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そして2人は、


「うちの学校に将棋部なんてないぜ」


そう言ったのは義弟だった。

いきなり開かれたドアに、乱暴に投げつけられた言葉。

自室でテレビを見ながらストレッチをしていた私は開脚した姿勢のまま硬直してしまった。

そして人の部屋にいきなり入ってきた失礼極まりない義弟の顔をじっと見つめる。彼は私を見下ろしながら一丁前に眉間に皺なんて作っていた。え、何で怒ってんのこの子。


「なにしてんの、お前」

「お姉さまに対してお前はないよね」

「誰がお姉さまだ」

「私だ、私」


この憎たらしい義弟、大和は私よりもひとつ下の高校一年生。

彼の父親(つまり私の義理の父親)が私の母親と再婚したのは7年前、私が10歳で大和が9歳の頃だった。

いきなり家族になった私たちだけど、すぐに仲良くなれた。姉弟というよりも、仲の良い幼なじみという方が近かったかもしれない。


最近大和は反抗期なのか、私に対して憎たらしいくらい生意気だ。小さい頃は、みーちゃんみーちゃんと鬱陶しいくらい私のあとをついて回っていたというのに。

最近ではもっぱらお前呼ばわり。

背もいつの間にか私を追い越し、小さかった手は今じゃゴツゴツしている。可愛さのかけらもなくなった変わりに男らしくなった。良く言えば。


相変わらずストレッチを続けている私と、その私を呆れたように見る大和。

だいたいこいつ、さっきなんて言ったっけ。


「ごめん、もっかい言って」

「ああ?」

「だから、最初に言ったじゃん。何だっけ」


あぁ、と思い出したかのように唸ると、大和はもう一度言った。今度はゆっくり、はっきりと。


「だから、うちの高校に将棋部なんてねーんだよ」

「はあ?」


今度は私が眉間に皺を寄せる番だ。

将棋部がない?何言ってんのこいつ。


「そんなわけないじゃん。あるよ、将棋部」

「ねーよ」

「あるから」

「ないから」

「いや、あるし」

「いや、ねーし」

「何でそんな嘘つくわけ?」

「いい加減現実見ろよ」


一喝され、私は黙った。

断っておくが、私は別に薬物なんてやってないし、もちろん幻覚だって見たことがない。どちらかと言うと現実主義者だし、ロマンチストでもない。だから大和に、現実を見ろと怒られる筋合いは全くないのだ。


将棋部がない。大和はそう言った。

大和の通っている高校は、私の通っている高校よりも駅ひとつ分離れた場所にある男子校。


そこは、私の彼氏が通っている高校でもある。

そして、私の彼氏は将棋部なのだ。


「なにが言いたいわけ、あんた」


私は怒った。ストレッチもやめ、あぐらをかいて座り直した。大和のついた嘘が許せなかった。


大和は無表情に私を見つめる。何か言いたげだが躊躇している、そんな感じだ。

内心、私は焦っていた。心臓がずんと重くなる。言葉にできない不安が私を襲った。


「将棋部なんて、ないんだよ」


大和はやはりそう言った。今度は怒るわけでもなく、責めるわけでもなく、ただ悲しそうに大和は言った。

嘘をついているようには見えない。

だけどその言葉を簡単に受け入れることもできない。

だって今日、私の彼氏である太一くんは、部活があるという理由で今日のデートをドタキャンしたのだから。今日だけじゃなく、前も。その前も。


黙っている私に向かって、ひとりごとのように大和は話し出した。


「この前聞いたんだ、クラスのやつに。そのあと先生にも聞いた。やっぱり将棋部なんてないって言われた。」

「……」

「お前、ショック受けると思ったから言わなかった。でも今日駅で、お前の彼氏と違う学校の制服着た女が一緒に帰ってんの見た。それで……」

「つまり私は、騙されてたってことね」


なるほどね。やってくれるぜあの男。ちょっとイケメンだからって……いや、だいぶイケメンだからって恋する乙女を弄びやがってこんちくしょう。

だいたい彼みたいな、いかにも今時風の男が将棋なんてやるはずがない。きっとルールすら知らないだろう。


でも、それでも私は信じていたのだ。将棋部があるからと言って何度もデートをキャンセルする彼氏のことを。

いや、心の奥では分かっていたのかもしれない。自分でも、遊ばれているんだと知っていたのだろう。だけど知らないふりをした。好きだから。


「うわ、ちょーかっこわるいね私」

「別れるんだろ」

「あー」

「どうなんだよ」

「さぁ」

「自分のことだろ」

「だって」


好きなんだもん。言いかけた言葉を喉の奥にしまいこんだ。これ以上馬鹿な姉だと思われたくない。


「水香」


大和が私を呼んだ。お前、ではなく名前で。


大和には分からないだろう。簡単に割り切れない気持ちがあるということが。理屈ではどうにもできない感情があるんだ、世の中には。


私はとりあえず、ベッドの上に放置していた携帯を取る。そしてアドレス帳を開き、太一くんに電話をかけた。


(おかけになった電話は、現在電波の届かない場所にあるか電源が、)


「……」


そこまで聞いて、私は電話を切った。大和も察したのだろう。私よりもずっと神妙な面持ちをしている。

思わず笑いそうになった。


「何であんたが泣きそうなのよ」

「馬鹿か。心配してんだろ」

「あーはいどうもね」


今頃他の女といるのか、私がそう呟いた瞬間、ドア付近に立っていた大和が目の前に迫っていた。

考える暇もなく、その広い両手に抱きしめられる。

まさかの行動に私の思考はショートした。


「ちょ、なにいきなり」

「別れろよ、あんな男」

「いや、だから離して」

「見てらんねぇよ」

「ねぇ、ちょっと何やってんのよ」


「お願いだから別れて、水香」



それは今にも泣きそうな声だった。

私は何を言われたか分からなかった。だってあの生意気な義弟に抱き締められるなんて誰が想像しただろう。

そもそもこんなところ、親に見られたら絶対やばい。


私は慌てて大和を体から押し出した。

途端に彼は、いつもの憎たらしい義弟に戻る。

だけど私はどきどきしていた。いろんな意味で。


「何考えてんのよ」

「……別に」

「私とあんたは姉弟なの」

「血繋がってねーし」

「だからなに?」

「それはこっちの台詞。姉弟だから、なに?」


そう言うと義弟は私の肩を掴んだ。

そして、顔を更に近づけると、キスをしてきた。



そして2人は禁断の扉を開けた

(それは絶対に開けてはいけない扉)



……ように思えたが、私がそれを許さなかった。

唇が触れる寸前、大和の右頬を思いっきりひっぱたき、なんとか阻止した。


「あんた、最悪だよ」


大和を残し、私は部屋を出て行った。



(こんなの絶対間違ってる)






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