背負いし者
「あはっ!あはははは!燃えろ燃えろ!苦しめ!あたしが受けた思いを償え!あはははは!」
「――――我が国の国民は無関係だと思うんだけどね」
「フン。貴方を後ろから支えていた時点で同罪よ。アルフレッド兄」
「まだ兄と呼んでくれるのか。君の中に私を慕ってくれている。そんな想いをもっているのに、なぜこのようなことを…」
「満ち足りている兄にはわからないことでしょうね」
私は目の前にいるミューリエルに話しかけているのだが、彼女は世界樹を見つめるだけで、一向に私の方を見ようとしない。好都合ではあるが、流石に話が聞き取り辛いな。
「ミューリエル。君はなぜ、なぜこのようなことを」
彼女の顔を見ないよう、私も蒼く燃える世界樹を見ながら、彼女の隣に立ち話しかけた。
「父上も義母上も姉様も。城のみんなも優しくしてくれたわ」
「では、なぜ」
「お祖父様の記録」
「ん?」
「お祖父様の記録が全てなくなっていた。それはもう全てよ」
「ミューリエルの祖父上…。確か…」
「あたしの祖父上はピアデル。かつて聖王国を恐怖に突き落とした外交官よ」
「…そうか」
「父上は、母様とお祖父様は全くの無関係と言って、第二王妃として迎え、あたしが生まれたわ。何も知らず、暖かく育ってきた」
「うん」
「あたしも何も知らないままが良かった。でも、あたしの成長を近くで見つめる母様の目は笑っていた。でもその瞳の奥はどこか寂しげだった。そんなこと幼い私には、わからなかった。あの日記を見つけるまでは…ね」
「日記…か。第二妃殿下。メランナ妃殿下の」
「そう。母様の日記。あたしと母様の部屋に入ったとき…というか、自室に戻ったときに机の上にあったものが風の悪戯で頁が捲られたの。紙の微かな音。幼い私が好奇心を唆られるなんて、難しい話ではなかったわ。あたしは、自分の感情を抑えることなく、その日記を覗いたわ。今思えば、見なければよかった。なんて思ってもいるけど、自分の出自を知るにはそれしかなかったのだから、その風に文句と感謝を言いたいわ。そこには、母様の感情が書き連ねられていた。生きているのが辛い。皆の優しさが辛い。父上の愛が辛い―――――辛い辛いの文字ばかり。なんで?当時のあたしはそうとしか感じなかった。だから、母様を毎日観察することにしたの」
「ああ」
「母様は、どんなところでも気丈に振る舞っていたし、義母上と一緒に公務を行うときは、一歩引いて目立たずしかし、堅実にお仕事をされていたわ。あたしは、どうしてあんな感情を秘めているのかわからなかった。でもね…ある時旧聖王国。今は教国の外交団が来たの。そんなのは、外交なのだから、日常茶飯事。事実、2ヶ月に一度は互いに行き来していたし、関係も良好。だから、その時だけ少し青い顔をしていた母様が不思議だった」
「周りは?魔王陛下は気づかれていたのかい?」
「いいえ。気づいたのはあたしだけ。毎日母様を観察していたからこそ察知した、微妙な差よ。謁見は何事もなく終わったの。その後は、外務卿と外交団の定例会議。あたしと母様は、部屋に戻ったのだけれど…止めとけばいいのにね、好奇心の赴くままにその会議が行われている部屋の前に行ってしまったの。そこで聞こえてきたのが、母様を非難する言葉だった…」
「…」
「聖王国は、普人族の国。森人族やあたしたち魔族とは生きる時間が違う。だからこそなのかな。ある魔族とその血筋…母様のことをとても非難していた。それこそ幼いあたしでもわかるほどの。外務卿は宥めていたみたいだけど、あたしは怖くなって、部屋に戻った。そうしたらね…母様が居なくなっていたの。日記が置かれていた机の上に、あたしへの謝罪と感謝。父上や義母上への懺悔と感謝の言葉を書き記した便箋があったの。あたしは急いでその便箋を持って、父上の下に向かったわ。でも午後の御前会議で会うことができなかった。義母上も参加されていたから、頼る大人もいなくて…。あたしは、姉様のもとに向かったの。姉様は優しいから一緒に城内を探してくれた。そうしたら、子ども二人の異変に気づいた近衛兵の一人が父上と義母上を呼んでくれたの。だから、便箋を見せたのよ。そうしたら、二人は涙して――――」
「うん」
「探すのを諦めなさい。そうあたしに言ったの。どうして?なんで?あたしの感情は滅茶苦茶になったわ。だから、何も言わずに走って自室に戻ったの。声を押し殺して泣いた…。泣き疲れたのでしょうね。目を覚ましたら、室内は真っ暗。とりあえず灯りをつけて、まず行動したの。母様の表情が青くなったその原因を探すために」
「…それで?」
「母様に心のなかで謝って、机を漁ったら、1枚の写真が出てきた」
「それが…」
「そう。お祖父様とお祖母様と幼い母様が写った写真だった。お祖父様もお祖母様も会ったことはない。でも、母様だけは幼くてもわかったから…必然的にわかったの。そこからは、調べたわ。国中の資料という資料を」
「でも…」
「見つからなかった。とても自然に。でも、微かな違和感を感じる形で資料は書き換えられていたの。その時、幼心に感じたのよね。あぁ。歴史から消された一族なんだって。じゃぁなぜあたしはここにいるのか。なぜ母様は生きているのか。そんな疑問が浮上した。だから…」
「敢えて教国に留学し、我が国に来たときも、図書室に行っていたのか。あのときは、勉強家だと思っていたけど…」
「そうよ。自国の歴史資料に載っていなければ、他国の資料を調べれば良いんですもの」
「それで見つけた。それも、我が国で」
「そう。そうよ。外交使節団との…あたしたちの国との友好関係を示すために撮られた写真をね」
「そうか…」
「それで、アル兄の伝記を読んだのよ。そうしたら…あたしは…あたしは…」
ミューリエルの声は段々と湿っていき、遂には嗚咽混じりになった。彼女の奥底に秘められた感情を解きほぐし、この事件を解決するにはもう少し時間がかかるかな…。それに…。ん。あと少しね…。ミューリエル悲しき過去を背負いし者。キミを救わないと。断ち切らないと。過去から続く歴史を。




