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突然デスゲームに参加させられたが、主催者がどう考えても俺の幼馴染な件

作者: 紐育静



 「──きてください、起きてください!」


 体を揺さぶられて目を覚ますと、俺の視界に黒髪ツインテールの少女が映った。


 「君は……朱音ちゃんか? どうしたんだよ、そんな慌てて」


 柔らかいベッドから起き上がると、ベッドの脇に座っていた制服姿の少女、朱音ちゃんがホッとしたような面持ちで胸をなでおろしていた。俺は高校から帰って自分の部屋で仮眠をとっていたつもりだったが、どうやら俺は幼馴染の水無瀬蒼乃の部屋に寝かされているらしい。朱音ちゃんは蒼乃の妹で中学二年生、俺も昔はこの部屋によく上がり込んでいた。


 「和希お兄さん。眠る前の記憶、覚えてらっしゃいますか?」


 「え? いや、普通に学校から帰ってきて俺の部屋で寝ていたはずなんだけどね」


 時計を確認するとまだ夕方の五時ぐらいだ。多分寝始めて三十分も経っていない。水無瀬家の家は俺の家のすぐ隣だが、いくら眠たかったからとはいえ間違えて一つ隣の家に入って寝たとは思えない。蒼乃の家に上がり込むのは久々、いや高校に入ってから三年間、一度も入った覚えがなかった。

 俺はまだ半分寝ぼけていたが、朱音ちゃんは深刻そうな面持ちで言う。


 「実は私達、この部屋に閉じ込められてるんです」


 「え? アオのやついないの?」


 「はい。携帯もなくなっていて、外とは連絡を取ることが出来ないんです」


 朱音ちゃんの説明を聞いて俺はようやく眠気が覚め、一体どういうことかと思って俺は部屋のドアを開こうとしたが、ドアの外に重しでも置かれているのかびくともしなかった。いや、思いっきり体で押せば少しずつ開いていたが、突然部屋の外から聞き覚えのある女の笑い声が聞こえてきた。


 『フフフ……カズく……じゃなかった、和希君、朱音。私の声が聞こえるかな?』


 「だ、誰だ!?」


 『私の名前はミス・ブルー。君達にはこれから私が考えたゲームに参加してもらう』


 「ゲーム……? まさかこれが噂のデスゲームですか!? 私は和希お兄さんと殺し合いをしなければいけないんですか!?」


 俺と朱音ちゃんはドアの側に寄って、ゲームの主催者であるミス・ブルーとかいう女の声を聞いていた。こういうのって普通、部屋の中に置かれたスピーカーとかから聞こえるんじゃないのか。

 ていうか……少し声色を低めにしてるけど、やっぱり聞き覚えのある声だな。


 「いや、お前アオだろ。何してんだ」


 『!? い、いや違うぞカズく……じゃない武田和希君。私は蒼乃ではなくミス・ブルーだ』


 「お前いつもみたいにカズくんって言いかけてんじゃねぇか」

 

 ミス・ブルーは部屋の外で平静を装ってクックックと笑っていたが、この慌てぶりを見るにやっぱり幼馴染の蒼乃だ。俺はアオとしか言ってないのに向こうが蒼乃って言っちゃってるし。

 大体何だミス・ブルーって。全然かっこよくもおしゃれでもねぇ呼び名だな。


 「大体デスゲームってもっと人を集めないか? 二人でするもんじゃないだろ」


 「で、デスゲーム……私、和希お兄さんを殺さないといけないんですね……」


 同じく蒼乃の部屋に閉じ込められている朱音ちゃんの飲み込みが異常に早い、何だ経験者か?

