第64話 零れ
<戦いの技式>
第64話 零れ
<〔Perspective:朝凪〕>
あれから数日が経ち──学校では川嶺によって生じた校舎への被害を直す工事が行われ、少しの間お休みになった。
その間に学校側では記者会見が行われ、その様子を私も家のテレビから見た。当然これは大ニュースになり、連日取り上げられていた。
やがて工事が終わり、学校にも元通り生徒が通い始めたその裏で…もう1つの出来事が起きていた…。 ──私の退学である…。
理由はどうあれ…規則を破ったのだから当然の処分だ…。私も反抗したりせず…ただ先生方に頭を下げて退学を受け入れた…。
学校側は私の退学を秘匿にしてくれたおかげで、私の下に記者が集まることはなかった…。最後まで…迷惑を掛けてしまった…。
だが秘匿になったせいで…私は結局クラスの誰にもお別れを言えぬまま去ることになった…。きっとまた皆混乱してるだろうなぁ…。
“後でね…”って約束したのに…、巴ちゃんたちとも会う事はなかった…。
徐々にお日様が下を向く午後…、皆が午後の授業に精を出しているであろう時間に…、私は暗い表情で帰路を辿っていた…。
いつもは賑やかに映る商店街も…なるで薄暗い路地のように見えてしまう…。食欲も沸かず…気分も晴れない私は…、下ばかりを向いてただ歩いていた…。
自分が今どんな表情なのか…どんな感情を抱いているのかさえ…ちっとも分からない…。ただずっとクラスの皆を…ナキちゃんたちを…先生方の事を考えていた…。
そんな状況のまま私はただ当てもなく歩き続けていた…。もうどれくらい時間が経ったのかも分らぬまま…──
「──あれっ? おーいっ! 朝凪ちゃーん! 何してるんですー?」
不意に誰かに呼ばれて声の方に顔を向けると、私は第三支部の門の前に差し掛かっていた。無意識にここまで来ていたようだ…。
支部の前には、ほうきを持って門から入口までの道を掃除していた桃乃さんの姿があった。大きく腕を振って私に呼び掛けている。
──その時ふっと涙が溢れてきた…。今までずっと自分の中に溜め込んできた様々な感情が…ぐちゃぐちゃになって頭の中に溢れていく…。
私は小走りで駆け寄って、桃乃さんに飛び込んで声を上げながら泣いた…。恥も外聞もなく…ただ自分の感情を桃乃さんにぶつけた…。
「わあああああああん…!! 桃乃ざぁぁん…!」
「えっ!? えっ!? ええっ!? どうしたんですー朝凪ちゃん…!?」
‐16:20‐
「──いしょっと! ふぃー…疲れたぁ…」
「情けないですネェ、スーパーから支部までは言うほど遠くないでしょうに。縮くんはもっと筋力をつけないとですネェ」
<〔Perspective:縮〕>
近くのスーパーで半額祭なんて目玉イベントやってたら…そりゃちょっと買いすぎちゃうよね~それは~。
でもやっぱりちょっと買いすぎちゃったかなぁ…、食材がダメにならなきゃいいけど…。まあ最悪支部長にめちゃくちゃ食わそう…そうしよう…。
重いエコバックと苦戦しながらドアを開けてなんとか帰宅…帰宅…? なんて考えてる場合じゃないや…! 速くキッチンに荷物を──ん…?
「おやおや、やはり桃乃くん以外の人が支部に来てましたか。それにこの気配は…、何かあったんですかネェ?」
玄関には桃乃ちゃんの靴とは別の靴があった。でも両方とも靴が散らかっている…桃乃ちゃんはいつも綺麗に並べてるのに…。それにこの靴…もしかして…──
気になった私は荷物を一旦玄関に置いて、応接間へと駆け足で向かった。
「ただいまー。もしかして朝凪ちゃん来てる?」
「あわわ…! 縮さんシーッですシー…ッ!」
応接間のソファーに座っていた桃乃ちゃんと目が合うと、直ぐに声量を抑えた声で静かにするようにお願いを受けた。
いまいち状況が理解出来なかったが、視点をすこし下げるとその意味が直ぐに分かった。そこには桃乃ちゃんの膝枕の上で寝息を立てる朝凪ちゃんが居た。
久し振りに朝凪ちゃんの顔を見れて嬉しかったが、よく見るとちょっと様子が変だった。目の周りが少し腫れているような…。
「…何かあったの…?」
「はい…実はー…」
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
「──あー…それは泣いちゃいますネェ…。大の大人でも堪えますヨ…」
「ね…こんなのあんまりだよ…、可哀想に…こんなに泣いちゃって…」
朝凪ちゃんの目に浮かんだ涙をそっと指で払って、優しく頭を撫でた。朝凪ちゃんを見てると胸が締め付けられるように痛む…。
私や桃乃ちゃん程泣かない朝凪ちゃんが泣き疲れて寝ちゃうなんて…、味わった悲しみはとても計り知れない…。
「ねえ支部長…なんとかならないかな…」
