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崩壊する、私たち


平日の夕方6時。

窓を打ちつける雨音を聞きながら、薄暗い部屋の中で一心に天井の染みを見つめていた。棚に置かれたデジタル時計が一分進むたびに、私は憂鬱な気持ちになった。

家の中は静か過ぎて、気がおかしくなりそうだ。


もう、どうでもいいや。


大和が私の制服のスカートを外す。筋肉質な彼の体は触ると堅かった。

大和が私の上に被さると、ベッドが軋む。その音を聞いて、一瞬彼の手が止まった。何か考えるようにじっと私を見つめたあと、何かをもみ消すように唇を重ねてくる。髪を撫で、首筋を這う唇に、思わず声が出そうになった。


背徳行為というのは、どうしてこうも思考を狂わせてしまうんだろう。

そもそも一体何に対して、誰に対しての背徳行為なのか、私には分からなかった。一瞬お母さんの顔が浮かんだけど、それもすぐ、薄暗い視界の中に消えていく。


「水香、」


大和の手がスカートの下に触れる。下着に触れるか触れないかくらいの時、タイミングを見計らったように携帯が鳴った。

私と大和は、少しの間視線を合わせる。静寂が支配していた部屋に、いきなり響いた着信音に二人揃って我に返ったのだ。


鳴っているのは、私の携帯だった。これは太一くん用に設定した、着信音。


「出ないと」


そう言ったけど、大和は退かなかった。


「ほっとけよ」

「……どいて」


私は無理矢理大和の手を払い、体を起こした。大和もそれ以上、何もしなかった。もう少し強引に組み敷いてくれていたら、私も電話を無視することができたのに。そんな矛盾した考えの中、床に落ちている携帯を開く。太一くん、と表示されたディスプレイを大和も見たはずだ。


「……もしもし」

「あ、水香? 今何してんの」

「家だけど」

「今から行っていい?」

「え?」

「実はお前んちの近くにいるんだけどさぁ、急に雨降ってきて困ってんだよね」

「えっと、」


困った私は、ベッドの上にいる大和をちらりと見た。大和は私と目が合うと何かを察したのか、黙って乱れた服を直し始める。

私は電話の向こうにいる太一くんに、ちょっと待ってと頼み、小さな声で大和に言った。


「……太一くんが、今から来ていいかって。えっと、雨で困ってるみたいで……」

「自分で決めれば。彼氏だろ」

「……」


大和は冷たくそう言った。しばらく携帯を握り締めたままの私は、少し考えてから電話に戻る。


「……ごめん。今友達来てるんだ」

「は? 友達って女?」

「うん……」

「それって帰らせらんねぇの?」

「……」


やばい。太一くんの声、怒ってる。どうしよう……。

やっぱり呼ぼうかな。困ってるみたいだし。


でも、本当にそれでいいのかな。必要な時だけこうやって利用されて、本当にいいの?


私は聞こえないよう息を吸い込んで、強く言った。


「ごめん。それは出来ないよ」


しばらく、電話口からは何も聞こえなかった。太一くんの次の言葉が恐くて、思わず目を瞑る。



「あっそ」


……。



すごく、すごく低い声で彼は言った。私は焦った。……やっぱり呼ぼう。


「あのね、太一く……」


だけど、電話は一方的に切れてしまった。あとに残ったのは機械音だけ。しばらく携帯を耳に当てたまま、ばくばくと煩い心臓の音が響くのを感じる。


嫌われた。どうしよう……!


