第9話 決意、そしてその先へ
<戦いの技式>
第9話 決意、そしてその先へ
【火球】の能力を持つ異能犯に勝利し、勝ちを喜んでいた私は、今アスファルトの上で倒れるように横になっていた。
「ぐぅぅ…、身体中痛んでもうほとんど動かないよぉぉ…。まいったなぁ…、この後どうすればいいんだろう私…」
気合で体を動かそうとしても、せいぜい腕で上体を逸らすのが限界だ。脚に関しては膝を少し曲げられるだけで役に立ちそうにない…、まぁまぁヤバい状況ですねこれは…。
電話で助けを呼ぼうにも、ポケットに入れていたスマホは火の球の爆発で壊れて使えない。大声を出そうとすれば出せるだろうが、正直しんどくてやりたくない…。
気を失って倒れている男がスマホを持っていればと考え、ずりずりと這うように体を引きずって移動する。もう少しで男に届きそうな所まで這って行くと、不自然な影が視界に入った。
それと同時に、突然大柄な男が降ってきた。がたいの良いムキムキな大男は、倒れている男を数秒見つめた後、私に目を向けて話しかけてきた。
「こいつを倒ったのはお前か?」
表情や声色からは、私に敵対している様子ではない。変に角が立たないよう、私は「そうですけど…」っと一言だけ返した。
「ほぉ…!若え癖に随分骨のある奴みてえだな…。ボロボロじゃなきゃあ一戦交えたかったが、残念だぜ…」
心の底から大怪我していて良かったと思えてしまった。今の私の状況もそうだが、何よりこの大男の実力が計り知れない。さっき戦った男が霞んで見えてしまう程に…
「悪いがこいつは回収させて貰うぜ?こんな弱っちい奴でも、一応俺たちの仲間だからな」
ムキムキの巨漢は気を失って倒れている男を片手で持ち上げ、その場を立ち去ろうとしている。後ろを振り向こうとした直後、大男のスマホに着信が入った。
ポケットから取り出して右耳にスマホを当てた。その時私は体が固まって目が離せなくなった。大男の左耳には、風に吹かれて静かに揺れている“鎌を模した耳飾り”があった。
「誰だ? …おお伽崎か!なんだ?電話してくるって事は次の仕事か? …ああ? …ああ…分かった。ならこいつはどうする?殺すか?」
なんの会話をしているか分からなかったが、口から「殺す」の一言が出た時、背筋が凍るような恐怖を感じた。
「…放置するだけでいいのか?何だよぉ…つまんねえな…。 …分かった、大人しく退く。それじゃあな」
どうやら殺されずに済んだようだが、それでも嫌な冷や汗が止まらない。スマホをしまった大男は、私に話しかけた。
「次はお互い全快の状態で会おうぜ!お前はまだまだ強くなる…、今から戦るのが楽しみだぜ…!またな!」
大男は高く跳躍して姿を消した。心の底からホッとした私は、強い緊張感から解放されて気を失ってしまった。
朝凪がいた場所から離れた大男は、二人の男がいる八階建ての屋上へと向かった。そこには仮面を付けた人物と、以前縮と戦った伽崎がいた。
「よぉお前ら!まさかお前らも近くにいるとは思わなかったぜ!だが本当にいいのか?あいつは新しい仲間だったんだろ?」
大男の質問に、仮面の男は冷静に答えた。
「あくまで候補だっただけで仲間ではありません。言ってしまえばあの戦いは彼らにとってオーディションだったんですよ。そして不合格になった…、そんな者を助ける必要はないでしょう」
「そうならそうと事前に言っとけ!無駄足を踏んじまったぜ…!」
辺りの騒ぎが少しずつ落ち着いていった。異能犯の暴動が収まっていくのを確認した仮面の男は撤退する準備を始めた。
「彼らは十分役目を果たしました…、これで我々の目的は完了です。退きますよ二人共…」
「これでようやく暴れられるぜ…!次の仕事が楽しみだ…!」
不穏な種を撒いて三人はその場を離れた。災禍の種を…
「う~ん…ん~…、ん…? あれ…?ここはどこ?私は朝凪。記憶は問題なし…頭痛い…」
目覚めた場所は支部のソファーの上だった。腕には包帯が巻かれていて痛みが和らいでいる。恐らく他の箇所も処置されているのだろう。
ゆっくりと体を起こしてみるが、やはり身体中がめちゃくちゃ痛い。よく最後まで戦えたものだと自分で思えてくる程だ。
頭がしっかり働いていないのかボーっとしている。窓の外に目を向けると夕暮れが広がっており、少なくとも四~五時間は気を失っていたのだろう。
「おやおや、目が覚めたようですね。安心しましたよ本当」
キッチンの方からお茶を持って現れたのは伊敷さんだった。伊敷さんはソファーに座って、お茶の入った湯吞みを出してくれた。ボーっとした頭に温かいお茶が染みていく…。
「まさか本当に能力者相手に勝ってしまうとは…、話を聞いた時は正直少しひきましたよ…?」
そんな事がありますかね!?確か私の記憶では伊敷さんが戦えって言っていた気がするのだが…
「状況に応じて、朝凪くんも戦ってください。その時は十分お気を付けて」
そうだよね!ちゃんと言ってたよね!ビックリしすぎて頭しゃっきりしたよ!
