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確実に近づく


―大人になったら籍抜くよ―




馬鹿なこと言ったなって、思った。

水香の困った目を見た時――










「早まったかな……」



思わず口に出して呟くと、隣でゲームをしていた敦が『なにが?』と呑気に聞き返してくる。

それを適当にあしらってから、読んでいた漫画に視線を落とした。


冬休みだというのに、クリスマスが終われば途端にいつもの過ごし方になる。

彼女のいない野郎共で亮太の家に集まって、無意味にだらだと時間を潰すのだ。



「なぁ敦、女呼ぼうぜ」



そう言ったのは俺と同じく漫画を読んでいた義信だ。

敦は手元のコントローラーを器用に使いながら気のない返事をする。

敦の携帯には女のメモリーが腐る程入っている。

適当に女を捕まえては、すぐに飽きてまた別の女を捕まえる。

こいつの口が巧いのか、引っかかる女が馬鹿なのか。



「お前彼女作らねえの?」



日頃から思っていた疑問をぶつけると、敦はコントローラーを放り投げて煙草をくわえた。



「めんどくせえだろ、付き合うとか別れるとか。いつ嫌いになるか分かんねえのに」


「お前って本当タチ悪いよな」


「んなことねぇべ。俺は純粋なの。簡単に別れたくねえから簡単に付き合わねえの」



敦はそう言って煙草の煙を吐き出した。

何だか矛盾だらけだが、敦の言うことも分かる気がする。








家に帰ると、珍しく父親がいた。いつもはもっと遅く帰って来るはずなのに。



俺は冷蔵庫からお茶を出しながら、テレビを見ていた父親の背中に話しかける。



「母さんは?」


「近所の人達と飯食いに行った」



父親は振り向きもせずに言った。

見るとテーブルの上には母さんの作ったトンカツがラップされて置いていた。


リビングにはテレビの音だけ。

しばらく父親の広い背中を見つめていた。

父親は横に寝転んだまま底抜けに明るいバラエティー番組を見ている。

普段はニュースかスポーツ番組しか見ないのに。

表情を見なくたって、つまらなそうにしているのが分かる。



「……テレビ、面白くないなら消したら?」


「誰が面白くないなんて言った」


「親父を見てそう思ったから、言ったんだけど」



幼い時は母親がいなかったから、この人に見捨てられたら俺の世界は終わりだと思っていた。

思えばいつも、この人の背中ばかり追い掛けていた気がする。

置いてかれないように、必死で。

だけど父親は、いつだって俺を独りにした。仕事をしながら男手ひとつで子供を育ててたんだから、当然なんだろうけど。


父親が再婚して、俺にも母親ができて、水香と出会ってからは、俺も父親を追い掛けることはしなくなった。

新しい家族ができたことで、俺と父親の距離も少しは縮まるものかと思ってたけど、むしろ余計に関わらなくなった気がする。

再婚して、新しい娘もできた父親の中ではもう俺の存在なんて、いてもいなくてもどっちでも良くなったのかもしれない。


すると、玄関のドアの開く音とうるさい足音が聞こえてきた。水香も帰ってきたんだろう。

彼女はリビングに入るや否や寒そうに手を擦り合わせながらストーブの前に座り込んだ。

父親が少しだけ顔をこちらに向ける。



「寒い寒い寒い!あぁ〜関節固まっちゃってるよもう!」


「うるせえな、帰って早々」


「あれ、お母さんは?」



近所の人達と飯だ。俺より先にそう言ったのは父親だった。まるでそれを水香に伝えるのを待っていたかのように。


水香は、ふぅんと短く返事をしてからトンカツに気付く。



「あ、大和。私の分もチンして」



言われた通り自分の分と、水香の分をレンジで温めてやった。



「私トンカツあんま好きじゃないんだよね」


「じゃあ食うな」


「あーうそうそ!大好き!」



つくづくわがままな女だ、全く。

だけどそれが、水香の人に好かれる所なのかもしれない。

俺は今まで母親の料理に文句をつけたことは一度もない。どんなに嫌いな食べ物も、我慢して飲み込んできた。

嫌われないように、見捨てられないように。

だから自由奔放に振る舞う水香に惹かれるのかもしれない。

そしてそういう女に、知らず知らずの内に振り回されるのが俺は嫌いじゃないんだろう。



「そういえばもうすぐ大晦日だね」


父親にも聞こえるような声で水香が言った。


「去年と一昨年は町田のおじいちゃん家行ったよね。でも今年はおじいちゃんも体調悪いしなぁ……」


ぶつぶつと独り言を繰り返す水香に返事をせずにいると、二人とも聞いてるの?と怒られた。

水香が帰ってきただけで、家の雰囲気がガラリと変わる。

それまで黙っていた父親も、ごく自然に話し出した。



「今年は家族4人で大人しく紅白だ」


「えぇー!つまんない」



水香は不服そうに言ってトンカツにかじりついた。



「それより水香。来年から受験生だろう。そろそろちゃんと勉強しなさい」


「もう、分かってるよ」


「大学行きたいんだろう、東京の」


「……うん」



父親の言葉に少し戸惑いながら水香は頷いた。


そうか……。忘れてた。来年にはもう、水香は受験生なんだ。

こいつが中学の頃からずっと東京の女子大に行きたがってたことは家族みんなが知ってる。


きっと来年にはもう、水香はこの家にいない。


俺の知らない街に住み、知らない奴らと仲良くする。今みたいに四六時中一緒にいれるわけじゃない。

近い未来、水香の隣にいるのは俺じゃない誰かなんだろうか。


しばらくリビングに静寂が訪れた。

水香は目を伏せたまま、箸を持つ手をゆっくりと下ろす。

きっと彼女も今、同じ事を考えてる。

俺にはそれが分かる。


急に押し寄せてきた現実をかき消すように、まだ1年ある……俺にだけ聞こえるようにポツリと呟いたのは他の誰でもなく水香だった。







確実に近づく

(その時は笑って)







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