そばにいる大和のことも放って、私はすぐさま太一くんに電話をかけ直す。


しかし、もう既に話し中だった。


「良かったのかよ」


ぶっきらぼうに、大和がそう言う。何も答えず頷くのが精一杯だった。


「そんなに好き? あいつのこと」

「……分かんない」

「俺は好きだよ、水香のこと。でもあいつは」

「私は、」


大和が好きだとは、言えなかった。

でもじゃあどうして、こんなに苦しいんだろう。

弟だから? でも大和は、姉の私に好きだと言う。

その真っ直ぐさが、痛かったの。



彼は何も言わずに、私のスカーフを拾い上げた。私はそれを受け取り、何事もなかったかのようにつける。


「何やってんだろうな、俺達」


そう呟いた大和の言葉に、私は何も答えられなかった。



(本当に、何やってるんだろうね……私――。)







両親が帰って来ると、途端に私たちは普通の姉弟に戻る。他愛もない会話をしながら夕飯を食べ、テレビを見る。普段メールをしない大和が珍しくメールを打っているようだったから少し気になったけど、尋ねるのもおかしなことなので何も聞かなかった。


お風呂に入る前、私も太一くんにメールを打った。お風呂から出て、化粧水をつけ、スウェットに着替え、ドライヤーで髪を乾かしてからメールチェックをしたけど、当然の如く返事はなかった。


すると、ノックもせずに部屋にお母さんが入ってきた。脳天気な笑顔を浮かべ、美和ちゃんの結婚式に着て行く服はこれでいいかと、水色のワンピースを体に当てている。


「いいと思うよ」

「もー。適当に言わないでよ」

「じゃあ……ちょっと若すぎるんじゃない?」

「ひっどーい! これせっかく買ったのに!」


何なんだ、もう。


呆れ果てる私に、テンションの高い母親。すると、開けっ放しにしたドアから大和が姿を現した。


「俺はいいと思うよ。似合ってるし、結婚式は派手にするもんだろ」


お母さんは大和の言葉を真に受け、嬉しそうに笑う。


「そうよねぇ。大和分かってるじゃない。水香よりよっぽど頼りになるわぁ」

「まぁね」


憎たらしく笑う大和と目が合う。本当に生意気な奴。

お母さんは軽い足取りで部屋を出て行く。きっと次はお父さんに見せに行ったのだろう。


「子供みてぇ」


笑いながら、大和は言った。

ドアにもたれかかったまま、私を見据える。


「何か用?」


わざと冷たい言い方をしてしまった。だけど大和は、笑顔を崩さない。


「続き、しようと思って」


言うなり、彼はドアを閉めた。ご丁寧に鍵までかけて。何か言う前に部屋の灯りが消される。あっという間に、私は大和の力強い腕に押さえ込まれた。

やめてよ、と抵抗するがびくりともしない。


「何で? さっきは嫌がってなかったのに」

「やっぱり……こんなの間違ってる」

「そんなこと初めから分かってただろ」

「でも……」


私は思わず顔を逸らした。

携帯は、鳴らない。

大和の力が、だんだん強くなる。


「水香は、ずるいね。いつだって俺に振り回されてますって顔してる。でもお前だって、十分俺のこと振り回してるんだぜ」

「……」

「何で何も言わないんだよ」

「……」

「図星だからだろ」


大和の言葉のひとつひとつが私の胸を締め付けた。

叫ぶよ、と私が言っても大和は眉ひとつ動かさない。


「やれば? そしたら俺は姉をレイプしようとした近親相姦未遂で逮捕されるよ。でもお前はそれでいいわけ? 俺がいなくて、生きていけるのかよ」

「……」

「お前、むかつく。いつも被害者のふりして、すぐ泣くし、言ってることとやってること矛盾してるよ。男ごときでめそめそするし、馬鹿だし」

「あんた、いい加減に、」

「お前、むかつく」

「私だって、」

「それでも、好きなんだよ」



大和が私から離れた。なのに私は床に倒れたまま、動けなかった。何だかどうしようもなく悲しくて、暖かかった。


「……」


目の前にいる少年は、どうして私の弟なんだろう。

愛しくてたまらない。彼の深い愛情に、指先だけでも触れた気がした。



違う形で出会ってたら、もっと上手くいってたのかな。



いつだって、大和がそばにいた。呼んだらすぐに来てくれた。

この世界中の男の中で、育ての父親よりも……本当の父親よりも大和が一番、私を愛してくれている。



今度は私が大和に抱き付いた。彼は少し驚いたように体を強ばらせたけど、すぐにその腕を私の背中に回した。








崩壊する、私たち

(愛してます、苦しいです)







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