せた。少しだけ良心が痛む。


「……私もう話しかけないでって言ったよね」


「うん」


向き合った橘は、困ったように首を垂れて頭を掻いた。そして言ったのだ。


「悪かったよ」


何となく、橘がそう言うのは予想していた。

今日は何だか謝られてばかりだ。


「本当に、悪いと思ってるんだ。それだけ言いたくて、どうしても」


「それだけ……?」


「うん。彼女のふりは……もういいよ」


「え?いいの?」


「あぁ、もういい。迷惑かけたな。お前と弟のことも誰にも言わねえから安心しろよ」


「……でもじゃあ、どうすんの?」


「わかんね。まぁどうにかなるさ」


少しおどけて橘は言った。

そしてもう一度、今度は蚊の鳴くような小さな声で『悪かった』と呟いた。


私はほっと安堵のため息を吐く。

橘が、じゃあなとズボンのポケットに手を突っ込んだまま背中を向けた。


「うん。……じゃあね」


そう返したものの、暫くの間動けずにいた。

早足で去っていく橘の背中を見つめながら、どこか腑に落ちないでいるのだ。

それはいつものポーカーフェイスを貼り付けた橘の表情が、少しだけ悲しみの色を含んでいたように見えたからかもしれない。



私から数メートル離れた位置で、突然橘が振り返った。

まるで私がまだそこにいて橘の事を見送っているのを分かっていたかのように。

驚いて固まったままの私に向かって彼は言った。



「好きじゃないとは言ったけど、お前の事嫌いなわけでもねーよ」






落下速度

(この時既に、落ちていた)






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