「まぁ冗談は置いときまして、本当によくやってくれましたよ朝凪くん。まだ少し早いですが、今日はもう上がって、お家でゆっくり休んでください」
そう伊敷さんに言われ、私はちょっと早めに帰路に就く事になった。三下さんが運転する車に乗り込み、最寄りのコンビニで降ろしてもらった。
私はコンビニで買ったチョコを頬張りながら家に向かってゆっくり歩いていると、家の前に見覚えのある人影が立っていた。
「ん?おう朝凪、今帰ってきたとこか?居ないのかと思って帰るところだったぞ」
「穂岬先生!なんでここに!?あの面倒くさがりの先生が…?」
皆は覚えているだろうか?この人は私が通っている(いた)学校に務め、私のクラスの担任を任されている人である。
「なんでって…、そりゃ私は一応お前の担任だからな。しばらく学校に来れないお前の様子を見に来るのも仕事の内だ。もちろん面倒くさい気持ちもあるけどな!」
わざわざそこを強調しなくてもいいのに…、何というか流石だなこの人は…。
「とりあえず家に上がってください。今日は母の帰りが遅いので、何か伝えておいて欲しい事があれば聞きますけど?」
「いやそこまで長く居るつもりはないし、親御さんにも特に用はない。ただ一応色々話は聞きたいし、親御さんの帰り遅いんだろ?飯奢ってやるから、食事しながらゆっくり聞かせてくれよ」
ご飯の誘いは断っちゃダメだよってお母さんに言われた事があるし、いつか先生とご飯に行ってみたいと思っていたので、私は先生の車に乗って夕ご飯を食べに向かった。
到着したのは私がオススメするラーメン屋。ここの味噌ラーメンが堪らなく美味しい。私が帰宅部に勤しんでいた頃、よく友達と一緒に食べに来ていた。最近は忙しくてご無沙汰だ。
店内に入り席に座る。私は特製味噌ラーメン、先生は味噌チャーシュー麵を頼んで席で待った。待っている時間に先生と今について話す。
「それで?L-gstに入隊してからどうだ?まぁ、その包帯グルグルな腕や脚を見れば、何となく苦労してるってのが分かるけどさ…」
腕と脚に包帯、顔や手には絆創膏なんかが貼ってある。心なしか周囲の人たちの目線を感じる…、虐待とか疑われてそうでちょっと不安だ…。
「少し前まで帰宅部エース(自称)だったお前が、まさか異能犯と戦う事になるなんてな。なんかあれだな…、一周回って面白いよなマジで」
「なにを勝手に面白がっているんですか…?ここでグルグル巻きの包帯をほどいて傷を見せてやりましょうか?私もどうなっているか見てないですけど、きっと閲覧注意になってますよ?」
皮膚へのダメージは大きかったが、火傷はそこまで重症化していなかったそう。どうやら戦いながら増幅させていた永気が、火の熱から皮膚を守っていたらしい。ほんの少しだけ…
「私に傷口を眺める趣味はないぞ…?まあ怪我のわりに元気そうで安心しているが、精神的に辛くないか?元の生活に戻りたくならないか?」
「…そりゃ出来れば戻りたいですけど…、具体的に修学旅行までには…」
そうは言ったが、先生に言われて今一度よく考えてみる。確かに怪我するのは嫌だし、異能犯と戦うのもすごく怖い。でも私は心の中で、何か別の想いも抱いていた。
「でも…何と言いますか…、少しだけ今の現状に満足している自分がいるような気がしてて…」
今までの私は、ただ学校に行ってただ友達と楽しく遊んで、必ず来る明日に備えて今日を終える。そんな一日をただ呆然と過ごしていた…。
そんな時だ、私の日常にとびっきりの非日常が入ってきた。そこで日々戦う人たちと出会って、心から尊敬出来る人たちと出会えて、知らなかった技術を学んで身につけて、自分より強い相手に打ち勝つ…。
大した目的を持たずに人生を歩んできた私にとって、新しい日々は毎日に彩りをもたらせてくれた。本当の事を言うと、今がとても心地いいんだ…。
「別に迷う事はないぞ?嫌なら嫌、ちょっと満足してるならそれでも良いさ。自分の感じたままに進んでこその人生だろ?」
「…! …先生って時々いいこと言いますよね…、時々…」
「おいコラ、なんでわざわざ二回言った?」