 いや……これは水無瀬姉妹で何か企んでいるのか。まぁ蒼乃とは最近少し疎遠になっていたし、いつも俺に無愛想な朱音ちゃんも何か妙にノリノリだし、少しは付き合わないと二人の機嫌を損ねてしまいそうだ。最近はもう残り半年を切った大学受験に向けて塾に通っいぱなしで勉強で忙しかったし、何かの息抜きだと思おう。いや、デスゲームで生死をかけることを息抜きとは言わないか。


 「んで、どういうゲームなんだ?」


 『フフフ……これから二人にはその部屋で探しものをしてもらう。それを最初に見つけ出した方を部屋から出してやろう』


 「み、見つけられなかった方は?」

 

 『デスゲームだと言っているだろう? 勿論惨めに死んでもらう』


 絶対こんな狭い範囲でするもんじゃないって。これが本当にデスゲームだったら幼馴染の妹を殺したくないし、俺の命を差し出すまであるぞ。


 「そ、そんな……手っ取り早く勝利を得るためには和希お兄さんを昏睡させて行動不能にするしかありませんね……」


 あれ? 朱音ちゃんは俺を冷静に殺そうとしていないか? 主催者より殺意高くない?


 『二人に探してもらいたいのは一枚の写真だ。それはわた……じゃなくて、えーっと、水無瀬蒼乃という女が子どもの頃に武田和希という男と撮ったツーショット写真だ……どんな写真かは自分の記憶を辿ってみるといい和希君……』


 その条件だと朱音ちゃんが圧倒的に不利な気がするが、結構範囲が広い問題だ。俺の家、武田家と水無瀬家は昔から家族ぐるみの付き合いで、小学生の頃はよく遊園地や水族館に行ったものだ。実際に現像した写真が残っているのはその頃ぐらいだろう、最近は殆ど携帯で撮っているしわざわざ現像しているものもない。


 「制限時間は?」


 『あ、えーっと……八時までにお願い』


 あと三時間ぐらいか。いやこれ、多分蒼乃の親御さんが帰ってくる時間だな。いつもは六時とか七時ぐらいだが、今日は帰りが遅めなのだろう。


 「制限時間を過ぎた場合は?」


 『うーん……あ、そうだ。私が別室で捕らえている蒼乃が大変なことになる……かもしれない』


 なんで扱いがそんなフワッとしてるんだよ。


 『助けてカズくーん』


 外から蒼乃らしき人物がドアをコンコンと叩いているが、助けを求める声が滅茶苦茶棒読みだ。


 「どうして蒼乃はデスゲームに参加しないんだ?」

 

 『いや、そ、それは……蒼乃は特別だからだ。か弱い乙女をデスゲームに参加させるのは、その、あまり倫理的に良くないことだと私は思う』


 嫌だよデスゲームの主催者が倫理観とか考えてる姿を見るの。


 「じゃあ朱音ちゃんは何なんだよ」


 『か、数合わせだ』


 数合わせでデスゲームに参加させられる朱音ちゃんの身にもなれよ。めっちゃノリノリだけど。


 「なんて非道な……和希お兄さん。貴方の無念は絶対に私が晴らしてみせます」


 「いや、それ俺が死ぬこと前提じゃん」


 朱音ちゃんは身内が一緒にデスゲームに参加しても平気で蹴落としてきそうだな。蒼乃より主催者に向いてるんじゃねぇか。実は朱音ちゃんが黒幕だったみたいな展開にならないよな?

 

 『クックック……和希君、蒼乃がどうなっても知らないぞ?』


 「大変です和希お兄さん。早くお姉ちゃんを助けるために写真を探しましょう」


 「お、おう。しかし探すとこ結構あるよな……」


 子どもの頃に何度か蒼乃の部屋に上がり込んだことがあるが、幼馴染とはいえ異性の部屋を漁るのは緊張するというか気乗りがしない。何があるのかは気になるが、俺は頭の中から邪念を払って写真探しを始めた。


