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関所の魔法使い  作者: ブリ
1/3

5月12日(1)

「トビーさ、さっきから本ばっかり読んでるけど…」


「……」

トビーと呼ばれた男は本に目を落としたままだった。

「ねえ。聞いてる?」

彼は溜め息をついて顔を上げた。


「なんですか?」

「えーと。だからさ。ちゃんと見張りしなきゃいけないんじゃないかなって。仕事だしさ」

「ウォーレン隊長。私たちの仕事は見張りではありません。

そこの門を通ろうとする者が通行証を持っているかチェックする、ただそれだけですよ。

いま門の前に誰か立っているようにあなたの目には映っているのですか?」

トビーは黒ぶちのメガネをクイクイ直しながら話した。

そして少し考え込むとこう続けた。

「それに、ひたすら目を光らせて見張っているよりもこうして本を読んでいるフリをした方が良い場合だってあるんですよ」


「どういうこと?」

「例えばこんな話があります。ある館に閉じ込められた8人の男女がいました。老婆が殺害されたのを皮切りに、毎夜一人ずつ血祭りに上げられていきます」

「あ…ちょっと!それ、その本の話だろ!」

「3人目を殺害したとき、犯人はある失敗をしてしまいます」

「待ってよ!まだそれ途中までしか読んでないんだよ僕!」

「なんと意外にも犯人は」

僕は耳をふさぎながら逃げるように事務棟に駆け込んだ。




「ブルース・ウォーレン。北地区関所警備隊への出向を命ずる。階級は隊長となる。栄転だな。おめでとう」


一か月ほど前のことである。

マニックス王国の魔導兵団に籍を置く魔法使いであるウォーレンは上司からそう告げられた。

彼は本格的な戦闘能力が求められる魔導兵団に属しながら初歩的な魔法程度しか使えなかった。

花形である魔導兵団から関所警備への配置転換。

上司は栄転と体良く表現していたが、要するに左遷、戦力外通告である。

とはいえ彼自身魔法力が高くないと自覚していたため、こういったことも想定していた。

だから「どうして自分が」という怒りの感情などない。

「魔導兵団を追い出されるなんて」という悲しみの感情もない。

あるとするなら、期待された役割をこなせなかったという申し訳なさ、情けなさであった。




「おい隊長よ」

ドアを閉めるなり、イスに座り足をテーブルにドカッと乗せた男が声をかけた。

「見張り。まだお前の番じゃねえだろう」

「トビーがサボってないか確認しに行ったんだよ」

服が汗で肌に張り付き気持ちが悪い。イスに腰を落とすと臀部まで汗だらけになっていることに気付かされた。

不快感を振り払うように水差しからコップに水を注ぎ飲み干す。

小さく息をつくとイスに腰を落とした。


「はっ、半端な魔法が使えるだけのお前さんよりよっぽど出来がいいやつだぜ」

男はニヤニヤしながら言うと手に持っていたコップをあおった。

お酒臭い。また昼間から飲んでいるようだ。

「えー。本読んでたよ」

「本読んでたとしても人が来れば気付くだろ。関所の警備なんてそんなもんでいいんだよ」


「ジェラルドもたまには見回り行ってよ」

「馬鹿野郎。俺たちは正義の味方じゃないんだ。

怪しい奴が通ろうとしてたらブン殴って止める、それでいいんだよ」

答えながらまた酒をあおった。

「トビーと同じようなこと言うなあ…。

でもさ。この辺りは山賊行為も多いし、誰かがやらないといけないんだよ。

都からは離れてるし僕らがやるしかないじゃない」

「興味ねえなあ」

男はグラスの中の氷をカランと鳴らし、ソッポを向いた。


この男はいつもこうである。

ジェラルド・ビンスキー。

僕のように魔導兵団から出向を命じられたわけではない。

旅のさなかにこの街に滞在していたところ、掲示板に貼り出されていた関所警備任務の募集を見て志願したのだという。

東方の国では名の知れた傭兵だったという噂を聞いたことはあるが…。


「やる気ないんだからなあ…なんでこの仕事志願したの?」

「寝床が用意されてるし、仕事自体も楽だからだよ。お前な、こんないい仕事ほかにねえぞ」

呆れて言葉も出ない。

ひとつ溜め息をついて立ち上がり、自分の部屋に向かった。


分かっている。

ただの関所警備員に誰もそこまでの期待はしていない。

僕たちの仕事は通行者の身分の確認と荷物の点検を正確に行うこと。そして通行税を徴収することだ。

みんながあっと驚くような成果を望まれているわけではない。そんなのは分かっている。

それでも、出来る範囲のことはやりたい。

自分たちの働きで誰かが救われる可能性があるならば、少なくとも努力はすべきだと思う。


部屋のドアを閉めると壁時計に目をやった。

3時20分。

まだ見張りの交代まで2時間近くある。

少し休んでおいた方がいいかもしれない。

ベッドに体を預けて目を瞑ると、意識は眠りへと落ちていった。

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