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見えない気持ち


昨夜、美和ちゃんは両親の寝室で寝た。

お母さんに美和ちゃんが来てくれたことを電話で伝えると、かなり安心していた。明日には帰る、と言ってお母さんは電話を切った。

私もすぐにベッドに入った。隣りの部屋のコンポから音楽が漏れていたから、大和は遅くまで起きていたんだと思う。





朝は美和ちゃんの声で目を覚ました。起きた瞬間、アップで映し出される美和ちゃんの笑顔に ひっ、と思わず息を呑む。



「朝ご飯作ったよ。早く起きな」


「う……ん」



機嫌よく私の部屋を出て行く美和ちゃんの後ろ姿を布団の中から見送った。

寒くて布団から出られない私に、下から再び美和ちゃんの声が聞こえてきた。

意を決して仕方なく布団を蹴る。冷たい空気が体全体を覆って思わず身震いした。部屋の窓は白くなっていて、いかにも冬、という朝。



一階に降りると、一足先に降りてきていた大和がスウェットのままの私を見て眉をひそめた。


「すっげーだらしないよ、今の水香」


「いいじゃん、うるさいよ」


大和はブレザーを着てネクタイもきちんと閉めている。私よりも何かとしっかりしてるんだ、昔から。


すると、テーブルの上に味噌汁を並べながら美和ちゃんが言った。


「ほんと似てないねぇ。大和と水香って、正反対」


「うん。よく言われる」


何気なくそう答えれば、目を伏せたまま大和は言った。


「そうだよ。血繋がってねーもん」


「……」


な、と私に同意を求める彼は、不自然なくらい自然だ。いつも通りの大和。いつも通り、何を考えているか分からない。

私はすぐに答えられず、少しどもってしまった。その不自然な私の態度を掻き消すかのように、大和が馬鹿にしたみたいに笑う。

あんた、ずるいよ。そういう風に笑うなんて。


美和ちゃんが味噌汁をすする大和を見ながら頬杖をついた。

エプロンをつけて、髪をひとつに纏めている美和ちゃんは、珍しく主婦に見える。まぁ実際主婦なんだけど。


「勉強教えてた頃もさぁ、大和が問題解き終わっても、隣りで水香はずーっと教科書とにらめっこしてたもんね」


「もー、やめてよ美和ちゃん」


「でも真面目だったのは水香だね。大和はすぐ飽きて寝ちゃうんだから。昔から生意気だったし」


「うっせー」


「ほら、生意気。その点水香は素直だねー。ほんと、正反対。ま、当然か」



そう言って美和ちゃんは、にこりと笑った。










学校へ行くと、珍しく唯が興奮した様子で話しかけてきた。

どうやら他のクラスの男子に告白されたらしい。唯は恋愛に関してあまり興味がないんだと思っていた私は、嬉しそうな、困ったような彼女の姿にこっそり笑みを零した。


「とりあえず、何組の誰に告白されたの?」


「3組の、中川……」


「あぁ……」


去年同じクラスだった3組の中川裕太だ。勉強は普通だけど、確かバスケ部だったはず。ノリもいいし、女に優しいから結構人気あるって聞いたことがある。

そうか。中川は唯が好きだったのか。と私はしみじみ思った。


「うん! いいじゃん中川!」


「そんな簡単に言うんだから」


「え? だってほんとにいい奴だよ。一年の時の期末テスト、中川がこっそりカンニングさせてくれたおかげで赤点取らずにすんだし」


「そう。良かったね……」


唯は呆れたように私を見た。

あ、いつもの唯に戻っちゃった。もう少し浮かれた唯を見ていたかったんだけどな。


中川は出席番号が前後で何かと私は彼にお世話になっていた。教科書忘れたとか、ノート見せてとか、そういや日直も同じだった気がする。


「唯と中川かぁ〜。うん、お似合いだよ」


「……」


唯の顔がみるみるうちに赤く染まる。


え、え、え?


