まずは挨拶
「もうすぐ、王都だぁよ。お2人さんはどうしてこん国に来なさった?」
拾われた海岸にて何日か過ごした後、王都に向けて魚介類を運ぶという話を聞いた2人は、運搬を担う老人に同行を願い出た。彼は道中の話し相手が欲しかったらしく快諾してくれたのだが、疲労と馬車の揺れもありうたた寝をしてしまったようであった。彼が善人で助かった。そう思ったのは、粗末ながらも毛皮を掛けてくれていた事でわかった。王都が目視できる距離に近づいたことと、2人が目を覚ました気配に気づいたようで、少し大きめの声で疑問に思っていたことを尋ねてきたようであった。
「・・・船が嵐で大破してしまって・・・気がついたらこの国の海岸に倒れておりました」
あの狭い村でなぜ私たちが海岸に流れ着いていたことを知らないのか。若干疑問に感じたが、老人の次の言葉で合点がいった。
「なぁほど!わしゃぁ、そんときゃまだ別の村に魚を運んでおったでな。んじゃぁどして王都に向かうんじゃ?なんぞ・・・王都に知り合いでもおるんか?おらんと振り出しに戻ってしまうんじゃないかのぅ?大丈夫け?」
「ええ。私の記憶違いでなければ、王都に見知った方が居るはずなのです」
「ほうかほうか!今王都は人でごったがえしておるからぁ、探すんも一苦労だわな」
とにかく善人である老人は、2人の心配をしてくれているようで、言葉の端々からその温かみが伝わってきた。ただ、気になることを口走った。王都とは、この国で人口が一番多いはず。それなのに人で溢れているとは何事なのか・・・。そう疑問に思っていると、それを感じたのか、隣から疑問を解消すべく話が始まった。
「失礼ご老人。なぜ王都が人で溢れていると?」
「あぁ!これからの10日間、第一王子のぉアルフレッド殿下がぁ、正式に王太子となるぅ儀式が行われるんさぁ。こぉんな大きい祝い事なぞもう幾年もなかったからのぅ!いやぁめでたい!いつも人が多い王都だけんども、今は地方からお偉方もその従者も。はたまた観光に来るわしらのような民もおるでな。人が多いんじゃ!ほうじゃ!スリには気をつけぇよ。あやつらは──────」
「「・・・」」
「────っとまぁ気をつけぇことはこんくらいじゃな!いやぁ2人はぁ、良い時に来なすった!かっかっか」
「姫様・・・」
「ええ。─────」
●
「王都にとうちゃ・・・あり?なんだか暗いよ?今は夜?」
「そんなわけあるかっ!」
「にひひ。わかってるよぅエレンちゃん」
「まったく・・・」
転移場所は、以前にアルフレッドとカレンが使った場所である。当然薄暗い場所であるためにプルーナが言った冗談だったのだが、それをエレンが真面目に突っ込んだ形だ。同国内の移動なのだから、多少の時差はあろうが、昼夜の逆転はないのだ。冷静に考えればわかるはずであったのだが・・・。
「まぁまぁ。そんなところで冗談言ったりしないで、早く挨拶に行こう?」
「そうですね。今日は私室ではなく謁見の間での挨拶となることですし」
「えっ!?聞いてないよっ!」
「はて・・・」
謁見の間での挨拶となると、私室での挨拶とは全く異なり、儀礼的なものが付随するとても畏まった場となる。なぜ王太子になろう人物が聞いていないのか・・・それはカレンの次の一言で皆が納得した。
「一昨日、帰る前にアリス様が私に耳打ちをされたのです。プルーナ様が来ると言うことで、次回は謁見の間でと」
「んなっ!まっまぁ・・・他国からの客人だからわかりはするけれど」
「話には続きがありまして」
「まだあるの!?」
「謁見の間で挨拶にはなるけど、国王陛下と妃殿下との簡易的な挨拶になると」
「なっなんだ・・・それなら良かった・・・」
「ですが、一応謁見の間ですので、お召し物は相応しいものにしなければなりませんよ」
「うん・・・。はぁあれ堅苦しくて嫌いなんだけど・・・仕方ないか」
「エレンちゃん。アタシ・・・」
「大丈夫じゃプルーナ。その簡易軍服でも」
「でも・・・」
「気になるのであれば、アルフレッド様」
「そうだね」
プルーナが着てきていたのは、儀礼の場で着るような確りとした軍服ではなく、動きやすい格好である半袖の軍服に長下袴であった。そのため、謁見の間での挨拶ともなると、いくら国王と妃しかいないとはいえども、当然近衛兵はいるわけで・・・。そんな状況を考えて青い顔をするプルーナに対して、カレンがアルフレッドに促したのは、よく彼が街で遊ぶ・・・お忍び視察のために使う〖変身〗と〖創造〗の魔法であった。今回は姿を変える必要がないため、〖創造〗魔法を使うべく軽くプルーナに向けて指を振ると、上下正装の軍服に身を包んだプルーナがそこに立っていた。
