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明暗に佇む


義姉を好きになったのは、いつだっただろう。

いや、多分初めて会った時すでに9歳だった俺は水香に恋をしてたんだろう。今なら分かるが、まだ幼かった俺はその気持ちが何なのか理解できていなかった。


気付いたのは、中学生になった水香が初めて彼氏を家に連れてきた時だった。

幸せそうな義姉の馬鹿面を見たその時思ったんだ。あ、俺水香が好きなんだ、って。

好きになるべき相手ではないと分かっていた。だから誤魔化す為に俺も彼女を作った。

だけど当然、続かなかった。

穴を埋めるために別の女を好きになったはずなのに、余計に穴は大きくなっていった。

水香が彼氏と別れたあとも、もやもやした気持ちは消えなかった。

普段は大袈裟なくらい普通の弟として振る舞った。だけどそれと矛盾して、俺を弟としてしか扱わない水香に腹が立っていた。

しかもこの義姉は不幸にも随分男に惚れやすい。しかも一度好きになればとことん入れ込むタイプらしく好きなやつに振られてはまた別の奴を好きになってを繰り返してきた。


水香が俺じゃない違う男を好きになるたびに俺の中のやりきれない気持ちは膨らんだが、それ以上に辛かったのは、振られては一人部屋にこもって泣いている彼女の姿だった。

あいつはどうやら男を見る目がすこぶる悪いらしい。こっぴどい振られ方をされたのは一度や二度じゃないはずだ。


そして今回は二股。しかも俺と同じ高校の先輩に。どういうきっかで水香とあの男が付き合うようになったのかは知らないが、これだけは言える。救えない女だ。


―いい加減現実見ろよ―


将棋部はあると言い張る水香に放った一言。馬鹿みたいにあの男を信じている水香にイラついて出た一言だ。

言い過ぎたとは思ってない。本当のことを言ったまでだから。

キスをしようとしたことも、悪いとは思わない。あいつは馬鹿だからこれくらいやらないと、いつまでたっても俺の気持ちに気付かなかっただろう。


リビングで朝食を食べながら、俺は悶々とそんなことを考えていた。

水香はまだ起きていない。いつもならとっくにリビングに下りてきて一緒に朝食をとっている7時50分。


「水香、まだ寝てるのかしら」


母親が呆れたように溜め息をついた。

父は水香のことよりも自分のネクタイを探すのに必死だ。

遅刻する、と慌てる父を見かねのか、母親は一緒にネクタイを探しだした。

これは毎朝見る光景。

どこか天然な父は毎朝、ネクタイをどこに置いたか忘れているのだ。


すると、母親はネクタイを探しながら俺に声をかけた。


「ねぇ大和、ちょっと水香起こしてきてくれない?」

「え、やだよ」

「そんなこと言わずに」

「俺たち昨日喧嘩したんだ」


喧嘩、ではない。だけど気まずいのは確かだ。

母親が顔をしかめて理由を尋ねたとき、水香が眠そうな面してリビングに入ってきた。

母親はネクタイ探しをやめて、今度は水香に尋ねる。


「あんた達昨日喧嘩したんだって?」

「へ?」


開口一番にそう聞かれ、若干戸惑っていた水香だが、俺の顔をちらりと見るとどこか納得したように、あぁ、と声を漏らした。


「喧嘩と言えば喧嘩だね。お母さん、こいつの首に縄つけて柱にでもくくりつけといた方がいいよ」

「人を犬みたいに言うなよ」

「そんな可愛いもんじゃないわ」


そのやりとりを見て、母親は安心したように笑った。傍らでは父がネクタイを見つけたのか、あった! と小さく声をあげる。


「とにかく早く食べなさい、水香。全く。どうせ昨日遅くまで起きてたんでしょ」

「うん、テレビ見てたら寝れなくなっちゃった」


嘘だ。俺は思った。水香は嘘をつくとき、相手の目を見ない。

娘と同じく鈍感なこの母親はそれに気付いていない。というか、多分俺以外誰も。


「行ってきます」


まだボーっとパンをかじっている水香を残し、俺は鞄を手に持った。

いってらっしゃいと手を振る母親。

水香は俺の方を見なかった。


もう少し気まずいと思ってたけどな。意外に大したこと無かった。

家の門を出たとき、俺は考えながらふっと息を吐く。

もしかして水香は、義弟にキスをされそうになったことをそれ程重大なこととして受け止めてないのかもしれない。それよりもきっと、あの男のことが気になってるんだろう。くそ、何かむかつく。



学校へ到着し、教室へ向かう途中今一番見たくない奴の姿が視界に入ってきた。

松本太一。言わずと知れた水香の彼氏。背が高く、顔も世間一般でいうイケメンだ。モテないわけがない。


気分が重かった。かと言ってその場に立ち尽くすわけにもいかないので足は止めない。何となく歩きにくいのは、腰までずらしたズボンのせいだけではないだろう。


松本太一は携帯を見つめながら熱心にメールを打っていた。もしかしたら水香宛てかもしれないな、なんて思いながら何食わぬ顔でそいつの横を通り過ぎる。


しばらく進んだあと振り向くと、もうあの男の姿はなかった。



明暗に佇む

(どうかこのまま消えてくれ)




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