「もしかして、唯」


「なによ」


「中川のこと、好きだったの?」


違う、と叫ぶ彼女の慌てる顔が図星だと物語っている。私はまた笑みを隠しきれなくなった。

どうしよう、自分のことみたいに嬉しい。


「知らなかった! 何で黙ってたの? てか、両思いじゃん!」


「気になってるって程度だったから。でも昨日中川に好きだって言われて、考えたらどんどん気になってきちゃって……」


「そっかぁ」


「でもね、問題があるの」


「問題?」


「うん……。1ヶ月くらい前にね、バスケ部のマネージャーしてる一年生が中川に告白したらしいんだけど、彼女がいるからって断られたらしい」


「まじ? 1ヶ月前って最近じゃん」


すると唯は小さく頷いた。


「ねぇ、水香。中川って私のどこを好きになったのかな? ていうか、彼女がいるって本当なのかな。聞きたいけど怖いし……。元々そんなに話したことないし、私これからどうやって接すれば……」


こんなに動揺している唯を見るのは、高校の合格発表があった日以来だ。

とりあえず落ち着けと唯をなだめ、私はいいことを思いついた。


「本人に聞けないなら、中川の友達に聞けばいいんだよ」


「え?」


「中川とうちのクラスの紺野って部活一緒だし、仲良いじゃん。紺野なら何か知ってるかもしれないし、中川に彼女がいるか聞いてみようよ」


「……水香聞いて。お願い」


「何で私?」


「紺野と仲良いじゃん。私が聞いたらいかにもって感じだし。ね?」


「うん……いいよ」


実を言うと太一くんと帰った雨の日以来、紺野とは話していない。あんな場面を見られちゃったし、何となく私が避けていたのだ。

だけど唯の為だ。大丈夫、中川のこと聞くだけだし。





一時間目が終わったあと、私は早速紺野を廊下に呼び出した。

なんだよ、と気だるそうに歩いてくる紺野はいかにもめんどくさいといった様子で頭を掻く。


人の来ない渡り廊下へ移動する。寒いけど、万が一誰かに聞かれたら気まずい。

風が吹いた瞬間、スカートから出した足が鳥肌を立てるのが分かった。

さみぃ、と紺野が首をすぼめた。


「で、なに?」


「あのさ、中川っているじゃん」


「裕太?」


「うん、それ」


「裕太がなに」


「中川って、彼女いる?」


「……いないと思うけど。何で?」


「本当に? 絶対? 何か彼女がいるからって告白断られた子がいるって聞いたんだけど」


そう言えば、紺野は何か思い出すように、あぁと呟いた。そして少し笑い、ポケットに両手を突っ込む。


「マネージャーの子だろ。すっげーしつこかったから、嘘でも彼女いるって言っとけよ、って俺が中川に言ったんだ」


あんたのせいか、紺野。

それにしても良かった。一年の子には悪いけど私はホッと安心して紺野の肩をバシバシ叩く。

何故叩かれているのか分からない紺野は、やめろよと体をよじった。


それだけ、と教室に戻ろうとするが、紺野は動かなかった。


「教室、行こうよ」


私が呼びかけると、紺野の目が何か言いたげに真っ直ぐ私をとらえる。

少しの沈黙が私たちの間を通り抜けた。


「もう、休み時間終わっちゃうよ。戻らないの?」


「中城さぁ」


「うん」


「あの元彼とどうなったんだ」


「どうって……別に何もないよ」


「ふぅん……」


紺野はまだ何か言いたそうだ。もしくは、私の言葉を信じてないように見える。


何かあると誤解されるのもしゃくなので、私は続けた。


「太一くんとは別れたし、もう好きじゃないし」


「何で? つーか、そんな簡単に好きじゃなくなるもん?」


簡単、という言葉にずきっときた。何で紺野は、私を責めるようなこと言うんだろう。まるで私が全部悪いみたいに。


「簡単……じゃないよ。太一くんだって、私のこと元から好きじゃなかったみたいだし」


「でも雨の中お前のこと迎えにきてたじゃん」


「それは……どうせただの気まぐれだよ」


「何で気まぐれだって分かんの?」


「だって太一くん、遊び人だもん」


思わずそんな言葉が口を突いて出た。分かってはいたけど絶対、今まで言わなかった言葉。

