僕らは神の手の上
敦達に誘われて、仕方なくついて行ったクラブイベントで水香を見つけて思わず目を疑った。
水香は一人、壁際に座り込んだまま俯いていて、それはそれは小さく写った。
早速女を引っかけに行った仲間たちから離れ、俺は一歩水香の方へ足を踏み出す。
こんな所で何してんだよ、あいつ。
暴力的に光るスポットライトで目が痛い。あんな所に一人で座り込んで、何て隙だらけな女なんだ。
意味もなく心臓が早くなる。
無視することだってできた。いや、そうするべきだったんだ。だがまさかの偶然に、俺は水香に声をかけずにはいられなかった。
こんな場所で一人きりで、もしかして何かあったんだろうか。こんなクリスマスの日に一人でいてほしくない。そう思っただけだ。
だけど俺の足はピタリと止まった。ほとんど反射的だった。水香に手を差し伸べる、松本太一の姿を見たからだ。暗がりで見る背の高い男。一目で分かる。
(何だ、そういうことかよ)
あの浮気男とより戻したのか。救えねえ奴。ほらな、あいつ弱いんだよ。すぐコロッと騙されやがる。馬鹿は死なないと直らないって、本当にその通りだ。どうせまた裏切られるんだろ。もしそうなっても、もう俺は知らねーからな。絶対。もう忠告は腐る程してきたんだ。別に水香が誰と付き合おうが関係ないけど。俺はもう普通の弟になって、姉としてあいつを見るって決めたんだ。ショックなんかじゃない。ただ、そう、ただ、馬鹿だなって。思っただけだ。あぁくそ、音がうるせえ。
そう思って立ち去ろうとした。
だけど思考とは裏腹に、俺の足は勝手に動いて、そして、気付けば暗がりの中、手を伸ばして水香の腕を掴んでいた。
はっとしたように俺を見る水香。状況が読めていない松本太一。
誰かが何か言葉を発するよりも先に、俺は水香を引っ張って一目散に走った。
「大和……!?」
後ろで水香が呟くのが聞こえる。無視したまま階段を駆け上がり、わき目もふらずにクラブを出た。受付の男が不審そうに俺たちを目で追う。
外の空気を思いっきり吸い込み、吐き出した。
さっきの喧騒が嘘のように静かなクリスマスイブ。
俺たちの他に誰もいない。
「痛いよ」
水香は冷静に俺の腕を弾いた。
何で乱暴に腕なんか掴んだんだろう。どうせ連れ出すならちゃんと手を、繋げば良かった。
「なに?」
いつもよりはっきりした冷たい言い方。水香は少し酔っているみたいだった。
「あんな所でしゃがみ込んでんじゃねーよ」
「どこでしゃがみ込もうが私の勝手でしょ」
「そうだけどっ!……そうだな」
いつもより濃い化粧をした水香はずっと大人びて見えた。
それが何だか寂しくて、わざと嫌な言い方をした。
「つーか、何だよお前」
「は?」
「松本太一とこんな所来て。より戻ったわけ?」
「偶然だよ。うるさいな。あんたに関係ない」
そう言って地下へ戻ろうとする水香。足元がふらふらしていたのでとっさに肩を掴んで引き止めた。
すると彼女はさっきよりも強く俺の腕を拒む。いい加減にしてよ、と甲高く叫んだ。
俺は振り払われた腕をそのまま宙に浮かせ呆然とした。行き場のない、感情。
ショックを受けた顔がそのまま水香に伝わったんだろう。水香は俺を見据えたまま、言った。
「大和だって、こんな風に私を拒んだじゃない」
「……」
「今更やめてよ。迷惑」
答えるよりも先に腕を伸ばした。
水香の体を抱き寄せ、無理矢理キスをした。このまま水香を追いかけなければ、今こうしなかったことを一生後悔するような気がしたのだ。理屈じゃなく、衝動だった。
「だから、そういうのが嫌だってば!」
ぐい、と俺の身体を両手で押しのけた彼女は、怒った口調とは違い、困ったように眉を歪めていた。
久しぶりの水香の匂いが俺からまともな思考を奪っていく。
波がすっと引くように、理性も引いた。
「水香」
「何でいきなり……あんたもうこんな関係やめるって言ったじゃない!」
「あぁ」
「何でこんな中途半端なことすんのよ!馬鹿!離して!」
「馬鹿はお前だろ!心配ばっかかけんな!」
「あんたに心配される筋合いない!」
「水香!待てよ」
「待たないよ!私達は普通の姉弟なの!そうしようってあんたも言ったじゃない!」
「あぁ言ったよ!普通の姉弟に戻るべきだ!何度もそう思った!そう思ったけど……やっぱり出来ねぇ!愛してるから」
「……!」
水香の足が止まった。
「大和は、何がしたいの」
「分かんねえ。でも、嘘じゃない」
俺は一歩足を踏み出す。水香はもう逃げなかった。
今度はちゃんと、ゆっくり彼女の手を握った。握り返してくれることが嬉しくて、切なかった。
「欲しい」
「……なにが?」
「お前。もう、我慢出来ねぇ」
僕らは神の手の上で踊る
(どうしようもない)