「──こればっかりは学校の方針ですからネェ、L-gstにどうこう言う権利はありませんよ…残念ながら…」
そう言って支部長は応接間のテレビをつけると、画面にはちょうどその事件の事が取り上げられていた。
「──学校側は…今回の異能犯襲撃の目的を〝朝凪くん〟から〝生徒〟に置き換えて記者へ伝えている…。せめてもの学校からの配慮ですよ…、世間の目から朝凪くんを隠したのでしょう…」
すなわちこれが限界ってことか…。退学になった朝凪ちゃんが変に騒がれないように…、その後の人生に悪影響が及ばないように…。
私はまた指で浮かんできた涙を払った…。辛い話…朝凪ちゃんはただ生徒と教師を守る為に戦ったというのに…。
「──修学旅行に行く為にここまで頑張ってきたのに…、優しさがこんなにも牙をむくなんて…辛すぎるよ…」
“──ピンポーン”
「おや、誰でしょうか…呼び鈴を鳴らすなんて珍しいですネェ」
いつも元気一杯な天真爛漫さを知ってるからこそ…、起きた後の朝凪ちゃんに会うのがとても不安で…とても怖い…。
人の心は一時の絶望で簡単に裏返っちゃうものだから…。救いがあれば元に戻れるだろうけど…今の私たちは救いになれるのかな…。
私はもう一度朝凪ちゃんの頭を優しく撫でた…。──せめて…これで朝凪ちゃんの心が少しでも癒えるのを信じるしかない…。
「──さあさあ入ってください、あっそこの段差には気を付けてくださいネェ」
玄関からは支部長が誰かを招き入れている声と、その人物の足音が聞こえる。それも1人じゃない…複数人…?
「縮くん、応接間では少し狭いですからダイニングの方へ案内してあげてください。私はお茶とお菓子を用意しますので」
そう言って支部長はキッチンへ隠れてしまった。全然気が晴れないけど…ひとまずちゃんと対応しなくちゃね…。
「ダイニングはこっちです。えっと…どなたでしょうか…?」
「あっえっと…私たちは…──」
「──んっ…──あれ…? 私…いつのまに寝ちゃったんだろう…」
<〔Perspective:朝凪〕>
私はぼやける目を擦りながら体を起こした。応接間には誰もおらず、カーテンは閉まっていて…時間はもう18時を過ぎていた…。
起きても気分は落ち込んだまま…なのに妙に頭だけは冴えていた。珍しく悪い夢を見なかったからなのだろうか…。
──やっちゃったなぁ…私…。自分のせいでこうなったのに…、桃乃さんに全部吐き出しちゃって…泣きついちゃって…、ダメだな…私…。
帰ろう…桃乃さんに謝って…。ちゃんと自分の中で整理しないと…自分が自分でなくなっちゃいそう…。
「──あっ! 朝凪ちゃんおはよう。…気分はどう…?」
「えへへっ…、まだちょっと…沈み気味ですね…」
エプロン姿でキッチンから出てきた縮さんに、私はぎこちない笑顔で答えることしか出来なかった…。
「そっか…無理しないでね…。──って言ったけど…ちょっと今大丈夫かな…? 実は今お客さんが来ててね…?」
「お客さん…ですか…?」
少しふらつく足取りで縮さんの所まで歩いて行くと、お盆の上にはお茶の入ったカップが7つ置かれていた。
追加で縮さんは私の分と言って合計8つのカップが並んだ。どうやらそのお客さんは複数人らしい…、珍しいことだ…。
「──よっと。それじゃあ朝凪ちゃん、これをダイニングまで運んでくれる? 私も茶菓子持って直ぐに行くから」
「はい…分かりました…」
誰が来ているのかを問う事もせず、私は指示に従ってお盆を運んだ。ダイニングはキッチンを挟んで応接間の反対にある。
失礼のないようにと意識しても…気分が上を向かないから顔も上がらない…。結局ずっと俯いたままダイニングに到着した…。
「お茶…入りましたー…」
「おやおやようやく起きてきましたか、そろそろ起こしに行こうかと思っていたところでした。──ほら朝凪くん、君のお客様ですヨ」
伊敷さんにそう言われて初めて私は顔を上げた。中央に置かれた大きめのダイニングテーブル、その椅子に座る6人の姿。
その内2人は伊敷さんと桃乃さんで、肝心のお客さんは4人。テーブルの手前に背中を向けて座っている4人は、一斉に私の方に体を向けた。
「おうっ、起きたかねぼすけ。──ヒデー寝ぐせだなそりゃ…」
「せ─先生っ!? なんでここに…!? 仕事は…? もしかして職務放k」
「違え…」
予想だにしていなかった光景が視界に飛び込んできたことで、ようやく脳が完璧に目覚めた。視界もさっきより明るく見える。
「よ…よォ朝凪…! えとっ…あ、遊びに来たぜ…?」
「ほんとにスゲー寝ぐせダナ…。どうなってんダその3本のアホ毛…」
「朝凪、ちゃんとまた会いに来たわよ」
「皆まで…! ──もしかして皆も退学になt」
「なってねえ」
「なってネエ」