「うん。これで大丈夫。違和感はない?」
「へ?あえっ!?凄いっ!正装だ!なんで!?どうして!?」
「違和感がなくて何よりだよ。以前見たことがあった軍服を元に再現したんだ。魔法と言っても、布を創造して一から創った代物だから、確りとそこにあるよ
」
「おぉ・・・いつもあたし達が着ているのより上質だってのがわかる・・・」
アルフレッドが出した軍服は、彼が一瞬で創り上げた唯一無二の物。カレンとエレンも羨ましそうにその姿を見たが、2人が今身につけているそれも、アルフレッドが創造したものだ。女性はいつでも好意を持っている人物からの贈り物に弱いものだ・・・。
「不壊に、非汚損。速乾に体温調節の機能。伸縮自在にもなっているから、いつでも身体に合うし、暑さ寒さにも適応できる。それに生半可の刃物じゃ切れないし、汚れも沈着しない。2人が着ているものと同じ素材だよ」
「それじゃぁこれは、アルくんからの贈り物・・・」
「まっそうなるかな」
顔が赤くなるのを感じたプルーナは、アルフレッドに背を向けた。しかしまだ転移陣のある部屋の中であるので薄暗い。詳しい表情までは見ることは叶わない・・・はず・・・。
「はぁ・・・アルフレッド様。そろそろ行きましょう」
「うん。そうだね。(プルーナさん、顔赤くしてたなぁ。ここは風通しも悪いから暑かったのかな。それとも・・・照れてた?・・・そんなことはないか)」
惜しい・・・プルーナは確実に照れていた。しかし色恋に疎い王子様はあまり気にせず、カレンの促しで階段を登っていった。エレンはプルーナを連れ添い、一緒に階段を登った。
「今日は、居ないようですね」
「そんな毎日毎日アンナも来ないよ。あのこだって、暇じゃぁないんだから」
「どうじゃろうな。大方、我らの足音に気づいてどこかに隠れておるのやも知れぬ」
「────!!!」
「まぁ良いです。プルーナも早く復活してください。行きますよ謁見の間へ」
「ぅん」
蚊の鳴くような声で返事をするプルーナ。復活はもう少しかかりそうだ。これからアルフレドの父と母に挨拶をするという大きな催しを控えているのだが・・・。
ドアが開く音と、4人の足音が出ていく音を聞き、安堵したため息がアルフレドの寝台の下から聞こえてきた。
「はぁぁぁ・・・良かった。気づかれなかった。さてとっでない&%@*!」
「アンナ様。淑女が殿方の寝台の下に潜むとは、はしたないですよ。いい加減、アルフレッド様のお部屋に入るのはおやめください。っと言っても、止めないのでしょうけど。まぁこれに懲りたら、隠れずに部屋から急いで出てくださいませ」
「カレンー何をしてるのー?早く行くよー」
「それでは」
「なっなんで目の前に鉄壁カレンの顔があるのよ!驚いて抗議の一つもできなかったわ・・・」
アルフレッドの寝台下から出てきたのは、彼の妹のアンナであった。いつものように、彼の寝台に寝ていたアンナは、転移陣がある衣装部屋から話し声が聞こえてきたために、あろう事か部屋から出ずに寝台下の奥に身を潜めていたのだ。敵意がないために皆に見逃されていたが、確りと気づかれていた。戦場に出ていないからこその経験の浅さではあるが、アルフレッドは可愛い妹が何か悪さをして侍女達から逃げて隠れた程度にしか思っていない。そんな主のためにも心を鬼にしてカレンは彼女に忠告した。毎日毎日自分の好きな人物の寝台に潜り込むことができることを羨んでの行動ではない。断じて・・・。
「遅かったねカレン。何か忘れ物でも?」
「いえ。少し埃っぽさがありましたので、空気の入れ換えを」
「あぁ・・・。地下から出てきたからね。いつもありがとう」
「そんなに埃っぽかった?」
「気にせんで良い。彼奴が行かねばワシが行っておった位の事じゃ」
「それってどういう・・・」
「着きました。ここが謁見の間です」
アルフレッド及び各王族の私室からは階下にあたる広間。そこが謁見の間。王族や階上に勤めるいわば関係者専用の階段を降り謁見の間前の大扉に着いた。床には朱色の絨毯が敷かれている。目の前の大扉は黒檀を基調とし、周囲を金や銀で細工「銀ではなく希白金です」・・・失礼。周囲を金や希白金で細工された扉が聳え立っていた。両側には近衛であろう兵士が一人ずつ直立不動の姿で立っている。
