裁可
「…では、カーサ妃殿下をお部屋にご案内いたします」
そう言って、近衛兵は戻っていった。深い深い溜め息をつきながら。彼の態度は如何なものか。そう問い詰める人間はいない。父上と私も深くため息をつきたいくらいだからだ。若干1名、この状況を飲み込めていない人物がいるのではあるのだが…。
「のうのうのう!じゃから、カーサ妃殿下とは誰じゃ!?」
「本当に覚えていないの?」
「うむ。先程この部屋に入った時に見知らぬ人物が2人いたなぁ位なのじゃ!」
「そんな…自信満々に言わなくても…」
「まっ…まぁ…エレン殿は興味があること以外…のぅ」
「そうじゃ!そうなのじゃ!興味分野以外は、忘れっぽいのじゃ!」
「そんな胸を張って威張ることでもないだろうに…」
そう言いながら、未だ震えている2人に目を向ける。まぁ…大方この2人に災厄が降りかかる…あっエレンにも…かな。
『入室の許可が降りましたので…』
『待ちくたびれたのですわ!疾く疾く!』
「「ひぃぃぃ!」」
廊下側の扉が閉まる音がした。今度はこちら側の扉を開く…。準備は…まぁなるようになるか。
「カーサ妃殿下。ごぶさ…」
「あぁ!アル様。ご無沙汰なのですわ!エレン!あんまりではありませんか!私のことを覚えていないなんて!陛下。ご無礼承知の上再入室いたしましたわ!さて…いーまーしーたーわー!」
「「ひぃぃぃ!お母様!」」
「まっっっったく!どれだけ私達夫婦が心配したと!」
「「ごめんなさぁぁい!」」
「エルリエッタ!」
「はいっ!」
「なぜなぜ!貴女はいつもいつも誰にも言わずに自分で物事を解決しようとするのですか!書き置きがあったから良いものの、部屋に転がっていた薬瓶。あれは効果の強いものでしたわ!あれを呷り、旅に出るなど度し難いのですわ!匂いを嗅いだだけでなぜ危険性がわからないのですか!正直言って、治癒者としての能力を疑わなければなりませんわ!良い人に拾われたから良いものの、奴隷商に拾われたら如何したのですか!母は、心配で心配で…」
「申し訳ありません…」
「ミューリエル!」
「はっ…はい!」
「一人で勝手にそこかしこに出かけることを今後は禁じます!覚えられていないということを良いことに、1人でそこかしこに…。王族という自覚を持ちなさい!それに、暗示をかけられるなどと言語道断ですわ!今後はみっちりと訓練なさい!こんなだいそれたことまでしでかして…。貴女の命はアル様が握っているのですわ。そのことを努々忘れぬことのないように!まったく…あなたの知的好奇心を甘く見ていたのですわ!あぁ…もう…」
そう言いながら、カーサ妃殿下は2人の前に行き、黙って抱きしめた。エルリエッタとミューリエルは驚いて目を見開いていたが、次第に目に涙を浮かべ、カーサ妃殿下の肩に顔を埋めて静かに泣いていた。
「はぁぁぁ…。大変お見苦しいところをお見せしてしまったのですわ」
カーサ妃殿下は、娘2人を背に私達に向き合った。若干赤くなった目。先程よりも優しさを湛えるその瞳には、安堵の思いが浮かんでいるようだった。しかし、そんな様子も一瞬。目の奥から決意と厳しさが現れ、平身低頭し言の葉を紡いだ。
「此度の大罪。許し難きことと存じるのですわ。誠に申し訳ございません…。願わくば、ミューリエルの罪を一等減じ、代わりに私めを処罰してくださいませ。カーサ・フォン・ディアボロ。一生のお願いでございますわ」
「ふむ…アルフレッド。此度の裁可、其方に託す」
「はっ。謹んで勅命承ります」
「アルさ…いえ。アルフレッド王太子殿下…」
「まず、カーサ妃殿下」
「はい」
「貴女の願いを聞き届けることはできません」
「それはっ!」
少しばかり意地悪だったかなと思いつつ、私は右手を挙げ、カーサ妃殿下の言葉を封じ、話を続ける。
「此度の災禍。誠に世界を揺るがす事象。然しながら、いくつもの偶然…或いは必然により、その殆どが未然に食い止められた。その功績は、エルリエッタ・フォン・ディアボロにある。ミューリエル・フォン・ディアボロには、確かに実行者としての罪がある。然しながら、暗示にかけられていたということ。そして、なにより誰一人として斃していないことから、罪を減じる事はできる。ただし、一般市民に多大なる被害を与えたこと。この事実は覆せない。そこで、エルリエッタと共に怪我をした市民への治療を命ず」
「だっ…しっしかし…ねぇ…姉上は治癒者だけ…ですが、私は…」
「ミューリエル。エルリエッタは言ったな。毒は薬にもなると。貴女のその知識を活かし、姉に支えてもらい、毒の知識を薬へと昇華し、傷を負った市民へ治療を施しなさい。カーサ・フォン・ディアボロ」
「はい。殿下」
「貴女の娘2人は成人しているとはいえ、少々お転婆がすぎる。薬についての知識も毒についての知識も師匠は貴女だ。親として師匠として、今再び二人の再教育を命ずる。それが…貴女の償いだ」
「仰せのままに。殿下」
「さて…と。では、陛下」
「うむ。街の方を頼む」
「畏まりました」
そう言って退室しようとした時…
「あぁ!思い出した!カーサ!そうじゃ!魔王国の…ってどうしたのじゃ?」
「…もしかして…今の今まで、黙っていたのって…」
「うっ…うむ…。カーサのことを思い出すことに専念しておったのじゃ…」
「あははっ!…まっまぁ…エレンらしいって言えばそれまでかな!あははは!」
「んんん?何じゃ?もちろん、アルの裁可も確りと聞いておったのじゃぞ!――――わっ笑うでない!確かに、すぐに思い出せなかったワシが悪いのじゃが…。しっしかしッ!そんな、涙を浮かべるくらい笑わんでも良いじゃろうにッ!もぉぉぉ!」
部屋に漂っていた空気は、エレンの言の葉によって、軽くなり、和やかな雰囲気となった。ちょっと忘れっぽくて、天然なのが玉に瑕だけど、こういう時はとても頼りになる。
「あはは!あぁ笑った。とりあえず、カレンたちと合流して街に向かおう」
「「「はい!」」」
「それでは父上」
「うむ。任せた」
「畏まりました。では、行ってまいります」
「のう!のう!カレンには言わんでくれよ!?」
「えぇー。どうしよっかなぁ」
「ごっ…御生じゃから!」
「エレン…私のことを忘れるのは、流石に酷いのですわ!後でみっちり付き合うのですわ!」
「わぁぁぁ!すっすまぬ!カーサ!こっこら!そこの2人!笑うでない!」
こうして、1つの騒ぎの幕が降りようとしていた。新たな火種の燻りを感じながら―――――。




