寄り道編 第3話 ロトのある一日
鈴木さんの家のペット、ロト君の朝は早い。
「むふふ……大好きだぞ悠馬ぁ……」
「フフフ、しっかりと寝ておるわ。抜き足差し足忍び足と……」
深夜一時、彼は悠馬の部屋を出る。同居人で最近完全にこの家に住み始めた円華が寝ている事をしっかりと確認すると、一階にそろそろと足音を立てないようにして降りていく。
羽を使って浮くのは疲れるのだ。
「クハハッ、遂に遂に待ちに待ったこの時が来た! さぁ! 我を愉しませてみせよ! 人間!」
ひそひそと小さな声で高笑いするという器用な事をやってのけながら、彼はテレビを付けて目にも止まらぬ速さで音量をギリギリ辛うじて聞こえるレベルにまで下げた。
「この我を待たせた上このような危険を冒させたのだ、この最終回がクソ展開であればただでは済まさぬぞ! 制作会社!」
約30分後。
「待て……待つのだ。お前一人が世界全ての憎しみを背負って死ぬことなど!? 許さぬ! 我は許さぬぞ! 目を開けるのだ!」
テレビを見て彼はポップコーンとコーラ2Lを傍に置き、鼻を盛大にかみながら号泣していた。
「グズッ……良きアニメ、良き出会いであった。我は貴様を永遠に忘れんぞ……例え世界が貴様を悪く言おうとも、ヒロインやお前を最後の最後にお前の真意を理解してくれた仲間、そして我だけは貴様を! グスッ」
そして彼がテレビの電源を消し、ポップコーンとコーラをとっとと片付けようとしたその時だった。
「ロトォ? お前は一体何をしている……?」
突如として背後から殺気を感じ、彼は固まった。
「……なんでもありません、ハイ。我はただ水を飲みに来ただけである」
昔は神としてこの人間界に盟友や配下と共に攻め入り、恐怖のどん底に陥れたロト君だが、家庭内ヒエラルキーの頂点に君臨する絶対的強者には逆らえないのである。
逆らったら1週間はおやつ抜き&ゲーム禁止確定だ。
そんな地獄は二度とご免だと彼はかつて禁術を片っ端から詰め込んだ、優秀な脳みそでこの場を切り抜けるための言い訳を考えていたその時。
「じゃあその手に持ったコーラはなんだ」
――終わった。
「ほう、どうやら言い訳はもうしないようだな。コーラ云々以前に、お前の鼻をかむ音が私の部屋まで響いていたぞ! 悠馬が起きてしまったらどうするつもりだ? そのせいで悠馬が明日学校に遅れてしまったらどうする? もし寝不足で熱を出したら……!」
――このブラコンが……いや違うか、コイツの場合は自分の恋心を兄弟愛と混同してるから、ブラコンとも言い切れないし余計に重いのだ……。
彼は脳内で一通り不満をぶちまけた後。観念すると、冷や汗をたらしながら頭に手を当てて言った。
「てへっ」
彼が最後に見たのは、迫りくる拳であった。
深夜1時36分。ロト君、就寝。
朝6時50分。ロト君、起床。
「ぐべらッ!?」
「おいロト! オマエこんな所で寝んなよ、踏んづけるぞ!」
「我だって好きでこんな所で……すいませんでした。それは兎も角、踏んづけてから言うセリフでは……ごめんなさい」
彼はカーペットの上で寝ていたので起きてきた悠馬に踏んづけられ起きた後、踏まれたお腹をさすりながら、円華から時折送られてくる鋭い眼光に震えていた。
「さて朝ご飯は……おお! フレンチトースト! ごめんね姉さん、いっつも朝ご飯任せちゃって。生徒会で忙しいはずなのに……」
「いや、良いんだ。家族とはいえ私は居候の身だ、これくらいはさせてくれ。それに悠馬が私の作った料理を美味しそうに食べてくれるからな。私としては一生作ったって苦じゃないし、むしろご褒美だ。だからこれからも、その……悠馬の朝食を私に作らせてくれ」