 「なぁ朱音ちゃん。アオがアルバムをどこにしまってるかわかる?」


 やはり写真といえばアルバムに保存するものだ。俺は昔のアルバムをどこにやったか覚えてないが、蒼乃は今でも携帯でよく写真を撮っているしどこかに置いているはずだ。

 だが朱音ちゃんは俺の質問を無視して漫画が並べられた本棚を探していた。


 「どうして私が和希お兄さんと協力しないといけないんですか?」


 うん、確かにそうだ。一応デスゲームっていう体だもんこれ。俺は蒼乃達が一体俺にどうしてほしいのか全くわからないが、元々朱音ちゃんは俺に対して素っ気ないし、手分けして探すしかないか。俺は蒼乃の机の周りを探すことにしていた。



 「全然無いな……」

 

 探し始めてかれこれ一時間が経とうとしていたが、目的の写真どころかアルバムすら見つからない。時計は午後六時を回り、蒼乃……いや、ミス・ブルーが指定した時間まで残り二時間となっていた。意外と時間が経つのが早い。


 『クックック……早くしないとお前の大事な大事な蒼乃が大変なことになるぞ……』


 「いや、ワンチャン窓から飛び降りれるからな。ここ二階だしどうにかなる」


 『ま、待て。それはルール違反だ。ルールを破ったら……その、蒼乃が大変なことになるぞ……』


 どう大変になるのかわからない、というかその後の展開の後始末に蒼乃が困って大変になるだけだろ。そんな展開を見たい気持ちもあったが、まだ時間に余裕はあるし付き合うことにした。


 「しかし、意外とアオも勉強してるんだな……高校もギリギリで入ったぐらいだったのに」


 机の上に並べられたノートをパラパラとめくりながら俺は呟いた。蒼乃は頭が悪い訳では無いが、得意な科目と苦手な科目の点差がかけ離れすぎている。数学は九十点、日本史は三十点とどうしてそんな点の取り方が出来るのかと俺は昔から思っていた。


 「誰かさんが少しは真面目に勉強しろとお姉ちゃんに言ったかららしいですよ」

 

 「へぇー」


 『お前のことだよ!』


 「いや、そりゃ昔から言ってたが……」


 俺かて志望する大学にはギリギリというところだ。しかし家からは遠く離れた土地のため、進学が決まれば同時に引っ越す予定だ。蒼乃は近所の大学に行くらしいから会えなくなってしまうだろう。それは……まだ実感できないが、今までずっと毎日のように顔を合わせていた蒼乃がいなくなった日常に俺は慣れるのだろうか? 最近の俺は蒼乃と少し疎遠になっていたが胸がチクリとした。


 「そういえば最近、あまりお姉ちゃんと話さなくなったみたいですね、和希お兄さん」


 「あ、あぁ……」


 「喧嘩でもされたんですか?」


 「あぁいや、それはね……受験勉強で忙しいだけなんだよ」


 「ふーん、そうですか」


 『ふーん……?』


 蒼乃は何かと俺に話しかけてきたり遊びに誘ってきたりするが、最近は塾や勉強で忙しいからと蒼乃と距離を置いてしまっていた。

 俺の幼馴染である蒼乃は、まぁ俺が蒼乃と付き合ってもいないのに幼馴染という身分にあるだけで学校中の男子から石や靴を投げつけられるぐらいには人気者で可愛い女の子だ。しかし最近、蒼乃が同じ学年の国崎という男子のことが好きだという噂がよく耳に入るようになった。国崎は元野球部のエースで、既に推薦で強豪の大学への進学が決まっている、さらには顔も頭も良いという完璧超人だ。その噂を聞いてから、俺は何故か蒼乃を避けるようになってしまっていた。


 「まだアルバムは見つかりそうにないですか、和希お兄さん」


 同じくこの部屋に閉じ込められているという設定の朱音ちゃんは写真を探す気があるのかないのか、姉のベッドの上で漫画を読んでいるだけだ。どうやら蒼乃が大変なことになっても良いらしい。


 「いや……そもそもどんな写真かもわからないし、この部屋にある本のどっかのページに挟まってるとかだったらキリがないよ」


 「例えば和希お兄さんがいかがわしい本を自分の部屋に隠したい時、どこに隠しますか?」

 