紺野の責めるような視線が再び私に向けられる。彼は静かに言った。


「そうであって欲しいんだろ」


「は?」


「『太一くん』が遊び人じゃないと、お前が困るんだろ」


「……」


紺野の言葉の意味が分からなくて、私は黙ってしまった。

遠くでチャイムの音が鳴る。二時間目が始まった。

どんよりと曇った空と同じく、私たちを包む空気も重い。


「困る……? 私が?」


「冗談だよ。行こう」


紺野の後ろを歩きながら、私は思った。



そんな、ばかな。









中川に彼女がいないと唯に告げ、彼女の安心したような顔を確認したあとの放課後、部活に行く途中の紺野をドアの所で捕まえた。

振り向いて私を見た瞬間、今度は何だよ、と無表情に言う。

教室から出ようとするクラスメートが邪魔そうに顔をしかめたので、掴んでいた紺野の鞄をとっさに離す。


「さっきの、どういう意味!」


「……だから冗談だって」


「嘘。言ってよ、気になるじゃん」


こうなった私はしつこい。ちらりと時計を気にしたあと、紺野は諦めたように溜め息をついた。


「別に、本当に深い意味はねえよ。ただそうなんじゃないかなって、思っただけ。ごめん」


「そう……」


納得してなかったけど、これ以上問いつめても無駄な気がしたから、私は紺野にばいばいと言って教室に戻った。

クラスメートがほとんどいなくなった教室で、唯が自分の席に座ったまま携帯とにらめっこしてる。

私に気づくと、困ったように目尻を下げた。


「中川からメールで、今日部活終わったあと会えないかだって……」



やるな、中川。意外と積極的だ。


私は唯の机におしりを乗せて座る。そして出来る限り明るく言った。


「いいじゃん、会いなよ!」


「……うん」


返事を打つ唯の横顔はまさに恋する乙女で、何だか羨ましくなった。

唯と中川は、普通に同級生で、好きになっちゃいけない理由なんて持ってない。

でも私は……、私と大和は……。



「水香?」


ふいに呼ばれて慌てて返事をした。すると 鳴ってる、と私の鞄を指差す唯。確かに、入れっぱなしにしていた携帯のバイブが鳴っている。

今日帰るの遅くなる、という大和からの短いメールだった。

私は返事をせずに携帯を閉じる。


「もしかして、太一くん?」


「違うよ。大和」


「なんだ」


「なんだって何よぅ」


「私、水香はまた太一くんと戻ると思ってた」


「ありえないよ。別れてから私から連絡したことなんてないし」


「でもむこうからは来るんでしょ」


私は頷く。


「水香に未練あるんじゃない?」


「何言ってんの。相手はあの太一くんだよ」


唯は意外そうに私を見たあと、再び視線を逸らす。彼女は母親のように落ち着いた声で言った。


「前はそんな言い方しなかったのにね」


「……そうかな」


「何が水香を変えたんだろうね」


「……」


唯にそう言われ、私は紺野の言葉を思い出した。

確かに今の私は、太一くんが遊び人であって欲しいと思っているのかもしれない。

付き合ってる時の冷たい太一くんが本物で、今の優しい太一くんはほんの気まぐれで、また私を弄んでやろうと企んでいるんだと思いたかったのかもしれない。


だってそうじゃなきゃ、そう思わなきゃ、信じてしまう。大和との寂しさを埋める為に、私はまた太一くんを信じて追いかけてしまうかもしれない。

だから彼の優しい態度は全部嘘だと、自分に言い聞かせてきた。

太一くんが遊び人じゃないと、私が困るんだ。

紺野、あんた、当たってるよ。



でも私が本当に好きなのは一体、誰なんだろう。








それから、家に帰るとお母さんとお父さんが戻ってきていた。

おじいちゃんの様子を聞くと、入院したがしばらくは大丈夫だと言うことだ。無理に笑顔を作るお母さんの気持ちが痛いほど分かって、何だか悲しくなった。



その日大和は、帰って来なかった。









見えない気持ち

(紺野の言葉が離れない)





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