先生の言葉で、何だか心が軽くなった様に感じた。前の自分と今の自分、どっちが本当に合っているのか、私は無意識のうちに悩んでいたんだ。
ちょっと悔しいけど…、面倒くさがりで本音漏れやすいけど、やっぱり好きだなぁこの人…。
「まあいいか。ほれ箸、伸びる前に食っちまうぞ」
「いただきま~す!」
心がスッキリさっぱりしたからなのか、先生の奢りだからなのかは分からないが、いつもよりラーメンが美味しいような気がした。
「お前の言った通り美味しかったな、あそこのラーメン。良い情報を手に入れた、他の教師に売りつけるとしよう」
ん?何だか良くない発言が聞こえたような…。時々冗談なのか本当なのか分からないんだよなぁこの人…。
「ところで先生…?なんでをタバコ咥えて火付けないんですか...?」
「ん?これか?実は先生死んだら肺だけは臓器提供するつもりだから、形だけでもと思ってな」
それなら初めから吸わなくてもと思うのだが、きっと先生なりのこだわりがあるのだろう。ちょっと変わった人だしね...
「私がまだ小さかった頃な…、タバコを吸ってる大人がカッコよく見えたんだよ…。まぁなんだ…、大人はな?いつだってカッコよくありたいと思う生き物なんだよ…」
出たよ先生の秘め事ゼロ発言…。言わなきゃいいのに…、この人は本当…
なんて他愛ない会話をしているうちに、いつの間にか家の前に着いていた。まだお母さんは帰って来ていないのか、家の中に明かりは点いていない。
「じゃあ私は帰りますね、ラーメンご馳走さまでした!」
先生にお礼を言って車を降りようとすると、先生に呼び止められた。
「待て朝凪!最後に一つ…、お前に伝えたい事がある」
振り向くと、先生は前を向いたまま話を続けた。
「お前はこれから、嫌でも人を助けるために、危険な異能犯と戦う事になるだろう。その時、真っ先に考えてはいけない事は何か、分かるか?」
「え、う~ん…、よく分からないです…」
考えてはいけない事…、勝てない相手に無理に挑む事だろうか?縮さんも私にそう言っていたような気がする。
「それはな、“死んでも守る、もしくは死んでも助ける”だ…」
そう言われて、頭の中にふとよぎった。御ノ諏タワー周辺での川嶺との戦い。そこで助けた少女に私は、「死んでも守る!」と言っていた。
「真っ先に死んでもなんて考えていると、そいつはいざという時、助かる可能性を直ぐに棄ててしまう。守れたから…、助けられたからと言って、そこで全てを諦めてしまう…」
確かにそうかも知れないと、心の中で思ってしまった。あの時も、篠崎さんが来なかったら、私は諦めていたかもしれない…。
「でも、でもですよ先生?例えそうだとしても、それが隊員の使命なんじゃ?」
「…事実間違いではないし、これは単なる精神論だ。だが、「これで十分」と「まだやれる」では、結果が少しだけ変わってくる。戦いともなれば更にな。だからこそお前には、“生きて守る、生きて助ける”と考えて欲しい」
先生は相変わらず前を向いたままで、表情がよく見えない。いつもかなり適当な人だけあって、どんな気持ちで言っているのか分からない。
少し間を開けて、先生は私の頭にポンッと手を置いた。
「…死ぬなよ朝凪。まだお前は、私の大切な教え子なんだからな」
その時初めて、先生がカッコよく見えた。頭に触れた手から、先生の優しさが温もりとなって伝わってきた。
「任せてください先生!何か危険が迫ったら、私が先生を助けて上げますよ。生きて!」
「その意気だ…、頑張れよ。また教室で会える日を楽しみにしてるよ、じゃあな」
私は車から降りて、遠ざかる先生の車を眺めていた。
「見ていてください…!私は絶対、あの教室に戻ってみせます!そのために絶対、昇格試験に合格します!してやります!」
強い決意を抱いて、私は夜空を見上げた。 昇格試験まで残り十日…、私の戦いの日々は始まったばかり…。
【第9話 決意、そしてその先へ 完】
決意が朝凪を強くする! 次回、昇格試験編に突入!
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