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嘘つき男、馬鹿女

太一くんからお誘いメールがきたのは、3時間目の授業が終わったあとだった。


朝、おはようメールが入っていたにも関わらずそれを無視していた私は、今日、暇? という彼のシンプルなメールを見て少し動揺した。


暇じゃない。一度はそう文を打ってみたもののすぐに消した。


暇だよ。


代わりにそう打ち直す。だって、何を言っても好きなのだ。

それに大和の話だけじゃ分からない。こういうことは直接会って話したい。


(大和、)


ふいに思い出してしまった。考えないようにと頑張っていたのに。昨日大和にキスされそうになったことを。

でも朝の大和は何ら変わりなかった。多分大和の目に映る私も、いつもと変わりなく見えただろう。

リビングで会いたくなかったからわざと寝坊したふりをしたのに、意外と彼は普通に‘弟’だった。

正直拍子抜けした。昨日のあれは何だったんだろう。からかったんだろうか、私を。だとしたら何てたちの悪い冗談だ。笑えない。くそ、何かむかついてきた。


私は無理矢理、頭の中から大和を追い出した。そして振り切るように送信ボタンを押した。


「彼氏とメール?」


突然、そう聞いてきたのは唯だった。

うん、と短く頷いたあと、太一くんが二股をかけているかもしれないという疑惑を唯に相談しようか迷った。

唯は中学からの友達で、一番仲が良い。お互い何でも言い合ってきた。唯なら何かいいことを言ってくれるかもしれない。


「あのさ、ちょっと相談があるんだけど」

「なに?」

「……やっぱいい」

「そ、」


唯はドライだ。無理に干渉することはしない。もし私が友達に、相談があると言われて途中でやめられたら気になって気になって仕方ないだろう。なになになになにとしつこいくらいに付きまとうに決まってる。

唯のそういう所が、私は好きだ。


太一くんのことは自分で考えよう。解決してから事後報告として唯に言えばいい。良いか悪いか、結果は分からないけど。


「今日デートなんだ」

「良かったね。久しぶりじゃん」

「うん……」


本当に、久しぶり。

付き合い始めの頃は、最低でも週に3回は会っていた。

今、付き合って5ヶ月目。2週間に一度会えればいい方。寂しくて、死んじゃうよ。




学校が終わった瞬間、一番に教室を飛び出した。

一日中太一くんのことを考えた結果、ガツンと物申してやろうという結論を出したのだ。

決心したのだから行動は早い方がいい。じゃないと鈍ってしまいそう。

すれ違う友達たちにばいばいをしながら、走って靴箱まで行きローファーに履き替える。

運動場を抜けて校門が見えてきた時、私は走るのをやめた。

塀に寄りかかるようにして、ブレザー姿の男の子がひとり立っていたのだ。うちのブレザーじゃなく、男子校のブレザー。


「よう」


待ち合わせ場所は駅だったはずなのに。

こういうことをするから、言えなくなるんだよ。


「太一くん……」


私の気も知らないで、ずるい。


太一くんは塀から背中を離すと、両手をポケットに入れたままゆっくり近付いてきた。


「なに、お前走ってたの?」

「太一くんだって……わざわざ学校まで来なくていいのに」

「何だよ。素直に喜べよ」

「……うん」


さっきまで固まっていた決心は、太一くんの笑顔を見た瞬間あっという間に崩れた。

ん、と左手を差し出され、少し迷ってその手を取った。

手を繋ぐなんて、久しぶりだ。


「どこ行くー?何食うー?」

「……」

「水香、聞いてる?」


顔を覗きこまれて、はっとした。

聞いてる聞いてる、と慌てて答える。やばい、声うわずってたかも。


でも考えずにはいられない。太一くんの隣には、違う女もいるかもしれないってこと。

そんな思いを持ちながら、幸せそうに笑える程私は器用な女じゃなかった。

太一くん、と小さく呼んで、足を止める。必然的に太一くんも止まった。

そして私は、繋いでいた手を離す。彼は途端に怪訝そうな顔で私を見た。


「あの、さ」

「どうした?」

「ちょっと聞きたいんだけど」


心臓がうるさい。


「私以外に、付き合ってる人いる……?」


ガツンと物申す、には程遠いけれど、これが今の私の精一杯だ。


太一くんは無表情のまま、何も言わない。

吐き気がした。みぞおちに重い石を詰め込まれたようだ。

しばらく沈黙が流れた。私はじっと俯いて返事を待つ。

言わなきゃ良かった。

何で言っちゃったんだろう。ヘラヘラ笑ってたら、今日一日楽しい思いだけで終われたはずなのに。でももう、言ってしまったのだ。

沈黙に耐えきれず、私は再び口を開いた。


「将棋部も、嘘なんでしょ」

「……」

「太一くんが、違う制服の女の子と歩いてたって聞いた」


そこまで言うと、ついに彼は口を開いた。

うん、と。


やっぱり聞かなきゃ良かった。いや、でも聞かなきゃいけないことだった。結果が悪いなら尚更。

ごめん、と彼は呟いた。


「でも俺は、水香のことが好きなんだ」

「嘘……だって、将棋部って、初めから嘘、だったじゃん」

「正直、初めは遊びのつもりだった」

「ほら、」

「でも今は違う。付き合って、水香のこと本気で好きになったんだよ」


嘘だ。心の中で呟いた。嘘つき。

今度は私が黙り込んだ。この重たい空気を取り払う言葉は見つからなかった。

太一くんはもう一度言った。今度は私の手を取りながら、ごめんと一言。

私には、その手を振り払う勇気がなかった。

周りを通り過ぎる人達は皆興味深そうに私たちを見ては去って行った。

その視線が鬱陶しくて、私は益々下を向いた。


「俺のこと、最低って思ってる?」

「……うん」


そして彼は、私を抱き締めた。こんな道の真ん中で。人目もはばからず。

突然のことに思わず顔を上げる。

だけど太一くんの表情は見えなかった。


「ちょ、太一くん……」

「最低って思っていいよ」

「……」

「思っていいから、別れるとか言わないでほしい」




嘘つき男、馬鹿女

(そんなの嘘だって、私も分かって頷いた)




その日彼は、もう二度と浮気はしないと誓った。そして私にキスをして、全てを丸く収めた。




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