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中学生だった君


「早くしろよ。タクシー来るぜ」


ネクタイを探すお父さんを大和が呼ぶ。私とお母さんは先に玄関を出た。

今日は美和ちゃんの結婚式だ。式は18時から。私もお母さんも新しいドレスを着て髪の毛もちゃんとセットしている。


「親父用にネクタイの置き場所考えた方がいいよ」


憎まれ口を叩きながら、大和が出てきた。スーツ姿の彼はいつもと違ってすごく大人っぽい。何か、別人みたいだ。


やっと出てきたお父さん。歪んだネクタイをお母さんが直しているとき、タクシーが到着した。私たち4人はそれに乗り、やっと一息吐く。


美和ちゃんに会うの、久しぶりだな……。


きっと美和ちゃんのウェディングドレス姿は綺麗なんだろうと、想像を膨らませながら窓の外を見る。

ふいに、大和が私の髪飾りに触れた。


「曲がってる」


そう言って私の髪飾りを直す。それだけのことなのに、何か特別な気持ちが湧いてくるのは決して勘違いなんかじゃないだろう。私はもう、大和を義弟としては見れなくなっているのかもしれない。

だけど大和は何も考えていないような表情で、前を向き直した。さり気ない優しさは生まれつきなんだ、多分。

当然お母さんもお父さんも私と大和の微妙な姉弟関係に何の疑いも持っていない。だけどもし、これがバレた時はどうなるんだろう。最悪私たちはもう、一緒には暮らせなくなるかもしれない。





会場には20分ほどで到着した。品のいい式場だ。笑顔を貼り付けたような会場スタッフに案内され、私たちは待合室へ通された。

両家のゲストは思ったよりも沢山いる。皆綺麗に着飾り、写真を撮っていた。


途中携帯を開いたけど、メールはない。着信も、ない。

太一くんのメモリーはもう私のアドレス帳には入っていないのだと、携帯を閉じる。

別れて未練があるわけじゃないし、後悔もしていないけど行き場のないこの感情を言い表す言葉が今は見つからない。

別れたあとは、いつだってそうだった。


「あら、水香ちゃん?」


久しく見た親戚の叔母さんが話しかけてきた。キツい香水の匂いが鼻をつく。隣りに立っている大和が顔を歪めたのが分かって、つい笑いそうになった。


「久しぶり、叔母さん」

「大きくなったわねぇ。綺麗になって。君は……大和くん?」

「こんにちは」


大和が義理の弟だということは皆知っている。当時はお母さんの再婚を親戚中が反対していたらしい。だからなのか、叔母さんは愛想笑いを浮かべると、そそくさと去って行った。


「気にすることないよ、大和」

「気にしてないけど」


大和は本当に、気にしていないみたいだった。少し安心した私は、そう と短く返事をし、話題を終わらせた。







美和ちゃんは、本当に綺麗だった。

純白のドレスに身を包み、幸せそうに微笑んでいる。彼女がバージンロードを歩けば、それだけで華やかになった。

初めて見た、美和ちゃんの旦那さんになる人もすごく誠実そうな人だ。


パイプオルガンの響くチャペルで、牧師さんが立っている。

誓いのキスをする二人を見た時、何故か私は泣きそうになった。嬉しくて、幸せで、羨ましかった。



挙式が終わり、披露宴が始まる。

新郎新婦入場では大きな拍手が鳴り響く。後ろの方の円テーブルに、私たち親戚が座っていた。私の隣りにはお母さんと、弟の大和。

今度は薄いピンク色のドレスを着ている。マーメイドラインのそのドレスは、背の高い美和ちゃんによく似合っていた。


「本当に綺麗ねぇ」


うっとりとした表情でお母さんが言う。お母さんは結婚式をしたことがない。だから余計に憧れるんだろう。


式は順調に進んでいった。乾杯の音頭から始まり、スピーチが終わった。

ケーキ入刀の時には他の参列者に混ざって私とお母さんはカメラ片手に前へ行く。

お父さんと大和は二人座ったまま、退屈そうにそれを見ていた。


「美和ちゃん、おめでとう!」


私とお母さんが近づくと、美和ちゃんは目を丸くして笑顔を見せる。それがまた可愛い。


「やだ! 水香? 綺麗になってるから全然分からなかったよ! 超久しぶり!」

「ほんと久しぶり! 美和ちゃんすごく綺麗だよ!」

「ほんと? 高かったんだー、このドレス」


照れたように笑みを見せる美和ちゃんの隣りで、新郎の男性が微笑んだ。近くで見ると、まさに大人の雰囲気漂う男前だ。歳は美和ちゃんよりいくつも上らしい。


「じゃあ、もしかして後ろのテーブルで暇そうにしてるの大和?」


美和ちゃんに言われ、私は振り向いた。黒スーツに身を包み、窮屈そうなネクタイを緩めている大和は、確かに暇そうだ。

何だか申し訳なく思った私は苦笑いで頷く。


「かっこよくなってるじゃん! 生意気そうだけどね!」

「かっこいいかは分かんないけど、確かに生意気だよ。後で大和も挨拶に連れて来るね」

「うん、ありがとう」


お母さんと美和ちゃんと、写真を一枚撮って私たちは席に戻った。歓談中の為、酔っ払った他の参列者たちは行ったり来たりと自由に歩き回っている。お母さんも、お父さんを無理矢理引っ張り親戚に挨拶をしにいった。

私と大和は黙々と料理を食べている。


「うわ、この肉げろマズ」


遠慮なく放った大和の言葉に、サービススタッフがこちらを見た気がした。

私はつい大和の頭を叩く。

彼はぶすっとした表情で私を睨んだ。何するんだよとのことだった。


「そういうこと言わないでよ」

「はいはい、悪かったよ」

「後で大和も美和ちゃんのとこ挨拶行くよ」

「あぁ」

「美和ちゃん、綺麗だね」

「あぁ……」


そう呟いた大和の瞳が、美和ちゃんの姿を真っ直ぐとらえていた。


ずっと昔、まだ中学生だった頃。大和は美和ちゃんのことが好きなんだって、私は思ってた。本人から聞いたわけじゃないんだけど、何となく。あの頃から生意気だった大和は、美和ちゃんの言うことなら渋々ながらもちゃんと聞いてたし。


「……懐かしいね。よく美和ちゃんにテスト勉強教えてもらってたよね、私たち」

「そうだな。まぁ、お前は理解すんのが遅くて完全に足手まといになってたけどな」

「うるさいなぁ」

「でも……楽しかったよ」


大和の横顔を見た。やっぱり彼は、美和ちゃんのウェディングドレスを一心に見つめている。私はなぜか、嫉妬してしまった。







中学生だった君

(好きだったんだね、すごく)

(喩えそれが、愛という感情じゃなかったのだとしても)







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