世界樹
「殿下!」「殿下だ!」「アルフレッド殿下!」
世界樹を警備する者達から、万歳にも似た声音で口々に呼ばれるアルフレッド。そんな声に笑顔を向け、手を振りながらガイアスと一緒に警備責任者の下へと向かった。
「いつもありがとう」
「いえ!我々一同そのお言葉で十分報われます」
「うん。それでもね、明後日には儀式が始まる。此処にも大勢の人が訪れるだろう。大丈夫だとは思うけれど、今一度警備体制に綻びがないか、確認を頼むね」
「はっ!」
「それと・・・道中ガイアスから聞いたけど、気になることがあるのかな?直答を許すよ」
「はっ。お答えいたします。此処ひと月の間、葉の剪定を行っておりますが、肥料用地に置いてある葉が何者かに少量ですが、盗られているとの報告が上がっております。私も現地を確認しましたが、本当に微量で気づくと言う方が難しい量です」
「なるほど。今は毎日剪定が必要だからね・・・。気を抜くと地面に日光が届かなくなるし。それで?その微量窃盗に気がついた者は」
「こちらに」
警備責任者から促され前に出てきたのは、兵になりたてであろう若者であった。
「君、名前は?」
「はっはいっ!ペオニアと申しますっ!」
「うん。良い名前だ。それで?どうして量が減っていることを気づいたんだい?」
「はっはいっ!誰もが知るこの国の世界樹の管理を担うことができて────」
「ペオニア。緊張するのはわかるが、殿下の御前だ。簡潔に伝えよ」
「しっ!しつらっ・・・失礼いたしました」
「私は大丈夫だから。続けて?」
「はいっ!えっと・・・」
所々まだあどけなさが残るペオニアの話を繋げると、どうやら警備隊となれたことが嬉しく、昼夜、休日を問わず巡回を行っていたらしい。勿論、責任者は確り休めと伝えているのにだ。そこで見つけたのが僅かな葉量の違い。毎日確実に。それも多量に増えていくはずの葉量が少ない。当然、毎日巡回をしているのだから、刈り取られた葉の量も記憶していた。最初は乾燥によるものかと思っていたが、毎日毎日増える量が減っていく・・・そんな矛盾を見つけ、責任者に報告したのだった。
「そうか・・・」
「殿下。これは・・・」
「まだ決まったわけではないけど、摘み取った葉でもキズを瞬時に治すことができる薬なら、盗られた量も考えると、相当な量を作ることができてしまうね」
「ええ」
「であればだ。ガイアス隊長。カレンにも話を通して。相手が何者かはまだわからないけれど、警戒と捜索を。あと、ペオニアに影からの護衛を」
「はっ!」
「じっ・・・自分にもですか!?」
「まぁ念のためって感じかな?気にすることなく此処の警備を続けていて良いから」
「はっ・・・はぁ」
少し釈然としない様子のペオニアであったが、アルフレッドの前と言うことを思い出し、頭を振って確りと敬礼と返事をした。その様子に頭を抱える警備責任者であったが、アルフレッドが取りなしてその場を納めた。
「では殿下。カレン殿を伴います」
「うん。杞憂だと良いのだけれど、明後日から大勢の人が集まるからね」
「はっ!それでは、御前失礼致します」
「よろしく頼むね」
●
「ねぇカレンちゃん。エレンちゃん。この葉っぱを煎じて飲むって言ってたけど、いくら何でも大きすぎない?」
見上げれば、途轍もなく巨大な葉。プルーナが疑問に思うのも当然である。
「ああ。煎じて飲むのは、新芽にあたります。此処まで大きいと加工できないので」
「だよね!」
「まぁ新芽と言っても幅は約1米ほど。長さも1.5米程あるがの」
「・・・色々と縮尺がおかしい気が・・・」
「世界で最初に生まれたと言われる植物。この地が生まれる前からあったと言われる植物です。一般的な常識とは抑も外れてますからね。理外の樹です」
「ほえぇ・・・じゃぁさ。あの大きな葉っぱには使い道はないの?」
「あるぞ。間引きされた葉は肥料として用いられる。アルが島で土にやっておったであろう?」
「・・・治癒魔法?」
「そうじゃ。土に混ぜる量を間違えると、植物が繁茂して収拾がつかなくなってしまうが、適量であれば、一年間追肥をせずとも、作物は丈夫に育つ。味も良い」
「へぇ!」
「それともう一つ。長さが規定に達したもの。詳しくは教えられませんが、それを収穫して加工することで、ある薬ができます」
「薬・・・それって?」
「見たことはありませんか?小さいながらも生命力溢れる樹が描かれた瓶を」
「ああ・・・ごく稀にもう助からないかもって怪我をした兵に使われていたのを見たような・・・。途轍もなく高くて、手にも入りにくいって・・・たしか名前は────」
「万能霊薬」
「そうそう!ってそうか!この木の葉っぱから作られていたんだ」
「正確には、数種類の薬草も混ぜていますが、成分の殆どはこの樹の葉です。ですので、厳重に管理されているのです」
「この国の主要輸出品の1つじゃからの」
「ふんふん。でもなんでそんなに量を作らないの?沢山作って売れば、国としては豊かになるし、困っている人も喜ぶじゃん」
「────それはできないのさ」
「アルくん!」