 「そりゃ定番はベッドの下……ってまさか」


 俺はベッドにかかっていた淡いピンク色のシーツを剥がしてベッドの下を覗き込んだ。影になっていて見えづらかったが下に段ボール箱が置かれているのが見え、俺はそれを引きずり出した。中を開くと、分厚いアルバムが何冊も入っていた。


 「これは、小学生……いや幼稚園の頃まであるのか。しかも小学校と中学校の卒業アルバムまで」


 アルバムを見つけたことによって、この生死をかけたデスゲームからの解放に一歩近づいた。しかし自由の身になるためにはまだ大きな問題が残っている。


 「なぁアオ」


 『なぁにカズく……じゃないじゃない、私はミス・ブルーだよ!』


 可愛いなこの主催者。


 「もしかして、お前が言ってる写真ってこの中のどれか一枚?」


 『そうだ! そのアルバムに何枚も残っているわた……じゃなくて、水無瀬蒼乃と武田和希のツーショット写真の中から、一番私の思い出に残ってるのを選んで!』


 もう自分のって言ってんじゃねぇかミス・ブルー。

 アルバムをざっと見ると、お互いの家族も映った集合写真もあるが、俺と蒼乃のツーショット写真も軽く百枚以上は残っている。


 「これは……中学の修学旅行で関西に行った時の写真か。このU○Jの写真は違う?」


 『あれも楽しかったけど違う』


 「お前はしゃぎ過ぎて一人で迷子になって、滅茶苦茶泣いてただろ」


 『ん゛んっ! 恥ずかしい思い出はノーカン! あ、でもカズくんが探しに来てくれたのはかっこよかったかも』


 蒼乃はテンションが上がり過ぎると周りが見えなくなってしまうことが多い。それに方向音痴も加わって遊園地や動物園に行く度に蒼乃は迷子になっていた。毎度探すのも面倒だということで、俺は蒼乃と手を繋がされていた。散歩中に急に走り出す犬を大人しくさせるのに苦労する飼い主のような気分だったな。

 朱音ちゃんもアルバムをパラパラとめくりながら、俺と同じく蒼乃の一番の写真を探してくれていた。


 「これはどうです? 小学生の時に海に行った時の写真です」


 「あー、俺がクラゲに刺されまくった時のやつね」


 『それは朱音が映ってるからダメ』


 「チッ」


 「なんで舌打ちしたんだ朱音ちゃん?」


 その後も──。


 「これは中学の時に行ったスキーの写真か。俺もアオも怖くてリフトに乗ったまま戻っちゃったやつな」


 『いや、あれは怖かったとかじゃなくてカズくんが手を離してくれなかったからじゃん!』


 「お前が壊れた洗濯機みたいにガッタガタに震えてたから仕方ないだろ!?」


 お互いの恥ずかしい過去を巡って言い争いを繰り返したり──。


 「これは和希お兄さんがお姉ちゃんと花火大会に行った時の写真ですね。中学一年の頃でしょうか」


 「あー、あれは良い花火だったな。わざわざ裏山の頂上までアオを連れてったんだ」


 『ロマンチックだったね。服が汚れてお母さん達に怒られちゃったけど』


 「会場に取り残された私は一人寂しく花火を見ながら、二人を呪っていました」


 「「そうだったの!?」」


 思い出話に花を咲かせたりしながら、俺達は当初の目的を半ば忘れかけて普通に談笑していた。


 『あっ、ヤバっ!? もうお母さん達が帰って……じゃないじゃない。制限時間が迫っているぞ。早くしないと、その……蒼乃が大変なことになるぞ』


 時計を見るともう七時半だ。俺の親も家に帰ってくるはずだ、まぁ一時は気づかれないかもしれないが、蒼乃はこの状況をご両親に見られたらどう説明するつもりだろうか。いや、あのご両親はノリが良いし乗っかってくる可能性があるか。だとすれば急がないと俺は解放されないかもしれない。


 「和希お兄さんの中で一番っていう写真はないんですか!?」


 「とは言ってもな。一番、か……」


 蒼乃との一番の思い出……? 

