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夢の続きをくれたのは


12月24日。

クリスマス。街はどこを見てもカップルだらけ。どんなに喧嘩の多い男女も、この日だけは手を取り合い笑い合う。

そんな街並みを彼氏のいない女が4人。

今からクリスマスイベントに向かう、私とマナと明日香に京子。

唯は今頃、新しくできた彼氏と仲良くしているんだろう。

空気は氷のように冷たく、指先がひどく痛い。突然吹いてきた北風に、つい首をすくめた。


イベントだし、クリスマスだし、みんな頑張ってお洒落してきた。メイクもいつもより濃くして、髪も巻いた。

それでも、幸せそうに手を繋ぐカップル達には勝てない。

ブーツのピンヒールをカツカツ鳴らしながら歩くマナが、溜め息混じりに言った。


「今日は楽しもうね。もしかしたら出会いもあるかもしれないし」

「そうだよ!クリスマスに出会うなんて、超ロマンチックじゃない!」


そう答えたのは明日香だ。私と京子は笑った。


時間は夜の7時。ライブハウスに到着する直前、ふと大和のことを思い出した。私が家を出る時にはもう既に彼はいなかった。お母さんによると、男友達とクリスマスを過ごすらしい。本当かどうかは知らないけど。


「あ、着いたよ」


地下にあるライブハウスの前にはお洒落をした女の子が数人いた。私達同様、この12月24日をやり過ごす為に来たのだろう。

マナが人数分のチケットを見せ、地下への階段を降りる。激しいサウンドと重低音に心臓を揺らされた気がした。

暗く光が交差する箱の中には、かなりの人数の男女が行き交っている。ソファーに座ってお酒を飲んでいる人もいれば、フロアで踊っている人もいる。

カップルらしき人達も何組か目に付いた。

MCが何か言っているけどよく聞き取れない。音と光が支配するこの空間で、私は一瞬目眩を起こしそうになった。


「とりあえず、乾杯」


バーカウンターでお酒を貰い、みんなでビンをカチンと合わせる。馴れないこの空間も、酔ってしまえばこっちのもんとアルコールを思い切り体に入れた。


空きっ腹で飲んだせいか、酔いがすぐに回ってきた。マナも同じらしく、まだまだシラフの明日香と京子を置いて私達二人はフロアにダッシュ。

R&Bの音楽に乗って体を揺らすのは、思っていたよりもずっと気持ち良かった。傍目で見ているよりも、ずっと。


バーカウンターに戻っては男の人にお酒を奢って貰い、私とマナは逃げるように再びフロアに走った。

それを何回か繰り返していくと、頭がふわふわしてまともな思考回路がぶっ飛んでしまいそうになる。


音の波って、こういうことなんだ。


首もとにじんわりと汗を滲ませながら、私とマナは笑い合った。

何が可笑しいのかは分からないが、この場所にいるだけで何だかおかしくておかしくて堪らなかった。

ふとフロアの端っこにいたはずの明日香と京子を探したが、見つからない。まともじゃない思考回路の私は、まぁいいかと再び意識を音楽へ。体を触ってくる何人もの酔っ払いの手をやんわりと拒否しながら、踊り続けた。

