エルとエレン①
─時は遡り─
エレンは、エルを伴って王宮の廊下を歩いていた。もちろん目的地は存在する。式典の最中にも関わらず、しかも宮廷魔術師長たるエレンが式に参加しないと言うことは些か問題があるのだが、兎にも角にもアルフレッドの命なのだから仕方がない。彼女は最低限の警備の中を静かに。しかし少し早足で歩いていた。
「エルよ。もう少し早く歩けるかのぅ?」
「んー?だいじょうぶ!もう少し早くても!」
「よしっ」
少し速度を上げようとしたその時、エルから待ったがかかった。
「でもでも・・・エレンお姉ちゃんがだっこしてくれればもう少し早く着くかもよ?」
エレンは、はたと止まり、エルの方を見た。無邪気に微笑む彼女は、抱っこをせがむ子どものように両手を高く上げていた。エレンも小柄では有るが、エルほどではない。仕方ないと渋々抱っこしてみると、羽のように軽かった。ちゃんと食べているのか?と疑問が湧いたが、健康そのものなので、その疑問に蓋をして目的地へと急いだ。
「はやいはやい!あははは!」
「全く・・・最初からこうしておけば良かったのじゃ」
エレンは、エルを抱きかかえて飛行していた。歩くより飛ぶ方が早いのは当然である。しかも、いつもより人が少なければ見咎める者もいない。今度から飛んで移動するか。と考え始めたところで、目的の場所に到着した。
「ほれ。降りるのじゃ」
「はぁい!」
エレンの腕からエルがひょいと降りる。2人の目の前にあるのは、複数人が横に並んで入ることの出来る大きくて暗い茶色の扉。エレンの研究室である。
「よし。中に入るのじゃ」
「はぁい!───ッ」
2人が部屋に入った。その瞬間、明確な変化がエルに生じた。その変化をエレンが見逃す筈もなく・・・。
部屋は意外にも広く、手前には人が四人向きあわせで話すことの出来る会議用の机。その奥には雑然と資料が置かれた机。エレンの執務机と長椅子二つ分空けた隣には何やらコポコポと音を立てている丸い枝付きの瓶と底から伸びる管が繋がれた試験管。それに、何かの保存液に満たされ、保存されている植物が入った試験管類が置かれた机。それに、この部屋で一番違和感のある整然と並べられた本棚があった。それらをエルは、「ほえぇ・・・」と感動した様子で眺めていたが、エレンに手招きされて、執務机に近付いていった。
「すまん少々整理が行き届いていなくてな」
「ううぅん。大丈夫」
「っと。客人をいつまでも立たせているわけにもいかぬ。座り心地は悪いがこの椅子に座ると良いのじゃ」
そう言って、目の前に浮きながらやってきたのは、座布団の乗った丸椅子であった。小柄なエルにはぴったりの椅子で、座ると少し沈み込んだ。エルが座るのを見て、エレンも執務椅子に腰掛けた。
「ふかふかだ・・・」
「ほむ。喜んでくれて何よりじゃ。エル。単刀直入で申し訳ないが、主は何者ぞ?」
「?えるはえるだよ?」
「はぁ・・・。もう良いじゃろう。この部屋に入った瞬間に感じたであろう?────自身の魔法が解ける感覚を」
「・・・」
「沈黙は肯定と見なすぞ?」
エレンの言葉に明らかに黙り込むエル。
「おかしいと思ったのじゃ。先天性魔力欠乏症の人間であれば、その身に宿る膨大な魔力は何なのであろうな。アルは言った。お主のことを調べて欲しいと。ワシは、様々な本を読み漁ったが、どこにもそのような症例は無かった。膨大な歴史を誇る森人族が誇る王宮の図書室にじゃ。その事をアルに伝えると、この部屋に連れて行くよう話があった。しかも命令としての。そして、其方を式典には参加させずに連れ出した。この部屋には、アルとワシの合作である解呪の結界が施されているからの。その対象は人間のみに限定されておる。即ち、何らかの魔法がかけられていた場合、この部屋に入った瞬間に解除されるのじゃ。そこで話が戻るが、この部屋に入った瞬間、エル。お主の身体の中に尋常ならざる魔力が有ることを確認した。そこで今一度問う。お主は何者ぞ?」
「・・・」
エレンの長い話を、目線を逸らさずに聞いていたエルであったが、何者かと言う問いに関しては目を伏せ、答えを紡がなかった。やがてエレンは立ち上がり、言葉を紡ぐ。
「やれやれ。ここまでとは。アルには色々と報酬を上乗せさせねばな」
未だに伏し目がちなエルを目の前にして、エレンはそう話す。そして、彼女はまるで一人舞台のように大仰に話し出した。
「これだけ問うても話し出さないとなると、エルの頑固さは一級品じゃ。アルにも劣らぬであろう!あぁ・・・願わくばその口から自身を語ってもらいたかった。しかし、しかし!もう式典が始まっておる!ワシもアルの晴れ姿を見たいのじゃ。よって、解を述べさせてもらう。のぅ・・・エルよ。いや・・・エルリエッタ殿」
「───ッ!!!」