 珍しく雪が降った日に一日中雪合戦した時のことか? 夏休みの夜に小学校にこっそり忍び込んで肝試しをした時のことか? キャンプに行った時に一緒に綺麗な星空を眺めた時のことか? 

 上げていったらキリがないぞ。アルバムのページをめくる度にこんなこともあったなと色んなことを思い出して懐かしく感じてくる。


 そうか……俺の思い出に占める蒼乃の割合はこんなに大きかったのかと気付かされた。どれもこれも楽しい思い出だったと答えれば優柔不断だと言われるかもしれないが……俺の一番は写真なんかじゃない。

 俺は部屋のドアの前に向かい、そして思いっきり扉を押した。ドアの外には重しが置かれていたが、俺は全体重をかけて重しを押し込んで扉を開いた。


 「ちょちょ、ちょっとぉ!?」


 外には蒼乃らしき少女がアタフタと慌てながら自分の顔を腕で隠していた。カールがかった長い赤髪の華奢な女の子……やはり蒼乃だったが、ブレザーの制服の上に黒いビニール袋をマントのように羽織っていた。俺達から見えてないのに一応デスゲームの主催者っぽい格好をしていたらしい。


 「なぁ、アオ」


 「なぁにカズく……じゃないじゃない、私はミス・ブルーだ」

 

 「いや、どう見てもアオだろ」


 「えっと、その……ちちち違うぞ!? 私は水無瀬蒼乃の体を乗っ取って……」


 割と簡単に部屋から脱出されて姿も見られたというのに、蒼乃はまだ必死にミス・ブルーを騙ろうとしていたが、俺は蒼乃の両手を掴んだ。

 

 「ひょえっ」


 蒼乃は口をパクパクさせていた。こうして面と向かって話をするのも久しぶりだ、昔はあんなに同じ時間を過ごしてくだらない話ばかりしていたのに。

 俺は、蒼乃に伝えないといけないことがある。


 「なぁ、アオ。小学校に入学した時、クラス分けでお前がワンワンと泣きじゃくった時のことを覚えてるか?」


 蒼乃は黙ってコクコクと頷いた。


 「親御さんの冗談で、アオはクラスが違うだけで離れ離れになってしまうと勘違いしてたからな。俺も子どもだったからホントの話かと信じ込んで……『大丈夫だ、俺達はずっと一緒だろ?』だなんて、クッサイこと言ったんだ」


 蒼乃は皆の前で泣いたもんだから、小学生の頃はクラス替えの度にそのネタで笑われていた。結局俺と蒼乃は中学高校はずっと同じクラスという腐れ縁ぶりを発揮したが、俺達はずっと一緒にいるものだと信じて疑わなかったのだ。例え恋愛関係になかったとしても。


 「昔の俺は、今の生活が当たり前だと思ってたんだ。小学校中学校と一緒の学校だったし、高校も同じ所に進学した。でも……高校を卒業したら離れ離れになるかもしれない。今の俺は、昔と違ってそれを当然のことのように受け入れてたんだ、別れは付き物だって。

  俺は意気地なしだったんだ、今の関係が壊れるのが怖くて、アオが国崎のことを好きだっていう噂を聞いて……俺は勝負を諦めて、もう負けた気分になってたんだ。

  でも今更気づいた。俺、アオがいない人生なんて信じられない」


 俺が完璧超人の国崎に勝てることはただ一つ。それは、今まで蒼乃と一緒に過ごしてきた思い出の数々だ。


 「蒼乃、好きだ。俺はこれからもずっと、蒼乃と一緒にいたい」


 意を決して告白した俺の視界に映ったのは──蒼乃の力強い拳だった。


 「うごぉっ!?」


 殴られた!? なんで殴られたんだ俺!?と俺は殴られた勢いで廊下に倒れながら混乱していた。こんなに拒絶の意思を行動で示されることがあるのかと思っていると、蒼乃は大粒の涙を流しながら俺の体の上に馬乗りになって、そして叫んだ。


