第7話 成長と戦いの兆し
<戦いの技式>
第7話 成長と戦いの兆し
「先週の金曜日、川嶺の身柄確保お疲れ様でした。特に朝凪くんは初の異能犯との戦闘、良い経験になった事でしょう」
川嶺との戦いが終り、怪我の痛みがまあまあ和らいできた頃、私たちは伊敷さんに呼ばれて広間に集まっていた。
「良くないよ!怪我も負って、あわや殺される所だったんだよ!」
「そうですそうです!すごく危ない状況だったんですから!」
事実あばら骨数本にひびが入っており、近くの病院の医師によれば、「全治は大体三日から一か月の間位かも」とのこと。はっきり言って全然信用ならない。
「助かったんだからいいじゃないですか。由くんが助けてくれたんですよね?流石第一支部の角位、頼りになりますねぇ」
由くん?第一支部の角位…、ああ!篠崎さんの事か!篠崎さんってフルネームで、“篠崎 由”って言うんだ。
「由くんから聞きましたよ?めちゃくちゃ泣きまくったそうですねぇ、フフフッ」
縮さんは「ぐぬぬっ」っと言いたげな表情で顔を逸らした。ちなみにあの後、遅れてやって来た桃乃さんもかなり大号泣した為か、桃乃さんもそっと顔を逸らす。
「まあそれでも、周囲の人々に被害が出ないように迅速な対応をしたお二人も、十分よくやってくれましたよ」
縮さんと桃乃さんは「えへへ」な表情で照れくさそうにしている。分かりやすくてかわいい人たちだなぁ、ほんと。
「それで今回の事から感じたのですが、やはり早めに朝凪くんの永気修行を始めた方が良さそうですねぇ…」
「でも朝凪ちゃんには少し早すぎないですか?まだ身体も永気に慣れてないだろうし、最悪気を失ってしまいますよ?」
気を失うの!?永気って思ってたより危険なものなんだ…
「そうは言ってもですねぇ、“昇格試験”が結構近づいているんですよ。それまでに、せめて能力だけでも発現させなければ、恐らく合格は出来ないでしょう」
それは確かに問題だ。私はなんとか香位に上がって、再び学校生活を楽しみたいんだ。欲を言えば修学旅行までには戻りたいのだ。
「あれ?でも伊敷さん、確か香位に上がる条件って【永刃を使用した戦闘実技に合格】ですよね?能力を発現させる必要ってあるんですか?」
「そうだよ!わざわざ急いで能力を発現させなくてもいいんじゃ…」
永気修行より、永刃の修行の方が大事なのではないだろうか?
「朝凪くんが普通の隊員ならそれで問題ないんですけどねぇ…。朝凪くんは一応、【特別処置待遇】扱いなので…」
「ああ~…、そっかぁ…。それなら確かに必要かもね…」
縮さんは何かを納得したように静かに頷いた。嫌な予感がする…、特別ってところが特に…。
「特別処置待遇というのは、特別な事情で巧刃器を手に入れてしまい、正規ではない方法でその人を入隊させる事です」
「普通の隊員と違って香位に上がった時点で、在留するか別の職に就くかを決められるのも大きな特徴だしね」
そういう線引きもちゃんとしてる訳だ。でも少し引っ掛かる…。
「それだけなら別に問題はないんじゃないですか?」
私のその一言に、三人は難しい顔をしてうつむいた。少しの間沈黙が流れ、桃乃さんが口を開いた。
「…えーとですね。正規のルートで入隊した人たちの大半が、特別処置待遇での入隊を好く思っていないんです…」
「入隊試験はかなり倍率が高いから、友達と一緒に受けて自分だけ合格するって事がよくあるの…。だから試験を受けずに入隊した人を忌み嫌って、昇格試験で執拗に狙われちゃうのがテンプレになってて…」
なるほど…、それは困った。ただでさえ私は、今まで戦いとは遠いところに居た女子高校生だったというのに…。
「今までにも数件、特別処置待遇を受けた隊員が昇格試験で大怪我を負わされています。朝凪くんもそうならない様に、せめて能力だけでも持っていないと不安なんですよねぇ…」
「確かに…、その話を聞いた後じゃ、普通に試験には挑めないですね…」
