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ちょっとだけいい奴


「もうね、まじ最悪でしょ。ていうか、最悪でしょ」


「お前、さっきから最悪しか言ってねぇよ」


「だって最悪なんだもん!もー!クラス替えなんていらなかったのに!」



私の愚痴に飽きたのか、大和はハイハイと気だるそうな返事をした。

話題は勿論あの橘とかいう奴。

親が寝静まった深夜、私は大和の部屋で延々と新しいクラスメートがいかにムカつく奴かを説明していた。


「なぁ。俺もう眠いんだけど……」


本格的に欠伸をし始めた大和。

私はため息をつき、仕方なく自分の部屋に戻ることに。

明日もあいつと顔を合わせないといけないのかと思うと憂鬱だ。

そう思いながら立ち上がった私の手を大和がぎゅっと握る。


「水香」


「ん?」


そのまま引き寄せられ、キスされた。

途端に胸が痛くなる。でもこの痛みは、全然嫌じゃない。むしろ……


「おやすみ」


大和はニヤリと笑って手を離す。

あぁ、また持ってかれた。

彼のペースに――







憎たらしいくらいに快晴。春の陽気が私の心をざわつかせる。

まだ慣れない教室。新しいクラスメート。顔も見たくない隣の席の馬鹿。


今日も重い足取りで教室に向かっていると、廊下でマナと目が合った。

私は何となしに、おはようと笑いかける。

マナも花のように笑った。


「クラス離れちゃったよねぇ。水香のクラス、どう?楽しい?」


「いやー。隣の席が最悪でさぁ」


「まじ?誰誰?」


「橘なんとかって奴」



そう答えた瞬間、見間違いだろうか。マナの表情が一瞬だけ固くなった。

しかしすぐにまた笑顔になる。彼女は少しだけ眉を下げて私の肩にポンと触れた。



「私も橘と一年の時同じクラスだったよぅ。アイツって何故か女子には厳しいし、取っつきにくいよねぇ」



やっぱりそういう奴なんだ、橘って。

みんながアイツをかっこいいだの何だの褒めるから私が間違ってるのかと思ったけど、良かった。橘菌に侵されてない同じ考えの女の子がいた。


でもねぇ。と、マナが長い髪の毛を耳にかけた。


「意外に良いところもあったりするんだよ」


私はその時、マナのその言葉よりも、彼女の左手薬指に光る指輪に目を奪われた。


「マナ、彼氏できたんだ!」


普通に言ったのに、マナはハッとしたようにさり気なく指輪を隠す。

あまりにも不自然な行動に、私の胸に暗い影が落ちた。


「まぁ、うん……。今度改めて紹介するね」


まるで逃げるように、マナは私の前から去ってしまった。








「うわ、最低」



その事に気付いたのは、もう既に4限目の授業が始まってしまった後だった。

数学の授業。お約束通り私は教科書を忘れてしまった。

何度も鞄の中を見たけど、やっぱり無い。ついでにお弁当を忘れたことにも気が付いた。馬鹿。私のくそ馬鹿。


隣りの橘をチラリと見ると、どうやら私が教科書を忘れて焦っていることには気付いてない様子。

というか、私の方なんて気にもかけてない。今はそれがもの凄くありがたい。


逆隣の席の真島くんに、私は小声で呼びかけた。

だけど授業開始5分弱にして、真島くんは深い深い眠りに入ってしまったようだ。うつぶせになった背中はぴくりともしない。


追い討ちをかけるように、先生の声が私の耳に届いた。



「よーし、中城。隣りに話しかける余裕があるなら、13ページの問い、答えられるよなぁ」



やばい。一瞬にして冷や汗が出る。

他の授業なら『教科書忘れちゃったんですハハハ』『全くー。次から気をつけろよ』『はーい』で済まされるけど、数学のこいつだけはそれで済まない。


教科書や課題を忘れ、反省分の代わりに山のような量のプリントを命じられた子を何人も見てきたのだから。


(やばい……プリント地獄決定だ)


教室内の哀れみの視線が突き刺さる。

昨日の遅刻といい、私は既に馬鹿のレッテルを貼られたんじゃないだろうか。


「どうしたぁ中城。まさか分からんのかぁ?」


こいつは生徒をいじめることが生きがいの変態なのだ。


すると、予想だにしなかったことが。


「3だよ」


私にしか聞こえないくらい小さな声でそう言ったのは、頬杖をついて真っ直ぐ黒板を見つめる橘だった。

私の方は見向きもしないのに、『答えは3だ』と明らかに私に向けてそう呟く。



「え、と。さ……んです!」


動揺し過ぎてぎこちなくなったけど、どうやら正解だったらしい。

担任がつまらなそうに『そうだ』と言ったのと、クラスの視線が再び黒板に向いたのはほぼ同時だった。


「あの、橘……くん」


「なに」


「ありがとう」


正直、罠だと思った。

私に嘘の答えを教えて恥をかかそうとしているのかもしれないと……


でも、そうじゃなかった。

今日も変わらず端正な橘の横顔が少しだけぴくりと動く。


「馬鹿がぐずってると授業進まねーだろ」


「は?」


「お前だよ。お前」


笑いを堪えるように俯いてから、彼は私をチラリと見た。悪魔だ。


「あぁ、もしかしてあんた、好きな子ほどいじめたがるって奴?」



今度は橘が『は?』と素っ頓狂な声を出す。



「誰が誰を好きだって?」


「あんたが、私を」


「お前本物の馬鹿か。寝言は寝て言え」


「ほら、照れ隠し。悪いけど私、好きな人いるから」


「てめぇ……まじで馬鹿じゃねーの!?」



授業中にそんな声を張り上げれば先生が気が付かないわけない。

今度は橘が当てられたが、彼は問題に対して即答した。そして見事に正解だった。


「お前みたいな勘違い馬鹿女初めてだ」


「先生、橘くんが暴言吐いてきます」


「よーし橘!じゃあ次は問4だ!答えないと宿題増やすからな!」


「y=10だよ!うるせぇ!」


「先生に対して何て口の利き方だ!でも正解だから許す!」



この日から橘と、少しだけ話すようになった。







ちょっとだけいい奴

(その倍ムカつくけど)




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