世界樹の異変
歓声に沸く式典会場。ところが突然空が暗くなる。太陽が雲に隠れたのであろう。そう参列者たちは考え、変わらずアルフレッドや国に対して賛辞の言葉を送っていた。しかし、一向に明るくならず、足元に広がる黒い陰も段々と大きくなっているように感じた。そのうち、何名かの貴族が目線を空に向ける。その瞳に映ったものは雲間に隠れた太陽などではなかった。
「あっあぁ…そんな…」
1人の若い貴族が声を上げる。服装からして男爵位の若い男性貴族だ。その隣にいた彼の友人であろう隣にいた男性が怪訝な顔をして訪ねた。一体どうしたのか。と。すると若い男爵は、震える指で空をさした。
「世界樹の葉が落ちてくるぞ!!」
その一言によって、会場は歓声の沸く場から悲鳴の沸く場へと一瞬にして変貌した。あるものは、自分だけが助かろうと他の者を押しのけて陰の外を目指し、またある者は、恐怖のあまり蹲り。陰に向かってひざを折り、皆が助かるようにと祈りを捧げる者まで現れた。混乱の頂点を極める会場。人々が思い思いに行動している間に、地面に広がる陰は大きくなっていく一方だ。
会場全体を陰が覆いつくし、葉の裏側の葉脈が見え始めたその時、落下していたはずの葉がその場に留まった。
「皆の者。冷静になってほしい。落下してきた葉は、頭上で止めている。安心して近衛兵の指示のもと退避を始めてくれ」
アルフレッドや国王は、通信魔道具に映し出されていたため、王都の広場やその他の場所でこの式典の様子を見ている民たちのために手を振っていた。最初は彼らも太陽が雲間に隠れた位の予想をしていたが、陰が広がってきていることに異変を感じ、魔道具の中継を一度切る形で、対応に乗り出したのであった。
「アルフレッド様!」
「ああ。カレン」
「御無事で何よりでございます。しかし、式典中にこのようが無いように剪定作業を行っていたはずなのですが・・・」
「うん。でもね・・・」
アルフレッドが言いよどんだその時、避難を開始し始めた集団からまた悲鳴が上がった。どうやら枝が落ちてきているらしい。
「はぁ・・・。浮遊魔法は燃費が悪いのにねッ!」
そう愚痴をこぼしながらも枝を空中に固定するアルフレッド。
「父上」
「うむ。皆の者の避難を急がせよう」
「お願い致します。私は何とか落下を防ぎますので」
「頼むぞ」
「はい」
国王と話をしている間にも葉や枝が落ちてくる。落下させないよう魔法で浮かせながら、被害が及ばないように心がける。この場には、国境守備を任されている者を除き、国の貴族の殆どがいるのだ。人的被害は間接的ではあるが王国の滅びをを意味する。
「ったく・・・次から次へと」
「アルフレッド様。浮いている葉や枝を切り裂いてまいりましょうか」
「いや。それはやめた方がいい。あの葉や枝は通常とは異なる色に染まっているからね」
そうアルフレッドが指さす方向には、濃い紫に変色した葉や枝がカレンの目に映った。今の今まで、太陽は雲間に隠れていたため、色を視認することが難しかった。しかし、雲間から射した光によって色彩が確認できるようになると、今まで陰だと思っていたその色が濃い紫色であったことを会場にいた誰しもが認識した。
『アル!聞こえるか?』
『スコットさん!』
会場からの避難が遅々として進まない中、アルフレッドにスコットから念話が届いた。
『待ってたよ!』
『悪い。少しばかり油断していた。奴さんたち、結界を張る前から薬を用意していたらしく、相当な量を吸収しちまったみたいだ』
『そうか・・・』
カレンの前には、今まで見たこともない憤怒の表情を浮かべたアルフレッドがいた。いつもと違う主の様子に背筋に冷たいものが走る。このような恐怖を感じるのはいつ振りか。直立でアルフレッドの言葉を待っていると、プルーナと合流するようにと指示が出た。意見を言おうかと逡巡したが、短い指示の後、世界樹をにらむ主の姿に一礼し、その場を後にした。
『アル。こっちに来ることはできるか』
『洞の中に?』
『そうだ』
『うん。わかった。ちょうどカレンにも指示を出したから。そっちに向かうね』
いまだ落ちてくる葉や枝を浮かせ、被害を押しとどめながら目的地に向かうアルフレッド。途中ですれ違ったプルーノに一言指示を出し、悠然としかし周りに悟られぬよう急ぎ足で現場へと向かうのであった。