そんなこんなで、私は今支部内にある畳の部屋で正座をしている。座布団の上で…。少しそこで待っていると、伊敷さんは両手サイズの石を持って部屋に入って来た。
手に持っている石からは、何やら不思議な雰囲気を感じる。
「これはそこの庭で拾ってきた普通の石ですが、私の永気が込められています。これを持って、何を感じますか?」
渡された石を受け取ると、まるで大きな水風船を持っている様に感じた。本来ならば冷たく硬いだけの石の表面も、触れているだけの感覚だと、ブヨブヨしてて少し温かい。
更に集中すると、石の中に水が入っている様に感じた。揺らさず持っているのに、中から感じる水のような永気は荒れ狂う高波のようだ。
「今からやって貰うのは、その荒れ狂う永気を静めて穏やかにする修行です。神経を集中させ、石に流れる永気の全てに意識を通わせるんです。
流れを感じたら、次は少しずつその流れが穏やかになるようにイメージします。後は込めた永気の全ての流れを止めるだけ、簡単でしょう?」
確かに簡単だ、聞く限りでは…。話を聞きながら試しにやってみたが、思ったよりも全然変化しない。これは相当苦労するのが見えた…。
「では早速始めましょう。私は近くにいるので、何か質問があれば何時でもどうぞ」
こうして私の修行が始まった。目を閉じて意識を高め、石に巡る永気に集中する。
目を閉じると、その動きがよく感じ取れる。永気はより強くより高く、まるで石自体が揺れている様だ。
その後も黙々と修行を続けるが、時間が過ぎるばかりで何も進展しない。時間が経てば経つ程、集中力が薄れて永気を感じれなくなっていった。
「今日はここまでのようですね。この修行はかなり精神を削りますから、今は一日一時間が限界ですね」
そう言われて気を緩めると、自分がすごい量の汗を流していた事に気付いた。少し目眩がしてくらくらする。立ち上がろうしたが上手く立てず、腰が抜けた様に後ろに座り込んでしまった。
「おやおや、随分とお疲れのようですねぇ。永気に変化はありませんが、それだけの集中力があれば直ぐにでもこなせるようになるでしょう」
そうは言ってくれたが、全くそうと思えない。それ程までにこの修行は難しく、苦しいものだった。先が思いやられるなぁ、これは…。
それからの数日間は同じ修行を繰り返した。午前中は永気修行と体力作り、昼食を挟んで午後は永刃修行を行い、任務があれば同行して戦いを見て学んだ。
そして永気修行を始めて20日目、永刃の扱いはかなり上達し、打ち込みも別人のように速く強くなっていた。永気修行の方も…
「思ってたよりも早かったですねぇ。朝凪くんの筋が良くて助かりますよ本当」
「私もちょっと信じられないです。始めたての頃は一年掛かるんじゃないかと思いました…」
なんとか私はコツを掴むことに成功し、見事あの荒れ狂う永気を制御する事が出来たのです!掛かる時間も日に日に早くなり、今では五分程で出来る様になりました!
「ではいよいよ、実際に自分で永気を発する訓練に移りましょうか」
伊敷さんの後を追って、私は広い庭にやって来た。奥の方で鍛錬している縮さんと桃乃さんと目が合い、手を振った。
「それでは早速始めましょうか。まず永気を発すると言っても、朝凪くんは既に永気を発している自覚はありますか?」
「私がですか?う~ん…、特に今までと変化は感じないですけど…」
集中して永気の流れを感じようとしたが、やはり何も感じない。
「人間は基本的に誰であっても、皆平等に永気を発しているんですよ。道行くお年寄りや生まれて間もない赤子ですらね」
普段から放出していたのか…。それが当たり前の事だから気付くことが出来なかったって事だろうか?
「正確に言えば、“永気を発する”のではなく“永気を増大させる”ですね。今出している永気量を1だとするなら、自分の意志で5にでも10にでも増大させていくイメージです」
伊敷さんはまた簡単そうに言うが、きっとこれも難しいのだろうな…。順序で言えばこうかな?
