もどかしい
12月31日。
朝からお母さんと2人並んで、白い息を吐きながらスーパーのビニール袋を半分ずつ持って歩いた。
今年も今日で終わり。
大量に買った食糧が、お正月の楽しみを倍増させる。
きっと大和とお父さんは今頃家中の掃除をしてる。
「今年もあっという間だったわねぇ」
んすっかりお正月モードの街を見ながらお母さんはしみじみと呟いた。
そうだね、と答えてから私は冷えてかじかんだ自分の右手をぎゅっと握る。
「水香は今年、どんな年だった?」
「んー……」
今年は……本当に色んなことがあった。
沢山泣いて、傷ついて。
初めて大和を……義弟を好きになった。
それが私の中で一番大きかった出来事だろう。これから先も、きっと。
「お母さんは?」
「そうね。家族みんな元気だから、良い年だったかな」
そうだね、と私はもう一度答えた。
本当に――そうだよね。
だけど私も大和も、それ以上を望んでしまった。
お母さんが知ったら何て言うだろう……。
私はそっとお母さんの横顔を盗み見た。
母親なのに、子供みたいな無邪気な人。
だけどいつだって、私や大和のことを一番に考えてくれる。
私もいつか、お母さんみたいな母親になれるかな。
「ねぇ水香」
「ん?」
「たまにはご飯作るの手伝ってね。お嫁に行き遅れるわよ」
「……はい」
家に帰ると、お父さんが懸命にベランダの窓を磨いていた。
家の中は心なしかすっきりしたように感じる。
大和は二階を掃除しているらしく、食糧を冷蔵庫に詰め込んでから私も二階へ上がった。
「大和ただいま。……って何してんの」
「おう」
掃除途中の散らかった部屋の真ん中に大和は座り込んでいた。
その手には変な形の貯金箱。
「それ……」
「覚えてる?これ」
そう言って大和は貯金箱を私に差し出した。自然とそれを受け取る。
これは私が小学校六年生で、大和が五年生の時の夏休みの工作。
当時流行っていたアニメのキャラクターの形の貯金箱を一緒に作ったのだ。
大和は面倒くさがって真面目にやらなかったから、渋々ながらも私が大和の分も作ってあげた。
だけどもし大和がちゃんとやれば、きっともっと上手に作れてたんだろう。
作ったのは私だけど、先生に提出した後すぐに捨てたのも私の方だった。
大和が今も持ってたなんて、知らなかった。
ふっ、と馬鹿にしたように笑ったあと、大和は言う。
「ほんと下手くそだよな。お前昔から何やっても不器用だし」
「……っさいなぁ。あんたは昔から生意気だよ」
「俺のは照れ隠し。それくらい気付けよ、馬鹿」
平気な顔してさらりと言う大和。私の方が恥ずかしくなった。
「……もう、こんなの捨てなよ」
わざと素っ気ない言い方をして、貯金箱をゴミ箱に入れようとした。
すかさず大和の声が追ってくる。
「だめだよ」
そう言ってするりと私の手中から貯金箱を奪った。
「水香が初めてくれたもんだろ」
「……もっといいのあげるよ」
「ふうん」
大和は突っ立ったままの私の腕を強引に引っ張った。
突然のことで抵抗する間もなく、体ごと大和の上に倒れ込む。
貯金箱が音も立てずに床に転がった。
ぎゅっと力強く抱き締めてから、彼はそのまま動こうとしなかった。
散らかった部屋の真ん中で、大和の腕に抱かれたまま、時間だけが静かに流れる。
ふいに下からお母さんの声が聞こえた。私たちを呼ぶ声。だけど何度呼ばれても私も大和も返事をしなかった。
すると、今度はパタパタと階段を上る足音。
やばい、と我に返った私は慌てて大和の腕から離れた。
大和は少しつまらなそうに息をつく。
ノックもなく部屋のドアが開いた。
しかめっ面したお母さんが面倒臭そうに私たちを見る。
「もう、返事くらいしなさいよ。あんたたち」
すると大和が後ろ手に体重をかけ、いかにもという表情で言った。
「ごめんごめん。水香がぎゃーぎゃー騒ぐから」
「はぁー?どっちが!」
思わず素で声を上げると、今度はお母さんが呆れたように私を見る。
「あぁもう、分かったから。さっさと片付けて下の掃除手伝ってよね」
「はーい」
「すぐ行くよ」
すると、お母さんの視線が床に転がった貯金箱で止まる。
それ、と指差して何かを思い出すように呟いた。
私は貯金箱を片手で拾う。
「あぁこれ?小学生の時に私が不器用な大和に仕方なく作ってあげたやつ!」
不器用はお前だろ、と毒づく大和の傍でお母さんが複雑そうな表情をしたのを私は見逃さなかった。
「そう……」
お母さんが大和を見る。大和も無表情のままお母さんを見上げた。さっきまでとはどこか違う空気が部屋を覆う。
「……まだ持ってたのね」
「うん。そうだよ」
「……」
お母さんを見る大和の目がキツくなった。私の知らない何かが2人の間にあるような気がして途端に不安になる。
しかしお母さんは、貯金箱についてそれ以上何も言わなかった。
「水香……自分の部屋片付けなさい」
ただ一言、私に向かってそう呟き部屋を出た。私が返事をする間さえ与えずに。
「今の、なに?」
「……さぁ」
大和も何も言わなかった。だけど何かを隠しているのは、明らかだった。
さっき大和を見るお母さんの目はいつもと違った。
血が繋がってなくたって、お母さんはそんなこと気にせずに大和に接する。心の底から大和を自分の息子だと思ってる。それは間違いない。
だけど……だけどさっきのあれは、明らかに家族を見る目じゃなかった。
敵意を持った相手を見るような、もしくは恐怖を感じたような、そんな目だった。
私はそれが、ショックだったの。
大和は口笛を吹きながら片付けを始める。その傍らで、私は一歩も動けずにいた。
もどかしい
(ただの家族ごっこだったなんて、言わないで)