閑話 伝記 ⅲ
「はぁはぁ・・・到着しました陛下、殿下。少々お待ちを」
「やっと・・・か」「疲れ・・・ました」
先頭を行く近衛兵が、終端の扉を解錠する。この扉ももちろん特別製だ。
「先触れを出して参ります。少々お待ちを」
重厚な扉を開け、奥へと消えていく近衛兵。ここまでの長距離。しかも狭く暗い。否が応でも不安を感じ、先が見えないという隧道特有の事情もあり、国王以下付き従った生き残りは疲労の色が隠せないでいた。
「まだなのかっ!」
「イライラしても仕方ありませんよ財務卿」
「何を言う!大体魔族となど───」
「それ以上は、陛下のお考えの否定となります。叛逆罪として誅することとなりますが?」
「くっ・・・属国民風情が」
「プレーノ。申し訳ない」
「いえ。ここに居る皆は生き残ったのです。つまらない諍いは起こさぬ方が得策。内務卿もよく止めてくださいました」
「なんの。彼奴とは旧知の仲だからな。それより・・・」
先触れの兵が遅い・・・内務卿の視線は暗にそれを示すように、先程開けられた扉に向いていた。
「・・・」
「───もっ戻りました」
「遅いっ!」
「まぁまぁ財務卿・・・」
「いつまで我々を待たせるのだ!こっちは命からがら逃げてきたんだ!お前だけ先に上に行きおってからに!どうせ上で休んでいたのだろう?ええ?」
「・・・短気は損気だぞ。財務卿」
「いやっ!こやつは・・・。はっ・・・失礼致しました陛下」
「うむ」
財務卿に当たり散らされた1人の兵は、俯き地面を強く握りしめていた。そこに聖王が割って入り、彼の手をそっと握り報告を求めた。
「財務卿には後で強く言っておく。すまなかった。疲れている中、あの扉を三枚も開けるなぞ・・・1人で行かせてしまい申し訳なかった」
「いっいえ!これも皆様のお命を守るため・・・」
「して、首尾は」
「はい!上に到達すると、20名の使用人がおりましたので、事情を説明しております。食事と湯浴み、寝室の準備をお願いしております」
「ありがとう。キミは機転が利くのだな。よし!この事態が落ち着いたらこの者に褒章を与えよ!案内を頼むぞ?」
「はっ!」
感極まった兵は涙を流し、鼻をすすりながらも、毅然とした態度で聖王と王女を上へと案内していった。
他の面々は彼の言葉を聞いて安堵し、これで少し休むことができる。そう思い聖王の後に続いて進もうとしたその時、隧道の王宮方面から足音が響いてきた。
反響音がするために人数が分からない。にわかに緊張感が走る面々。聖王と王女は先に案内され、上へと登っている最中だ。殿を務めようにも直ぐに全滅・・・そう頭によぎるのは難しいことではなかった。
刻一刻と迫る足音・・・響く金属の反響音・・・。誰かが生唾を飲み込む・・・。
「あっ!おい!プレーノ!」
「皆様は先に!狭い道です1人で対応した方が時間を稼ぐことができます!」
「しっ・・・しかし!」
「いいから!行ってください!」
「むっむぅ・・・」
「下等な属国民が殊勝な心掛けだ。内務卿!ワシは先に行くぞ」
「好きにしろっ!俺はここに残る!」
「チッ・・・他の面々も登るぞ。我々は生き残るのだ!」
「「「・・・」」」
財務卿は、吐き捨てるようにしてさっさと上へと登っていった。他の面々は少し申し訳なさそうにしながらも目を伏せてそろそろと、しかし小走りで財務卿の後に続いていった。
「まったく・・・内務卿も物好きですね」
「何を言う。君たち森人族がいるからこそ我が国は成り立っているんだ。君を国元から預かっている身としては、五体満足で帰さなければならないからね」
「あはは。ありがとうございます。さぁて・・・鬼が出るか蛇が出るか・・・」
会話自体は和やかだが、目線は鋭い。常に足音の方に目を向け耳を傾け、神経を研ぎ澄まし追跡者の襲撃に備えた。
「そこにいるのは分かっている!何者かっ!」
プレーノが大きな声で追跡者に問いかける。魔物であるならば、声はせずただ向かってくるだけ。そこを射貫こうと。しかし、実際は違った。
「はぁはぁはぁ・・・おっ・・・追いついた」
「まて!プレーノ!その方は・・・警備室長!?」
「はぁはぁっ・・・はっはい・・・内務卿・・・」
「・・・ピオ室長!?ご無事で!」
「ああ・・・プレーノ殿か・・・」
「1人でこんなところまで・・・他の者は?」
「ひっぐぅぅぅぅ・・・他の兵や我が警備室の班員は全て・・・全て・・・異形の怪物・・・魔物に成り果ててしまいまし・・・た・・・。私1人を守るために・・・理性で自らを・・・最後の力を振り絞って・・・うぐぅぅぅ」
「そうか・・・辛いことを聞いてしまった。申し訳ない」
「いっいえ・・・」
「さっピオ室長。上に登りましょう」
「・・・あぁ。はっ!そうだ内務卿!この隧道の隔壁が破られるのも、時間の問題です。どうか・・・皆様にお知らせを・・・」
ピオは伝えねばならぬ事を伝えて気絶してしまった。
「内務卿・・・」
「なに。心配はするな。プレーノこちらへ」
「はい」
ピオを連れた2人は、避難先へと通じる扉を閉めて閂をかけ隔壁を封鎖しながら上り階段の中腹の小部屋に入った。
「ここは?」
「ここは、隧道の制御室。電源や隔壁の作動などをここで管理し、侵入者に関しても監視できるような場所だ」
「なるほど」
「おぉ。ピオは隔壁を全て閉じてきている。お陰で奴らは第一隔壁で足止めか」
「・・・王宮内の扉は破られてしまったのですね・・・」
「そう・・・だな。しかし、ここは生きているさぁ!ここの神髄を見せてやろう!」
そう言って内務卿は開閉器を作動させる。各隔壁が開いたことが表示されたと共に、地響きと何かが流れる音が聞こえたと思うと、監視画面に表示されていた赤い点が急速に消滅していった。
「こっ・・・これは!?」
「これはな、湖の水を隧道に流し水没させるための装置なのだよ」
少しの時間だけ猶予が生まれる・・・。そう感じた瞬間でもあった。