完全に、酔っ払い。


「ねぇ!あれ見て!」


マナに肩を引っ張られ、振り向いた先には明日香と京子の姿が。二人共、お酒片手に知らない男と楽しそうに話している。相手も二人だ。


「抜け駆け?」

「抜け駆けだよ!ずるーい!」


マナが頬を膨らます。酔っているせいで目尻がとろんと下がったマナは何だかいつもと違い子供のようだった。

私達はフロアから出て一旦トイレへ行く。

踊り続けていたせいで二人共メイクが落ち、パンダのようになっていた。

笑い合いながら洗面台の鏡に向かってアイラインを引く。こういう時は、酔っていても真剣だ。

何だか不思議だ。太一くんのことがあったのに、こんな風に笑えるなんて。

そんなことをぼーっと考えていると、マナが言った。


「水香、ありがとう」


私はマナを見た。鏡とにらめっこしながら一心に化粧を直す、マナの横顔。

どういう意味のありがとう、なのかは聞かなくても分かっていた。


「水香はマナがあんなひどいことしても、誰にもマナの悪口、言わなかったね」

「うん」

「マナが彼氏と別れたってことも、黙っててくれたよね」

「……うん」


ありがとう、とマナはもう一度言った。今度は私の方に振り向いて。


「お互いもっといい人見つけようね」

「ほんと、それ」


少しだけ正気になった頭でトイレから出る。再び光と音が体を包んだ。フロアにいる誰もが手を伸ばして踊る。MCがマイクに向かって煽り、DJが音を上げる。名前も知らない男女がお酒を飲み合う。それも、こんなクリスマスの日に。


「大嫌い!」


大音量に混じって、後方からそんな声が聞こえて思わず振り向いた。

入り口付近でカップルが喧嘩をしている。女が泣きながら男の頬を叩いた。光と音に隠れて、私以外誰もその光景に気付いていない。

叩かれた男は怒るわけでもなく、ただ無言で突っ立っている。泣きじゃくる女が自分のバッグで男の胸を殴ると、男が何か言った。生憎男の声が小さすぎて何を言ったのかは聞き取れなかったけれど、女が一人背中を向けて階段を上って行ったので、良い言葉ではなかったんだろう。

およそ20秒程度のその光景は、私の胸に何かを刺した。


クリスマスに、別れたカップルがいる。

どうしてクリスマスなんだろう。

どうして、1日くらい待てなかったんだろう。

1日待って、嘘でもいいから、今日だけはお互い相手を許して、手を繋いで、キスをして、ただ笑い合っていれば幸せなのに。そしたらまた、結果は違ったかもしれないのに。


大嫌い、と叫んだあの彼女の声が頭の奥で鳴り響く。


当たり前だけど、第三者には分からない。

あの2人にしか分からない何かがあって、それはもう1日も待てなくて、彼女たちはきっと、12月24日にどうしても別れなきゃいけない理由を持っていたんだ。



「水香?」


どうかした?とマナが首を傾げる。何でもないと言ってその場を離れた。

すると、今度はマナが足を止める。


「紺野くんだ」

「え?」


マナの言った通り、紺野の姿があった。そう言えばあいつも来るって言ってたっけ、なんて呆然と考える。

紺野はバスケ部の友達と来ているらしい。酔っているのか、ビール片手に随分楽しそうに笑っていた。


「水香って、紺野くんと仲良いよね」

「あー、席近いからね」

「話しかけようよ」

「えー」


マナに手を引っ張られて仕方なく紺野たちのもとへ。

気付いた紺野はやはり酔っていて、大袈裟に驚いてみせたりしていた。その勢いのままお酒を奢って貰い、4人で乾杯。紺野の友達の浅田くんは、人気者のマナと話せてかなり嬉しそうだ。


「お前らも寂しいな。クリスマスなのに女同士で」


そう言いながら私の頭をがしがしと乱暴に撫でる紺野。せっかく巻いた髪が台無しだとその手をすぐさま振り払った。


「もう、やめてよ馬鹿!」

「でも今日のお前、可愛いよ」

「はぁー?あんたそんなキャラじゃないでしょ」


酔っているからだろう。いやにべたついてくる紺野から逃げる為にその場を離れた。マナは浅田くんと楽しそうに話している。


壁にもたれかかり、はぁと溜め息をつく。冷めた頭とは裏腹に、体はまだ酔っ払ったまま。立っているのに疲れ、そのまま座り込んだ。


「大和……」


思わず呟いてしまったその名前に、胸が痛む。


あぁ、私、こんな所で何やってるんだろう。


大和は今、何をしているのかな。

唯は中川とケーキでも食べてるのかな。

太一くんは……新しい彼女とデートでもしてるんだろうな。


私には誰もいない。

新しい彼氏も、好きだと言ってくれる男も、誰も。

きっと大和はもう、私のことを好きだとは言ってくれない。その方がいい。お互いに。私は大和の現在や、未来を束縛することはできないのだから。



「何やってんだよ」


頭上から降ってきた声に、顔を上げた。


「……どうして」



そこは、音と光の世界。





夢の続きをくれたのは

(あなただけだった)







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