エルとエレン③
「はへ」
エルの話を聞き、なんとも素っ頓狂な表情をしたのはエレンだった。対するエルは、顔を茹で蛸のように真っ赤にして、俯いている始末。沈黙がエレンの執務室を覆う・・・。先に口を開いたのは、この部屋の主であった。
「じゅ・・・術が強くかかりすぎた・・・。自己暗示の魔法であろう?記憶まで蓋をするような事態にはならんと思うのじゃが・・・」
エレンの言うことはもっともだ。通常、自分に魔法をかけるときには、無意識に制限をかける。治癒魔法が第三者にかかりやすく、自己にはかかりにくいと言ったように。自分の魔力に抵抗があると言った方が良いかもしれない。一度外に出た魔力を自己に取り込もうとすると、過剰な負荷が身体に掛かる。そのための自己防衛機能だ。
「・・・お恥ずかしい話・・・。私・・・偶々。本当に偶然に・・・龍脈の上で自己暗示魔法をかけてしまったのです・・・」
「なんとまぁ・・・」
「歩きながら・・・それこそ、鼻歌を歌いながら魔法をかけたのです・・・。今考えれば、自惚れていたのでしょう。魔法の扱いに長けている一族だからと」
「その自負が、エル自身に返ってきた・・・と」
「・・・その通りです」
「たはぁ・・・それでは誰にも見抜けんわ!それで?記憶を無くした後、件の商人に拾われて、今にいたる・・・と」
「はい・・・。自己暗示をかける前に、身体変化をしていたので・・・服を着替えていたのはいいのですが・・・ワンワン泣きながら森から出てきて驚いた。と言われました」
「・・・森を彷徨っていたから服が破れ、戦争孤児と見られた」
「その通りのようです」
「記憶が発露したのは?」
「この部屋に入る少し前からですが、意識が戻ってきたのは、エレン様招いてくださった、この部屋のお陰となります」
「ふむ・・・不幸中の幸いと言ったところかの」
「この度は、ありがとうございます」
「なんの!楽しい話も聞かせてもらったからの!それでお相子じゃ!」
そうにやにやと笑みを浮かべながらエレンが答えると、エルはまた顔を真っ赤にして俯いた。少し打ち解けられたか。そう考え、エレンはエルをこの部屋に招いた本当の理由を話し始めた。
「エルよ。一つ聞きたいのじゃが」
「・・・はい」
「ミュール。と言う名を聞いたことはないかの?」
「ミュール・・・ミュール・・・」
エレンの口から出た名前をぶつぶつと呟くエル。少し、時間がかかるか。そう考え、エレンは冷めてしまったお茶を変えようと動く。
「あぁ!」
「うおぁ!あっつぅ・・・」
「すっすみません・・・」
「いやっ良い・・・氷魔法・・・ふう。それで?」
エルは心当たりがあったようで、大声を上げた。調度、エレンがお茶を器に注いでいるときであり、声に驚いたエレンが注ぎ口を動かし、自身の手にかけてしまった・・・。すかさず氷魔法で冷やしてはいるが。
「ミュールは、本当の名前ではありません」
「ほぅ」
「私の記憶が正しければ・・・」
その時、エレンの執務室の扉が強く叩かれた─────。