 「私が何年待ったと思ってるんだコノヤロー!」


 蒼乃は泣きじゃくりながら俺の体をポカポカと拳で叩いていた。


 「友達がどんどん彼氏を作っていって、デートに行ったとかキスしたとかどんだけ惚気話を聞かされて、その度羨ましがってたと思ってるんだコノヤロー!」


 昔の蒼乃は泣き虫だったが、こんなに大泣きしてる蒼乃を見るのは大分久しぶりのことだ。


 「ほんのちょっとだけカップルアカウントとかに憧れてた頃もあったんだよコノヤロー……」


 滅茶苦茶初耳だしそれは恥ずかしいから御免被りたい。蒼乃は尚も涙を流しながら話し続ける。


 「カズくんが遠くの大学に行っちゃうって聞いて、私も一緒のとこ行きたいって思ったけど私あんぽんたんだから離れ離れになっちゃうって思って、でもカズくんが私のこと本当に好きなのかわかんなくて怖くて、わかんなくなっちゃって……」


 「え、それでデスゲームを開いたのか?」


 蒼乃はコクリと頷いた。多分蒼乃達が想定していたものとは違ったかもしれないが、結果的には蒼乃の思惑通りだったってことか。

 ようやく泣き止んで落ち着いてきた蒼乃は俺の体の上からどいてくれて、廊下に座って話を続ける。


 「なんでまたデスゲームなんかやったんだ?」

 

 「最近そういう漫画にハマってて……朱音に色々考えてもらって……」


 だとしても発想がぶっ飛んでるが、そんなに辛い思いをさせてしまっていたとは、蒼乃には悪いことをしてしまった。


 「いや、でもアオって国崎のこと好きじゃねぇの?」


 「あ、それは……ごめん、友達に協力してもらって嘘の噂を流したの。カズくんが何か行動してくれるかなーって思って……逆効果だったかな」


 何故か俺は心の底から安心していた。良かった、蒼乃を巡って国崎と戦うようなことにならなくて。もしも蒼乃が友人達も巻き込んでデスゲームを開催していたら俺は信じ込んでしまったかもしれないが、それだけ大人数を入れる部屋を用意するのも難しかったのだろう。可愛い悪戯で済んで良かった。


 「でも私達、遠距離恋愛になっちゃうでしょ? 私、カズくんと会えないの我慢できるかわからないよ」


 「いや、アオも俺と一緒の大学入ればいいじゃんか」


 「えぇっ!? でも私合格できるかわからないよ? 塾に通っても全然ダメだし……」


 「大丈夫だって、まだ夏休み終わったばっかぐらいだし。俺がつきっきりで勉強みてやるから。何なら各教科のスペシャリストも呼んで勉強会も開く」


 「ほ、ホントに……!?」

 

 今の高校に入る時も蒼乃は結構ギリギリだったが、その時も俺が受験勉強に付き合って蒼乃の学力を底上げさせた。蒼乃も別に全部の教科が苦手というわけではなく苦手な部分がとことん苦手っていうだけだ、十分に伸びしろはあるし蒼乃は努力家だ。不安で涙目になってる姿も可愛いものだが、それを楽しむのは今だけにしておこう。

 