1.まず永気を増大させる 2.増大させる永気量の振れ幅を調整する 3.出来るだけスムーズに の三つかな?詳しくは分からないけど…。
「ではやってみましょう。自分の身体を、永気が込められた石だと思ってください。そして今度は、静めるのではなく更に荒れさせるイメージを持ってください」
目を閉じて言われた通りにイメージを浮かばせる。身体中を巡る永気が、体内で渦巻いて荒れ狂う様な、押し寄せる永気の波が壁を壊すようなイメージを頭で描く。
すると段々、自分の周囲に永気の流れを感じ始めた。皮膚をなでるように静かに流れる永気を、私は自分から少しずつ離れていくイメージをした。より広い範囲で自分を包み込むようなそんなイメージを…。
十分が経過した頃、伊敷さんに「目を開けてみてください」と言われ、ゆっくりと瞼を持ち上げた。目には何も映らなかったが、明らかにさっきとは違うことが感じ取れた。
「おお…!すごいです…!まるで体の周りに空気の層が張り付いているかの様な…、そんな感じがします…!」
「上出来ですよ朝凪くん。ではその状態のまま、永刃を持ってみてください。それだけの永気があれば、きっと変化が起きますよ」
変化とは何なのか分からないが、とりあえず言われた通りに永刃を右手に握った。
「…特に変化はなさそうですけど…、もしかして私才能がなかったりしますか…?」
「そんなことはありませんよ。ほら、刃の付け根の部分をよく見てください」
言われた場所に目を向けると、薄っすらと文字の様な物が浮かび上がっていた。少しずつはっきりと見えてきたその文字は…、
【適応】
ただその文字が一つだけ浮かび上がって、変化が終わってしまった。
「何ですかこれ…?なんか呪いの言葉みたいに浮かんできましたけど…」
「それは朝凪くんの能力を示した文字です。つまりたった今、朝凪くんには【適応】という能力が発現したって事です」
これが…、私の能力…?見ただけではどんな事が出来るのか見当もつかない。
「能力は発現したので、あとはどんな事が出来るのかを地道に探るしかないですね」
今すぐ使えるわけじゃないんだ…。まあしょうがない…、色々と試してみようかな…。
なんて考えていると、支部全体に緊急通報が入った。
[報告!東京第三支部に報告! 現在“中央区穣門”にて暴動が発生!永刃の不当所持者を確認!人数、目的共に不明!直ちに現場に急行せよ!]
「おやおや、困りましたねぇ。縮くん、桃乃くん、直ぐに出撃の準備をしてくださ~い。朝凪くんも同行をお願いします」
増幅させた永気を抑え、急いで支部内に戻ろうとすると、伊敷さんに声を掛けられた。
「朝凪くん、今までは戦いを見るだけと指示していましたが、今回は恐らく規模が大きい…。状況に応じて、朝凪くんも戦ってください。その時は十分お気を付けて」
永刃を握る手に力が入る。心の中で覚悟を決め、縮さんたちと一緒に目的地に向かった。
[東京都 中央区 穣門]
到着すると、そこはパニックに陥っていた。市民は逃げまどい、怪我を負っている人も確認出来る。状況はかなり悪いようだ。
「住民は警察が保護してくれるそうだから、私たちは先に進もう!二人共、十分注意してね!」
「はい!」
「はい!」
逃げる住民と反対の方向に走っていくと、徐々に景色が変わってきた。建物のガラスは辺りに散らばり、炎上する車もあった。きっと敵が近い証拠だ…!
大通りを真っ直ぐ進んで行くと、目の前に十人ほどの集団が現れた。手には永刃らしきものを握っており、あれがこの騒動の原因だろうか…?
「おい見ろよお前ら!あいつらも永刃を持ってる、どうやら俺たちに挑む気のようだぜ?」
「マジか?しかも女じゃねえかよ!」
「可愛がってやろうぜ?俺たちに歯向かったらどうなるかを体に刻み込んでやるよ!」
全員やる気満々って感じだ…。でも永気修行のおかげで、この人たちの永気を少し感じられる。どの人も私より永気が多くない、これなら私でも勝てるかもしれない…!
男たちは一斉に斬りかかってきたが、動きが遅く簡単に防ぐ事が出来た。川嶺に比べてみても、明らかに経験が足りていないのが伝わってくる。
相手の永刃を外に受け流し、その生じた隙に素早く一撃を入れる。縮さんから教わった動きがしっかり身に付いてる…!私もちゃんと戦える…!
その後は直ぐに戦いが終わった。私は二人、縮さんと桃乃さんが四人ずつ倒した。
「思ったよりもずっと早く終わりましたね。なんか拍子抜けです…」
「確かに…、こいつら全員能力も発現してなかったし、この程度なら警察だけでも対処出来そうな気がするしね…」
ここに到着してからまだ僅か数分しか経っていない。縮さんの言う通り、少し妙な気がする…。まだ何か残っているようなそんな感じが…
八階建ての屋上から戦いを見ている人影が二つあった。
「ねえ、あの人たち、やられちゃったよ?いいの?助けなくて?」
「構いません。彼らはあくまで捨て駒ですから、もう十分働いてくれました。本番はここからですよ?せいぜい楽しませて欲しいものです…」
事件はまだ終わらない…、脅威がまだここに潜んでいる。陽の光に照られた鎌の耳飾りが、怪しく光を反射させる。
【第7話 成長と戦いの兆し 完】
【死を招く厄】再び現る!その目的は一体… 次回に続く!
[宜しければ、感想やブックマーク等をよろしくお願い致します!]