「ご苦労様。開けてもらえるかい?」
「「はっ!開門いたします!」」
「「アルフレッド殿下及び皆様方のご到着でございます!開門!」」
大きな扉であるのにも拘わらず、少しも軋んだ音がしない。音もせずに開く扉は、2人の兵士が魔法を用いて開けているようであった。プルーナはその一挙手一投足を注意深く観察しながら、魔法という力の凄さと便利さに感動を覚えていた。
「陛下並びに妃殿下がおいでになるまで、しばしお待ちを」
玉座の前、一段下がった場所で頭を垂れる2人と、その脇に立つ2人。頭を垂れているのは、アルフレッドとプルーナ。カレンとエレンは、その存在が大きいため王に謙る必要がない。そう2人は神獣と聖霊。一応、王国内での役職を持ってはいるが、人に畏怖される存在でもあるため、頭を垂れる必要はない事になっている。
「国王陛下並びに妃殿下の御成です」
国王と妃が入室し、玉座に座る。一呼吸置いた後、面を上げるよう促され、アルフレッドは今日から始まる一連の儀式と王太子への心構えと謝辞を伝え、プルーナの紹介に移る。
「初めまして。だな。いつも息子がお世話になっておる。なを教えてはくれぬか」
「はっ!北方連合国海軍所属プルーナ・アルマンドと申します。以後お見知りおきいただければ幸いです」
「ふむ。アルマンド嬢。これからも息子を頼む」
「アルフレッドは、忘れっぽいところがあるから、カレンちゃんとエレンちゃんと一緒に支えてあげてね」
「はっはい!全力を尽くします!」
「ちょっプルーナさん。緊張しすぎ!母上も余計なことを言わないで!」
「はっはっは!やはりおぬしの慌てる姿は面白いのぅ」
「ええ。普段冷静ぶってるからこそ、慌てる姿がとっても可愛いのよね」
「まったく・・・2人ともいたずらが過ぎますよ!」
「はっはっは!すまないすまない」
謁見の空気はどこへやら。生来、堅苦しいことが苦手なこの親子は早々に会話を普段のものに戻し、いつも通りの会話を始める。国王と妃は、玉座のある壇上から降り、国王はアルフレッドと。妃はカレンとエレンと話し始める。その様子に驚いたのはプルーナであったことは言わずもがな。周囲を見渡しても、兵士達から送られてくる視線は、いつものことだからと言うものであった。初めましてのはずであるのに、わかってしまった自分に驚きながら立ち尽くしていると、それに気づいたアルフレッドが声をかけた。
「ごめんねプルーナさん。うちの親、こんな感じなんだ」
「すっごく気さくで驚いちゃった・・・。王族って言っても一般家庭の親子関係と大差ないんだね」
「それは、ウチが特殊なだけだから。そこは勘違いしないでね!プルーナちゃん」
「妃殿下!」
「もぅ!アリスって呼んで良いから!もっとアルと話していたように気楽に接して。ね?」
「そっそんな!滅相もない」
「そんな無理なことを願うな。あって間もないのだからな。そうだプルーナさん。この後夕食でも如何かな」
「───!」
「そうだね。久々に一緒に食べよっか」
「そうじゃのう!」
「ええ。私もどの位、王宮の料理の技術が上がったのか知りたいですし」
「と言うわけで、みんなで食べるから」
「うむ!そのつもりで用意してある。さっ食堂に移動しようか」
「えっ?えっ?アタシ国王陛下達と一緒に食事できるの!?一般人のアタシがっ!?」
「何を今更。お主は、この国の王子の他に聖霊と神獣とともに生活しておるのじゃ。今更国王との食事に何を気後れしておるのじゃ」
「だって・・・アルくんのお父様とお母様でしょ?友達の2人とはやっぱり次元が違うというか・・・」
「まっそのような些細なことをいつまでも気にしていると、折角の食事が美味しくなくなりますよ。さぁ行きましょう!」
カレンとエレンに手を引かれて、前を行く親子に追いつくプルーナ。国王夫妻から根掘り葉掘りアルフレッドの事について聞かれ、始終顔を赤くしていたとか。顔が赤いと揶揄したエレンにも国王夫妻からの質問が飛び火し、同じく顔を赤くしたエレン。
いつもとは違うが、王族と言っても人の子。そこに産まれる会話は、一般家庭と同じ他愛のない会話だった。ただし、饗された料理はどれも美味しく美しく、カレンの弾丸話が留まることを知らなかったと言うことだけは申し上げておこう。
「プルーナさん、明日は皆で王都観光に行こう!」
「うん!」
和やかで楽しい一時。忙しくなる前の休暇。立太子の儀が近づいてくる。




