閑話 伝記 Ⅴ
「─────あっ!プレーノ様!お帰りなさいませ」
「うむ!門の守りご苦労!少々急用なのでな。通らせてもらうぞ」
「はっ!」
プレーノは木々を跳び越えながら半刻ほどで、森人族の領地に到着した。門の手前で着地し、衛兵に声をかけ王宮を目指した。
森人族の王宮は、世界樹の洞の中に築かれた館と言っても差し支えない広さだ。謁見の間と王族の私室が少々。この時はまだ王族も両手ほどしか居なかった。
「陛下!陛下!どちらに御座します!」
「おう!プレーノ!丁度鍛錬から戻ったところだ。お前が戻ってくるなんてな!」
「火急の次第にて」
「ふむ・・・」
プレーノは謁見の間に着くや否や、大きな声で国王を呼ぶ。玉座の脇から出てくるのかと思いきや、今し方自分が入ってきた扉から現れる国王。現在もその玉座に座られている国王アーノルドである。彼に帰還の旨を話すと、スッと目を細め話の先を促した。
「───そうか。聖王宮ではそのようなことが・・・な」
「はい。貴重な情報をもって逃げてきた人物がいましたので」
「しかし、老練なお主が慌てるとは余程のことなのだろうな」
「あれは・・・今まで見たことも聞いたこともなく・・・」
「それで?お主はその対抗として?」
「王子殿下を・・・援軍にと」
「ふむ・・・初陣としては荷が重いな。しかし、我ら夫婦でももう彼奴に模擬戦で一本も取れぬ・・・。実力を識ると言う意味では良い機会かもしれんな。かわいい子には旅をさせよ。とも言うしな」
「しかし・・・殿下は齢800になったところ。お願いする私が言うのも如何なものかとは思うのですが・・・お連れしても本当に宜しいので?」
「良い。その代わり、連れて行く以上は必ず生きて連れて帰ってのだ」
「はっ!必ずや」
国王に王子の居場所を聞いて、急ぎ歩を進めた。
「────じい。珍しいね」
「アルフレッド殿下。お久しぶりにございます」
「うん。久しぶり。確か・・・10年ぶりかな。今回はとても短かったけど・・・そうか。聖都で何かあったんだ」
「はい。実は────」
「大丈夫。みんな教えてくれる。だけど・・・淀みがすごい所があるんだって。そこに行くので良いのかな」
「はい。お力を賜ればと」
「良いのかな。何の経験もないけど」
「経験を積むまたとない機会だと・・・陛下が」
「そう・・・」
森人族の国の第一王子ことアルフレッド。齢800にして、徒手、武器、魔法に至る全てにおいて他を圧倒する人物。ただし、戦場に出たことはなく、実践での実力は未知数である。
彼は王宮の図書室で静かに本を読んでいた。───周りに沢山の妖精や精霊が居る中でではあるが───
今までの話も妖精たちがアルフレッドに情報を齎していたようで、プレーノの話の上を行く理解であったようだ。
アルフレッドが時折する至極冷たい目。年齢を重ねたプレーノでさえもその目で見つめれると、首元に鋭利な刃物を突きつけられたような気分になる。
「───わかった。このままで良いのかな?」
「武具の類は・・・」
「───この中に」
アルフレッドが自信の右腕につけられている、白く輝く腕輪をプレーノに見せた。
「・・・これは・・・」
「希白金でつくった簡易倉庫。これで十分」
「・・・畏まりました。では、両陛下にご挨拶を」
「その必要はないみたい」
一瞬、アルフレッドの言うことが理解できずあっけにとられるプレーノ。ただ、その時間はわずかなモノであった。
図書室の扉が勢いよく開かれると、王妃が小走りで入ってきてアルフレッドに抱きついた。その後ろから、両頬に綺麗な紅葉を描いた国王が苦笑しながら入ってきた。慌てて膝を折ろうとするプレーノであったが、国王が片手で制し、そのままの立ち位置で成り行きを見守った。
「あるぅぅぅ!」
「母上・・・苦しいです」
「アルが行く必要なんてないわ!私とあの人が行くべきなのよ!そうよ!そうしましょう!」
アルフレッドの母であるアリスが、勢いよく言葉を紡ぐ。それを制したのは、国王でもプレーノでもない。アルフレッドであった。
「母上のお気持ちは解ります。ですが、この目で色々と見たいのです。見聞を広めたいのです」
背格好的に、アリスを見上げるアルフレッド。抱きつかれた拍子に椅子から転げ落ちていたためだ。まぁ頭を打つけるような事を王妃がするわけもないが、立ち上がりながらの上目遣いは、破壊力抜群であった。
「はうわぁ・・・わかった。わかりました!私の負け!良いことアル!必ずプレーノと生きて帰ってくるのよ!帰ってこなかったらお仕置きだからね!」
「帰ってこないでお仕置きはできませんよ。母上」
「むぅ・・・その時は、考えたくもないけれど・・・地獄まで追いかけてお仕置きするわ!」
「それは嫌なので、生きて帰ってきます」
「うん!」
母と子の話が終わった。そう思い、国王が近くと、怒気をはらんだ目で王妃が王を睨む。少したじろぎながらも、平静を装ってアルフレッドに話しかける。
「んんっ。アル。これを」
「これは・・・世界樹の枝?」
「うむ。もし、今の得物が破損した場合はこれで作り直しなさい。アルならそのくらいたやすいであろう?」
「・・・もちろんこれは」
「うむ。手折ることなどしてはいない。自然落下のものだ。しかし、傷がついていないこの枝は、我らも驚くほどの逸品だ。世界樹からアルへの贈り物だと考える。大切に使いなさい」
「はい。父上」
「アル。気を付けてね」
「はい。母上」
「殿下。そろそろ」
「うん。爺も宜しくね」
「はっ!」
「プレーノ。くれぐれも息子を頼む」
「命に代えましても」
「いや。お主も必ず生きて帰ってくるのだ」
「はっ!」
「それでは。父上。母上。行ってきます」
「「いってらっしゃい」」
こうしてアルフレッドは父母に図書室から見送られる。大仰なことをしてしまうと、それだけ出立が遅れてしまう。門を抜ける時もそのままの姿では目立ってしまうため、帽子付きの法衣を着、表向きはプレーノの弟子として聖王が避難する別荘へと急いだ。
聖王の避難先で、出逢う3人と紡がれる人魔大戦の戦端が切られようとしていた。