「全く、姉さんは人が良いんだからさ。けどそう言ってもらえると嬉しいよ」
悠馬と円華がそんなやり取りをしている中、彼は目ざとく自分の分がないことに気が付いた。
「う、うぬ? 我の分はどうした円華!」
そう言うと、円華は思い出したように言った。
「そうだったな、すまない。今持って来る」
「早くするのだぞ! 我は腹が空いた! お腹ペコペコである!」
「はい、ちゃんとよく嚙んで食べるんだぞ」
そう言って円華が彼の前に置いたのは、ペット用のプラスチック皿に乗ったドックフード一粒だった。
「……はい?」
その様子を見て、流石の悠馬も不憫に思ったらしい。
「ね、姉さん。流石に……」
「いや悠馬、コイツは昨日ポップコーン二袋開けてる上に2Lコーラを直飲みしている。だからこれで良いんだ。まぁ悠馬がどうしてもと言うならば変えるが……さてロト、私は前に何と言った? お菓子の備蓄棚は勝手に開けるなと言ったし、500ml以上のペットボトルに入った飲料は全てコップに出して飲めと言ったハズだが?」
「あー、なら仕方がない。今日の朝はそれで我慢しろ、ロト」
悠馬は円華に諭されると、コロッと態度を変えた。何度も言うが、この家で一番の権力者は円華である。
「こ、こんなの横暴である! 虐待反対! この神にも人権を認めよ!」
神なのに人権とはこれは如何に。
「ほう、ではその神とやら。昨日食べたポップコーンとコーラの代金は払えるんだな? なんならそれ以前の食費もだ。そもそもお前をここに置いとく義理なんて無いのだから、よその子にでもなってきたらどうだ? その場合お前は良くて解体ショー、悪くてホルマリン漬けで永久保存だが。まあ安心しろ、その場合悠馬にも危険が迫りかねないからな。私がキッチリそうなる前にお前を三枚おろしにしてあげよう」
それを聞きロト君はがくりとうなだれると、ポリポリとドックフードを齧った。
午前10時。悠馬が学校で授業を受けている間、彼はペンダントの中でぐっすりと寝ていた。
「えー、ここはここであるからしてー」
――グーグーグー
「あー、よってこうなる。それによりー」
――ガーガーガー
「……悠馬、悠馬! ちょっと大丈夫?」
「え、ああ。大丈夫大丈夫」
――ズピーズズピーズズズズピー……
――おーい、いい加減にしろーロトー? お前のいびきが俺の頭に響いて集中できない。
――グァグァピーズガガガピーピーピーピー……。
「良し、わかった。お前がそういうつもりなら、俺も覚悟を決めよう」
「ちょっと悠馬!? なにそれ!?」
「レシニフェラトキシン」
「な、なにそれ。何となくだけど、やめたほうが良いんじゃ……」
「大丈夫大丈夫。はいコレエリクサー、俺がぶっ倒れたら口に突っ込んでくれ。じゃ、逝ってくるわ」
冬香にエリクサーを渡した悠馬は、瓶に入った粉末を本当に少し手に出し舐めた。
その瞬間彼の口の中に激痛が走る。霊体化したままペンダントの中から飛び出した後、半分意識がなくなりながらも勢い良く床や天井にぶつかり、そのまま気絶した。
そして悠馬はあたふたした冬香にエリクサーを飲まされ、一瞬意識を取り戻した。
「へへッ……ざまあみやがれ……あ、コレ無理だわ」
悠馬もそれを見届けた後、また気絶した。
午前10時。悠馬とロト君、再び就寝。
その後。保健室に運ばれ帰宅した後の夕食にて、エリクサーを飲んだ悠馬の味覚と唇は無事だったが、ロト君は口に物が触れた瞬間に飛び上がる羽目になった。
頑張れロト君! 負けるなロト君! 家庭内ヒエラルキー最底から脱するその日まで!