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シェリー


外の空気は凍るように冷たかった。


寝ている両親に気付かれないよう、音を立てずに玄関のドアを開けた、1月1日0時12分。


ファー付きのコートを羽織り、首にはマフラー、手には手袋をはめた。完全防備だと思ったのに肌は刺すように冷たかった。



「早く乗れよ」


ママチャリにまたがって大和が言う。

私は少し頷いて後ろに乗った。

大和の背中は温かい。

いつの間にか、私よりもずっと大きくなってたんだ。

手を回して引っ付くけど、大和は何も言わずにペダルを踏んだ。てっきり鬱陶しがられると思ったのに。


住宅街を自転車は真っ直ぐに進んで行く。余所の家からはテレビや人の声が微かに漏れていた。みんなはどんな年越しを過ごしてるんだろう。


夜風に吹かれた髪の毛が後ろになびく。

ふと顔を上げると、暗い夜空に薄く雲が広がっているのが分かった。


「海寒いかなぁ」

「当たり前だろ。面倒くさいこと言い出すんだお前は」


そう言いながらも自転車を漕いでくれる大和はやはり優しいんだろう。



真っ直ぐ真っ直ぐ、自転車は進む。









「寒いよ!」

「……な?」



自転車を漕ぐこと約30分。

海に着いたはいいが、足が竦むほど寒かった。あぁ、空気に当たられた顔が痛い。


規則正しい波の音をBGMに、せっかく来たのだからと自転車から降りて砂浜を歩く。どちらからともなく、手を繋いだ。


「海だねー」

「海だな」

「今年初だねー」

「当たり前だけどな」


寒さのせいなのか、はたまた私のわがままにうんざりしてるのか、大和はいつもより生意気だ。


あ、と大和が言った。彼の視線の先には空。その中に、普段は見れないような数の星が光っていた。思わず足を止める。



きれい。と私が呟く。

大和が隣りで、うん と応える。



しばらくそのまま眺めていた。元旦の星。死ぬほど寒いけど、来て良かった。



「あーさむっ」



大和はそう言いながら歩き出す。同時に繋いでいた手が離れた。

慌てて私も歩き出す。少し前を歩く大和の後ろ姿を暗がりの中で見つめたまま。

背、高くなった。

出逢った時は、私よりも小さかったのに。


ねぇ大和。いつの間に、私を追い越してたの……?



「ごめんな」

「え?何が」



突然何だろう……。

すると彼は間を開けずに言った。



「籍抜くなんて言って」



心臓がどくんと波打った。

私は何も言えなかった。



「困っただろ?」

「……」

「大丈夫。心配しなくてもそんな事しないから」

「大和……」



大和がこちらを振り向く。向かい合わせに立つ私達。夜の海が轟々と鳴いていた。



「俺、水香と出逢えて良かったよ」


「何を、」


「先のことなんて分からないよな。だから今だけ見ることにした」


「今だけ、って?」


「今だよ。今、俺がいて、水香がいる、それだけでいい。『今』が毎日ずっと続いたら『未来』になるだろ」




神様は……どこかで見ているんだろうか。無力な私達を空のずっとずっと上から見て、無駄な足掻きだと笑っているだろうか。



大和。あんたがそう言うなら、私も『今』を信じるよ。


鳥肌が立つような星空の下。温かなキスをした。










波は相変わらず同じリズムで押し寄せては引いていく。

海の向こうは真っ暗で、目を凝らしてみても何も映らなかった。

潮の匂いが鼻をかすめた時、大和がくしゃみをした。


一歩一歩、砂を踏みしめながら歩いていく。

帰りの自転車も大和が漕いでくれた。



「あ、ストップ!」

「なんだよ」



500メートルほど進んでから強引にタイヤを止める。

神社があるのを見て、私は無理矢理大和連れて入った。

小さな神社だったけど、元旦というだけあって人は少なくない。カップルもいれば、家族連れもいる。


面倒くさそうな顔してポケットに両手を突っ込んでいる大和の腕を引っ張り、賽銭箱の前まで連れて行った。


「せっかくだから願い事して帰ろうよ」

「俺、眠いんだけど」

「早く早く」


言った後に気付いた。

財布忘れてる。

苦笑いで大和を見ると、彼は呆れたように自分のポケットから小銭を取り出し私の手に乗せる。

無言でそれを受け取るものの、情けなくて暫く小銭を眺めていると、大和の投げた五円玉が弧を描いて箱に入った。


「ほら、投げろよ」


うん、と頷いて私も投げる。カラン、と音を立てて小銭は落ちた。


両手を合わせて目を瞑る。



これからも大和と2人一緒にいられますように――



何を願おうか、全く決めてなかったけど自然と浮かんできたのはそれだった。

神様は、こんなありきたりなお願いなんて聞き飽きてるかもしれないけど。



絵馬も書く?と聞けば、勘弁してくれと返された。








「大和はさっき、何願ったの?」


大和の背中にしがみついたまま、尋ねた。でこぼこ道を走るママチャリが揺れる。ちょっとお尻痛い。


「言ったら駄目なんじゃなかったっけ。こういうの」


「いいじゃん。教えてよ」


「やだよ」


「無理」


「は?何その自己中。つーか、お前も言えよ」


「じゃあ言ったら大和も教えてくれる?」


「おー」



こほん、と小さく咳をしてから私は言った。大和と、ずっと、一緒にいられますように、って。

大和は少しだけ笑ってから、ペダルを漕ぐスピードを緩める。


「教えたんだから教えてよ」


「うん」


「……何を願ったの?」


「水香がずっと、幸せでいられるように」


「絶対嘘だ」


「水香の幸せが俺の幸せだろ」


「なにそれ。馬鹿だ」


「んだよ。聞いといて」


「はは。ばーか」


「マジでお前には言われたくねえ」





嬉しかったのに、素直にその気持ちを伝えることもできなかった。


だけどこの時から私達の願いは違ってたんだね。


『2人で一緒に幸せになりますように』と、どちらか一方の幸せを願うのは、似てるようで……全然違うんだよ。







シェリー

(愛しい人)





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