 「えへへ、これからも一緒だよカズくん」


 今度は満面の笑顔で蒼乃が抱きついてきた。まさかデスゲームに巻き込まれてこんな展開になるとは思わなんだ。


 「そうだな、アオ……」


 すると、ドアが開いていた蒼乃の部屋から物音がした。


 「チッ」


 部屋の中から事の一部始終を見させられていた朱音ちゃんが、物凄く不機嫌そうな顔で舌打ちをしていた。


 「何かめっちゃ怒ってる人いるんだけど!?」


 あからさまに怒っている朱音ちゃんを見て、俺と蒼乃は慌ててお互いの体を離して蒼乃の部屋へ入った。


 「何ですか、いつも人目を気にせずカップルみたいにイチャイチャしてやがったのに、今更好きだとかずっと一緒だとか何だとか、クソが……」


 「いつも俺にも敬語使ってくれてる朱音ちゃんが滅茶苦茶口悪くなってる!?」


 「ちょ、ちょっと朱音どうしたの!?」


 「まーまーまーいーですよ。えぇ、私は大好きな姉のことを思ってこの茶番に協力しましたけど、あわよくば和希お兄さんが死んだら良いなと思ってましたがお姉ちゃんが喜んでるのでまーいーですよ」


 蒼乃の妹である朱音ちゃんも勿論昔からの付き合いだが、昔から俺に対して無愛想だったのは、ただ単に人付き合いが苦手なだけかと思っていた。どうやら俺は相当彼女に嫌われていたらしい。


 「あ、朱音ちゃん……? 俺も頑張るからさ、絶対にアオを幸せにするから」


 「えぇえぇ、勿論家族思いな私もお姉ちゃんの幸せを願っていますよ。ですが別にお姉ちゃんの隣に和希お兄さんは必要ないですよねぇ?」

 

 「ダメだアオ、俺は朱音ちゃんが主催するデスゲームで真っ先に殺されるかもしれん」


 「そ、その時は私が何とかするから!」


 まぁ確かに昔から友人達に蒼乃と付き合っているのかと言われ続けていたし、今更カップルになりましたというのも周りからすればおかしな話かもしれない。散々姉から俺の話を聞かされていた朱音ちゃんはストレスで参ってしまったのだろう。デスゲームという茶番が終わり、朱音ちゃんは溜息を吐いてヤレヤレという様子で向かい側にある自分の部屋へと戻っていった。


 「そういやさ、結局お前が言ってた一番の写真って正解どれなの?」


 「あ、それはね……」


 蒼乃の部屋に並べられていたアルバムの一つを取ると、蒼乃はパラパラとページをめくって一枚の写真を取り出した。それは小学校の入学式の日に撮った写真だ。晴れ舞台だというのに、俺も蒼乃も泣きべそかいた後のように目元を真っ赤にしていた。


 「これって……」


 「そう、カズくんがさっき言ってたことだよ。『大丈夫だ、俺達はずっと一緒だろ?』って言ってくれた日のこと、それが……私の一番の思い出だったの」


 「だったって、今は違うのか?」

 

 すると、蒼乃は写真を手放してまた俺に勢いよく抱きついてきた。


 「今日この日が、私の人生の中で一番の思い出だから!」


 えへへ、と俺に笑顔を向ける蒼乃を見て、俺も力強く蒼乃を抱きしめていた。くそっ、なんて可愛い奴なんだ。


 「あ、あのさカズくん……もしも一緒の大学行けたら、その、どどど同棲とか」


 「待て待て待て、流石にその話はまだ早いって!」


 「で、でもそれを目標に出来たら頑張るから!」


 それを目標にしてやる気を出してくれるのは構わないが、今まで家が隣同士だったのと一緒に住むのとでは何もかも違う。ただ、俺もそんな未来に憧れないこともない。


 「でも、もしもカズくんが他の女の子に目移りなんかしちゃったら……またデスゲーム開いちゃうんだから!」


 「え、マジで?」


 「今度は一杯友達も呼んじゃうから!」


 「……え、マジで?」


 勿論俺は蒼乃一筋のつもりだが、もし俺が倦怠期を迎えて蒼乃に冷たくしてしまったら、蒼乃はまたミス・ブルーとしてデスゲームを開きそうだ。いや、もしかしたら次は朱音ちゃんが主催するデスゲームで殺されるかもしれない。

