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繋いだ手


まだまだ寒い1月の始め。

冬休みはあっという間に終わり、今日から三学期が始まる。

マフラーに顔をうずめるが冷たい風で耳がじんじんと痛かった。


こんな寒い日でも、水香は短いスカートから足を出して俺より先に家を出て行く。



新学期になったが、特に何も変わらない。

教室に入れば、見慣れた顔がズラリと並んでいるだけだ。


大和、と教室の奥から敦達が手を挙げる。おお、と返事をして近付いて行くと開口一番に言い放った。


「亮太、彼女できたらしいぜ」

「……まじ?」


思わず肩に掛けた鞄が落ちそうになった。

敦の隣りで照れくさそうにはにかんでいる亮太と目が合う。

義信や敦の茶化すような言葉も今の亮太には効かないらしい。


「相手誰?つーか、いつ?」


「バイト先の後輩。昨日」


「まじかよ!良かったな!」


そう言うと益々笑顔になる亮太。朝のチャイムが鳴っても、俺達は自分の席には戻らず亮太への質問責めを続けた。

特に食いついていたのは先月彼女と別れたばかりの義信だ。



「告った?」


「告られた」


「うわー!まじかよ!うぜー!」


「彼女の名前は?」


「言っても分かんねーだろ」


「高校どこ?」


「T女子」


(あ、吉岡未来と同じだ)



担任の登場により、亮太に対する質問はそこで中断された。

敦たちは渋々自分の席へ帰る。

元々、亮太の隣りの席の俺。

鞄を机の上にどか、と置き再度亮太のにやけ面を横目に見た。


「で、どんな女なんだよ」


そっと尋ねると、亮太も俺に負けないくらい小さな声で答えた。


「普通の子。顔も体系も超普通。大人しいし、自分からはあんま話さないんだ」


「ふーん……」


亮太は自分の携帯をそっと開き、俺に見せてきた。

画面には幸せそうに笑う女の子が写っていた。吉岡未来と同じ制服を着ている。

確かにお世辞にも凄く可愛いとは言えない。かと言って残念な顔面でもない、亮太のいう通り普通すぎるくらい普通の子。

普通だな、と素直に言えば、亮太も笑った。だから言ったじゃん、と。



「でも……いい子なんだ」



亮太は黒板を真っ直ぐ見つめたまま照れくさそうに言った。








「あー」


と、敦が唸った。



面倒な始業式が終わり、他の生徒の波に紛れ教室に向かってだらだらと歩いている途中だった。


くしゃくしゃにセットした敦の髪が目の前で揺れる。

何溜め息吐いてんだよ、と言えばくるりと振り返った。



「もうすぐ3年達卒業だぜ。早いよな。俺らもすぐだよ。あーだる」


「まだ2年もあるじゃん」



すると、俺達のそばを一人の男が通り過ぎた。

どこにいても目立つ風貌。

女好きで有名な、松本太一。

腰まで下ろしたズボンを引きずりながら仲間とバカ笑いしてるのが廊下に響いた。



「そういやさぁ、松本先輩と大和の姉ちゃん付き合ってんだよな」


「もう別れたよ」


「は?まじ」


「結構前にな」


「ふーん。つーか、松本先輩卒業したらどうすんのかな。なぁ大和」


「知らねえよ。興味ねー」



そうか。そういやあの男も卒業だな。


別に寂しいとかそういう感情はない。あるわけない。むしろ学校であいつの面を見なくて良くなると思ったら清々する。


あいつが大学に行こうが就職しようが県外に出ようが、心の底からどうでもいい。

いっそそのまま、二度と水香の前に現れないでくれたら有り難いのに。







「あはは。ばーか」

「てめぇ……」



学校帰り、駅で会うや否や俺の顔面に向かってキーホルダーサイズの水鉄砲で水をかけてきた。

水香は少しも悪びれる様子もなくさっさと俺の目の前を歩いて行く。

ただでさえくそ寒いのに、どこまでもイライラさせる女だ。



学校が終わってすぐにメールがきた。

水香から、映画に行こうとのことだった。

初めてするデートらしいデートに俺は柄にもなく浮かれていた。(あくまで平静を保ってるわけだけど)


「見たい映画があるんだ」


「へえ。どうせ恋愛ものだろ」


「何で分かったの?」


「女ってそういうもんだろ」



一瞬、吉岡未来と映画を見に行ったことを思い出した。


それを無理矢理かき消し、少し前を歩く水香の隣りに駆け寄る。

急になに?と少し驚いたように俺を見る水香。

俺はマフラーに顔をうずめ、真っ直ぐ前を向いたまま左手をポケットから出した。


「手」

「え?」

「……さみぃ」



ぐっと掴んだ水香の手は冷たかった。

でも、それで良かった。

それ以上に温かくなるものが確かにあったから。


「近所の人に見られたら何て言い訳する?」


「んー。菓子折りでも渡す?」


「……ばか」


水香の手が俺の手をキュッと握り返した。


デパート内にある映画館へ行こうとエレベーターに乗った時、先に乗っていた人物を見て俺は、握っていた手をぱっと離した。


相手も俺を見て驚いたように目を開いた。どんぐりのような瞳が更に丸く大きくなる。


「大和、くん……」


エレベーターのドアがゆっくりと閉まる。

そこだけ切り取られたような空間。俺と、水香。そして……吉岡未来。


「偶然だね……」


少しどもりながら吉岡未来は言った。

俺と水香を交互に見て明らかに動揺している。

水香も苦笑いを浮かべ、こんにちはと溜め息を吐くように言った。



「確か、大和くんのお姉さんだよね」


吉岡が水香を見る。


「あ、うん」


「仲良いんだね」


「まぁ、それなりに」


「でも……今、手繋いで」



その時、エレベーターのドアが開いた。

俺は逃げるようにエレベーターの外へ出る。

じゃあ、と言えば、吉岡は戸惑いながらもまたねと手を振った。






「あー、びっくりしたね」



はぁ、と大きく息を吐いた水香は安心したように笑った。

うん、と小さく返事をしてからチケットを買いに並ぶ。


「あの子、前に一度会った子だよね。かわいーね」


「え?あぁ、そうだな……」



俺の空返事が気に入らなかったのか、それとも水香なりに何か察したのか、それ以上彼女は何も言わなかった。


やっぱり街中で手繋ぐなんてするもんじゃないな、と思い直した矢先、目の前で右手を差し出してくる水香。



「ほら、早く。映画始まるよ」


「……あ、うん」



――それでも俺の中には、この手を取らないという選択は存在しないらしい。









繋いだ手

(それはとても温かいもの)

(……だった気がする)







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