「なってないわ」
もう会えないと勝手に思っていたからか…なんだか目頭が熱くなる…。涙が枯れるだけ泣いた筈なのに…その気になれば同じだけ泣けそう…。
流石に皆の前で大号泣するわけにはいかないので、涙をこらえて皆に抱きついた。──バレないように目をこすった…。
「──でもでもなんで…? なんで支部に来てるの…?」
「あーそれな、それ結構長い話になるから私の方から説明するよ」
私は巴ちゃんの膝の上に座って、先生たちが今に至るまでの経緯を聞いた。
どうやら今日は1時間目の授業を削って、2年生全員に川嶺襲来のことを詳しく説明する時間を設けたそうだ。
そこで伝えた内容は──川嶺の目的、私の退学の経緯、穂岬先生が特別処置待遇を受けていることの3つらしい。
「──B組の皆に説明するのは分かりますけど…なんでわざわざ2年生全員に?」
「この後修学旅行が控えてるからだな、話戻るぞ」
修学旅行が控えてるから…皆に私の退学を…? 頭にハテナを浮かばせながらも、先生の話に耳を傾ける。
「学校の記者会見はお前も知ってるだろうが、その後に保護者への説明会も開かれてな、当然修学旅行についての問答もあった」
川嶺の襲撃という…学校側も保護者側も予想だにしていなかったであろうアクシデント…。
学校側は──高校生活で一度だけの大イベントである修学旅行、可能ならば中止にはしたくないという意見。
対して保護者側は──異能犯が捕まりはしたが、未だ生徒が狙われる危険性は残っている為、納得のいく安全が保証されてなければ修学旅行には反対という意見。
保護者の意見はごもっとも、我が子の命がまたいつ異能犯に狙われるか分からないんじゃ不安で仕方ないだろう…。
だが安全の保証なんてそう簡単に出来るものじゃない…。先生が居るとは言っても2年生全員で80人近く居る…、とても1人じゃ無理だ…。
「流石に私等教師陣も大困惑…、学校が休みだった間…何度も何度も職員会議の繰り返し…。気が滅入っちまったぜほんと…」
「うおぉ…岬先の目が死んだ魚みたいに…」
4日間の休みの間ずっと…!? ──おぉ…キッツぅぅ…。それだけやっていい案が浮かんでいればいいけど…。
「──だがそんな時…私の頭に名案が浮かんだのだ…! 保護者を納得させつつ、生徒にも大満足してもらえる名案がな…! ──特にお前の為のな…朝凪」
「むぅ…? 私の為…ですか…?」
在校生ならいざ知らず…私の為に…? ──もしかして私の退学取り消しとか…!? これは…期待してもいいのか…!?
私も皆と一緒に──修学旅行に行けるのか…!?
「まあお前の為っつっても退学がなかったことにはならないわけだが…」
「うわぁぬか喜びィ…! めっちゃ期待しちゃいましたァ…! ──うえぇ…なんかまた落ち込んできちゃいましたぁ…」
「落ち込まないで朝凪。まだ話は終わってないわ」
そう巴ちゃんに励ましてもらったが…ここからどう私に関係してくるのかがまったく分からない…。
希望の光は絶やさずに、期待を持って先生の話に耳を傾ける。
先生は職員会議が煮詰まってた時に、たまたま見た記者会見のニュースからヒントを得て、校長先生に直談判したという。
木実先生と空見先生の2人の協力も得て、職員会議で案を押し通したらしい…。穂岬先生に空見先生かぁ…、強い絵面だなぁ…。
「保護者は皆…〝生徒〟が狙われてると思ってるからな…、そこでこんな提案をした。〝生徒の安全の為に、L-gstの隊員を護衛に付けよう〟っとな」
「隊員を護衛に…? そんな事出来るんですか?」
「かなり稀有ですが一応可能ですよ。通常護衛依頼は他国のお偉いさんなんかがして、基本的に玉位が担当するんですがネェ」
ほえー、そうなのかぁ。護衛ねぇ…護衛…──あっもしかして…!
「生徒を守る護衛という態で、お前も修学旅行に連れていける事になった。ほら喜べ朝凪、泣いて喜べ」
「うわああああああん…っ!! 嬉しいですゥ先生ェ…!!」
「本当に泣くなや…──ってか泣きながら抱きつくな…っ!」
「うんうん…良がったなぁ朝凪…──うおおおおおん岬せーん…っ!!」
「なんでオメーまで泣いてんだ…っつか抱きつくなっ!!」
感極まって大号泣──でもそれは先の涙とはまるで違う嬉し涙…。掌から零れず残ったほんの僅かな小さな光…、溢れる涙が止まんない…どんどん出てくる…。
謎に大泣きしているナキちゃんと一緒にずっと泣き続けた。諦めたようにため息をつく先生の胸の中で──湿っていく服の温もりを感じながら──。
【第64話 零れ 完】
不幸中の幸い、念願の修学旅行を手の中にっ! 次回に続く!
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