3人が万能霊薬について話し込んでいると、警備兵達との話を終えたアルフレッドが戻ってきた。プルーナの目線を塞ぐように立ち、なぜ万能霊薬を大量に輸出しないのかを話す傍らで、ガイアスがカレンとエレンに事の次第を伝え、カレンとともにその場を音を立てずに去って行った。プルーナはそれに気づくことなく、アルフレッドに疑問をぶつけた。
「困る人が多いのに・・・なんで?」
「それはね、まず一つ目にこの薬には、魔法を使わない形での熟成期間が必要なんだ。それこそ葡萄酒よりも長い期間のね」
「でもでも、大量に作られるんでしょ?だったら・・・」
「二つ目に、霊薬に頼り切ってしまって、人が本来持つ怪我や病気に対する抵抗力を失ってしまう。この薬が効かない何かが生まれてしまっては困る」
「でも・・・」
なおも食い下がるプルーナ。
「勿論値が下がれば、一般の人々もこの薬の恩恵にあずかれるかも知れない。でもね、これが大事で・・・買い占めや偽物の流通によって値が不安定になったり、人々からの風評被害で、この国に対して悪意を持つ人が出る可能性がある。そうなると、我が国としても黙っていられない。そうならないために、一定の決まった量を決まった国ごとに定額で卸しているんだ」
「うん・・・。でもさ・・・」
「この国で創られる薬で、我が国の労働環境を壊してはいけないんだ。だってそうでしょう。作れば作るだけ売れれば、誰しもがこの薬を作り、売りさばき、農業や工業。商業や流通に至るまで全てを破壊してしまう。そんなことはあってはならないんだ。それに、世界樹の葉だって有限な資源。採りすぎれば樹勢を弱め枯死してしまう。何事も過ぎたるは及ばざるがごとしなのさ」
「そっか・・・自分たちの利益だけじゃないんだね」
「いや。そうでもない。さっきも言ったけど、この国を支えるためにある意味ではこの薬を利用している。まぁ綺麗事では何事も片付かないからね。支援と利益。清濁併せ持つことも外交として大事だから」
「だから一定量なんだ」
「うん。定額だけど、仲の善し悪しで値は決めてる。正直、卸先の国外には出さないようにしてはもらってたのだけれど・・・」
「───もしかして・・・やぶ蛇?」
「うん。これは・・・調査が必要かもね(カレンはかまをかけていた・・・と言うことは・・・)」
アルフレッドの頭の中に浮かんだものは、横領、闇取引など宜しくないことであった。緊急援助物資の中に入るときもあるが、そのようなことでの国外輸出は大戦後には無かった。確かに大きな災害は数度あり、援助物資を送ることはあったが、二段階低級の薬で対応できるほどであった。そのため、ある種の専売として、貿易品としてのみ価格を決めて輸出している。北方連邦とは今まで国同士での貿易路は持たれていない。商人同士の民間交易路はあるだろう。しかし、そのような商人が扱える代物では無い。だからこそ、友好国のいずれか。若しくは国内に横領する人物が存在すると言う考えに至った。
「まぁ今考えても仕方ないか。プルーナさん。この樹の上に登ってみたいとは思わない?」
「うん・・・んぇ!?上に?登れるの?」
「うん。エレンもいるし私もいるからね」
「そうじゃのう!たまには登ってみるか!良かったのぅプルーナ。世界樹の上に登るなぞ普人族で唯一じゃぞ」
「えっ!うそっ!すっごぉい!アタシ、一生の自慢にするッ!」
「うん!それじゃぁ手をつないで・・・行くよっ!」
プルーナを中心に右手をアルフレッドが。左手をエレンがそれぞれ握り、世界樹の頂点を目指して浮遊していった。途中、摘葉を行っている兵達に声をかけながら。ゆっくりと時間をかけて登っていったため、頂点の葉につく頃には夕暮れとなっていた。
「おぉ!絶景かな絶景かな!」
「なんか年寄り臭いよエレン」
「んなっ!」
「あはは!でも眺め凄く良い!しかもこの葉っぱ・・・立てる。魔法使ってないんだよね!?」
「それはそうじゃ!なんと言っても一番古い葉じゃからのぅ!」
「うん。ただ、流石に先端に行くと滑り落ちるけど、葉脈の中心であれば、確りしてるし落ちる心配も無いよ。どう?凄いでしょ?」
「うん!凄い凄い!」
喜びすぎて、葉の上と言うことも忘れて飛び跳ねるプルーナ。揺れるかと思いきや、微動だにしないそれは流石世界樹と言ったところか。王都の西側の山に沈みゆく夕日と、ぽつりぽつりとつき始める街の灯り。悠久の歴史の上に確かに人の営みがある。そのことを再認識したプルーナであった。
「そうだよね。森人族も普人族も変わらないんだよね」
「んー?」
飛び跳ねることに疲れたのか葉の上に座り、ぽつりと零したプルーナ。
「永い時間を生きようが、短い時間を生きようが確かにそこには命があって、生活がある。子どもから老人まで。アタシ達普人族は、森人族に比べると寿命は遙かに短いけれど、命は皆平等」
「ぷっプルーナよ急にどうした」
「しーっ。今彼女は何かを思い感じているから。静かに聞こう」
「アタシはさ、今を生きられればそれで良いと思ってた。アルくん達の話を聞いていても、寿命の長い種族と尺度が違うとも思ってた。アタシが見た森人族の街はこの王都だけ。でも、そこには人が確かに生活してる。アルくん。アタシ決めた。この変な寒さについてもっと勉強したい!そして、次の世代に住みやすい環境を残したい─────!」