 ただ、受験勉強で心が疲れている時期の娯楽として、案外いいものかもしれないと俺は思っていた。


 ---

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 -


 蒼乃が初めてデスゲームを主催した日から、蒼乃は必死に受験勉強に励んだ。俺自身も蒼乃に勉強を教えたり頭の良い友達を呼んで勉強会も開いて全力でサポートした。俺も第一志望の大学の合格ラインギリギリというところだったが、次第に俺まで学力が向上していた。


 『フフフ……私はミス・ブルーだ』


 そんな忙しい受験勉強の合間を縫って、蒼乃は余程気に入っていたのか度々ミス・ブルーとしてデスゲームを開催した。蒼乃が友達を誘うと次第に参加人数も増えて、学校の体育館まで借りてデスゲームを楽しんだ。デスゲームとはいえ流石に本当に死人を出すわけにはいかないため最初は脱出ゲームのようなものだったが、元演劇部の友達が血のりまで用意してくれたため本格的なデスゲームみたいになっていった。


 『私はミス・レッド。今日は武田和希を殺します』


 「名指し!?」


 たまに闇落ちした朱音ちゃんがミス・レッドとしてデスゲームを主催して俺も何度か殺されそうになったり。


 『俺はミスターカズだ』


 なんやかんやあって俺もデスゲームを主催したというのは……これ以上は長くなるので割愛する。


 高校を卒業して第一志望の大学に無事進学した俺は、実家を離れて家を借りることになった。大学までは少し遠い駅だが繁華街へのアクセスが良く、我ながら良い物件を借りれたと思う。


 「あぁ~疲れだぁ」


 引っ越しの荷物運びをようやく終えて、蒼乃はダンボールにもたれかかってうなだれていた。

 無事、同じ大学に進学出来た蒼乃と俺は同棲を始めることになった。しかも蒼乃は俺を超えて首席としての入学だ。どうしてこうなった。

 同棲についてお互いの親に直談判したが、まるで元々それが既定路線だったかのようにトントン拍子で話は進んだ。高三の夏まで付き合ってなかったのに、お互いの両親が卒業後は同棲するもんだと思っていたらしい。

 

 「これが俺の荷物で、こっちがアオの……って、重っ!? 何が入ってんだこれ!?」


 二人分の荷物を分けていると、一段と重いダンボールで腰を痛めそうになった。


 「あぁそれはね……」


 蒼乃がガムテープを剥がしてダンボールを開けると、数冊の大きなアルバムが中に入っていた。


 「え、これこっちまで持ってきたのか!?」


 「うん。だって大事な思い出だもん。お酒飲めるようになったらさ、これをつまみにして飲んでみない?」


 「まぁ、それも良いかもな」


 あの日──蒼乃がミス・ブルーとして初めてデスゲームを開催した日──ではなく、俺と蒼乃が正式にお付き合いを始めることになった日の写真も残っている。


 「大学のサークルならさ、もっと凄い本格的なデスゲーム出来そうじゃない?」


 「お前大学生になってもデスゲームやる気なのか?」


 「おばあちゃんになってもやるつもりだから」


 「それは本当にあの世にいってしまいそうだろうが。でも良いかもな、デスゲームサークル。意味分かんねぇけど」


 すっかり蒼乃はデスゲームにドハマリしている。なんだかんだ俺も次はどんなテーマのデスゲームを開いてくれるのか楽しみにしている部分もある。「次はスポンサーとかほしいよね~」と蒼乃は言っていたし、どんどん大掛かりなものになっていきそうだ。


 「でもね、カズくんは今もデスゲームに参加したままなんだよ」


 「え、もうやってるの?」


 「ううん、違う──」


 すると蒼乃は俺に抱きついてきて、そのまま力強く唇でキスをした。


 「あの日からずっと、私はカズくんを巻き込んだんだよ。人生のデスゲームに」


 洒落たことを言ってるつもりか。


 「……そのデスゲームから助かる方法は?」


 ミス・ブルー……いや蒼乃は満面の笑みで言った。

 

 「私と──ずっと一緒にいること!」



 


 完。

 


 

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