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「首尾はどう?」
「どうやら上手くいったようです。葉が何枚か落ちるのを確認しました。しかし・・・」
「なに?」
「世界樹様にご負担が少ないとはいえ、あのように葉が急激に更新されることなどッ・・・」
「はぁ。黙って様子を語ってくれるだけでいいのに。言葉が多いのだから。それにしても、効果は覿面。これでこの国も・・・ふふ・・・ふふふ・・・あはははは!森人族の国など跡形もなく滅んでしまえ!あははははは!」
世界樹の葉が落ちていく範囲から少し離れた場所に、黒い法服に身を包んだ人物が移り行く情景に狂ったように笑い声をあげた。その横には、血だまりに倒れるもう1人の法服に身を包んだ人物がすでに事切れた状態で横たわっていた。
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「スコットさん!カメリアも」
「おおアル!」「アルフレッド様!」
「状況は?」
「あまり芳しくはないな。薬をこれ以上吸わないよう止めてはいるが・・・」
「世界樹様も苦しそうなのです。この薬は一体・・・」
「多分だけど・・・」
「何かわかるのか?」
「一体この薬は・・・」
「これは、魔物化薬。人魔大戦の原因になった劇物だ」
「「なっ!」」
「世界樹よ・・・申し訳ない。私がもっとうまく立ち回っていれば・・・」
アルフレッドの言葉に絶句する2人。その様子を横目に世界樹に謝罪する。すると、普段あまり返事をしない世界樹から返答が返ってきた。
『あまり・・・気に・・・病まんでくだされ・・・。今まで・・・幸せ・・・でした。御身には、まだ・・・染まっていない・・・この実を・・・託させて・・・くだされ・・・。わしの・・・最後の・・・子ですじゃ。どうか・・・王太子領で・・・』
「あぁ・・・あぁ・・・。申し訳ない。申し訳・・・ない」
『良いのですじゃ・・・。さぁ・・・お早く・・・わしを・・・わしを・・・どうか・・・その手で・・・』
「しっしかしッ」
「アルフレッド様。貴方様の手でどうか・・・。私たち、植物の精はアルフレッド様に多大なるご恩がございます。世界樹様も同様です。しかし、このままですと大切な、御恩ある貴方様に牙を突き立ててしまう。どうか。どうか世界樹様の願いを聞き届けてあげてください」
「・・・」
「アル。俺からも頼む。世界樹は、抑え込むのに必死だ。俺たちのやった延命措置も意味を為していない。すまん」
「・・・いえ。悪いのは、この騒動を引き起こした張本人です。2人や世界樹は悪くない。むしろ・・・根源的な解決をすることができなかった私の責任だ。何が陰の英雄だ。問題の一つも満足に解決できやしない」
『ご自分を・・・責めなさいますな・・・。カメリア・・・の言う通り・・・感謝と御恩しか・・・ないのですじゃ・・・。恩人に牙を剥くなど・・・。しかし、今の状況では・・・恩を仇で返すことに・・・。ですからこそ・・・一思いに・・・切ってくだされ・・・』
「くッ・・・。わかりました・・・。2人とも外に出てほしい」
「おう」「はい」
暗く沈んだ雰囲気のアルフレッド。ここに鎮座していた世界樹は、人魔大戦よりも前からこの地に存在し、森人族が国を構えるきっかけにもなった由緒正しき樹だ。その歴史に終止符を打つことになろうとは・・・。世界樹を切るという前代未聞の行動。後々問題にはなるだろう。しかし、その身を削って皆を護っている世界樹の思いを無駄にしてはいけない。そう思いなおし、涙を浮かべながら最後に礼を述べる。
「今まで・・・ありがとう」
『どう・・・いたしまして・・・ですじゃ』
「・・・」
洞から外に出て抜剣。そして一薙ぎ。浄化の青い炎で毒薬をなかったことに。アルフレッドの目からは大粒の涙が零れ落ちる。悔恨の念と自身の不甲斐なさとともに。
いつもお読みいただきありがとうございます。
更新時間が不定期でご迷惑をおかけ致しますが、今後とも当作品にお付き合いいただければ幸いです。




