第6話 格の違い
<戦いの技式>
第6話 格の違い
川嶺に襲われ、御ノ諏タワーから離れた路地に逃げ込んだ朝凪は、永刃を強く握って身構える。
「お前みたいなガキが、俺と戦うつもりか?残念ながら助けは来ないぜ?お前の連れと分断するようにここまで追い立てたからな…!」
ご親切にどうも…。せめてもの希望すら、あんまり期待出来ない状態になった訳だ…。でも退くわけにはいかない…!せめてあの子がもっと離れるまでは…、時間を稼ごう!
「逃げねえってことは…、俺と戦うって事だよなぁ!良い声で鳴いてくれよぉ…?そうでもねえと、面白くねえからな!!」
全てを言い切る前に、川嶺は強く一歩踏み込んで斬りかかってきた。予想を遥かに超えるスピードに、攻撃を防ぐまでが間に合わない!
全神経を集中させて、攻撃を左に躱す。動体視力に自信があって良かったと心から思った。
「チッ!避けたか…、運の良い奴め…!だが次もこう上手くいくと思うなよ?」
再び川嶺は斬りかかってきたが、スピードはさっきよりも格段に上だった。だがこっちもその行動は読めていた為、今度はしっかり永刃で防ぐ事が出来た。あわよくばカウンターをしようと思っていたのだが…
次の瞬間には、大きめの室外機に衝突していた。川嶺から離れているのを見ると、恐らく私は弾き返されたのだろう。
体制を整えたいが、川嶺は追撃しに距離を詰めて斬りかかってきた。防ぐのも間に合わないと判断し、一か八か倒れ込む様に前に体重を掛けて回避した。
「ちょこまかと動きやがって…!雑魚のくせに手間取らせんじゃねえよ!!」
随分とご立腹、攻撃も更に激化するだろうな…。しかもあの室外機…、綺麗に真っ二つにされてる。それも壁ごと…、これは能力だ…!印も結んでないから幡式じゃないし…!
詳しくは分からないけど、物を切断する系の能力である事は間違いない筈…。それなら次は、能力派統を見分けなきゃ…!
~昨日の事~
「朝凪くんに質問です。能力者と戦闘する場合、最も大事なことは何だと思いますか?」
「大事なこと…、死なないことですか?」
たとえ勝てずとも、生きて敵の情報を仲間に伝える事だろうか?なんて思っていたのだが…
「無難な回答ですねぇ。明確に間違ってはいませんが、正解ではありません。最も大事なことは、よく“観察”することです」
観察?筋肉量でも見るのだろうか…?それとも内面を見るのかなぁ…?
「敵が能力者である以上、普通ではない超常的な現象が必ず起きます。その時、それが相手の素の能力によるものなのか、それとも幡式を利用しているのかを見分ける力が求められます」
観察ってそう言う意味か。私あんまり自信ないなぁ…。
「幡式は片手で印を結ぶ必要があるので、注意深く観察をしていれば見抜くのはそう難しいことではないです。それが分かったら、次は能力派統の分別をすると良いでしょう」
(川嶺の永気は見えないけど…、永刃の周りから強く感じる…!しかもそこから離れる様子もないし、川嶺は恐らく技功系だ。死角からの攻撃は多分ない筈…)
「考え事は終わったか?何をしたって結果は変わんねぇぞ!」
あんまり考えている時間も与えられず、川嶺は姿勢を低くして走ってきた。今までと違う構えに、どんな角度から攻撃が来るのかが分からない。
一歩後ろに下がり、永刃を体の前に構えて防御の姿勢を取った。
川嶺は永刃を逆手に持ち、右斜め下から斬り上げてきた。なんとか体を逸らし、永刃で受け流すことに成功したのだが、がら空きの腹部に蹴りを入れられた。
体は大きく後ろに飛ばされ、ゴミ捨て場に突っ込んだ。ゴミ袋が衝撃を少し吸収してくれたが、蹴られた部分がひどく痛む。呼吸がしづらく、直ぐに立ち上がれずにいる。
「何だぁ?痛くて立てねぇのか?悪いが立てるまで黙って見てる程、俺はお人好しじゃねえからよ…、ここで死にやがれ!」
なんとか片膝を立てられたが、しっかりと立ち上がるにはまだ少し時間がいる。無慈悲にも川嶺は距離を詰めて近づいてくる。
私は咄嗟に近くにあったゴミ袋を投げ、全身に力を込めて永刃を振った。袋は簡単に破けて、その中身をぶちまけた。
「クソ!小癪な真似しやがって! …あん?どこ行きやがった…?」
ゴミ袋で気を引いている内になんとか逃げ出すことが出来た。あの少女も遠くに逃げれた筈だし、私はどうにかして縮さんの所に向わないと、今度こそ殺されてしまう。
追いつかれないように他の路地をジグザグ進んで行くが、蹴られた部分が痛んで速く走れない。
少し行くと広い道路に出たが、そこには既に川嶺が待ち構えていた。川嶺はイラついているのか、近くの車を手当たり次第に斬りつけていて、交差点がパニックになっている。
「どこ行きやがったガキ!!どうせ近くにいるのは分かってんだよ!!早く出てこないと通行人も斬り刻むぞ!!」
川嶺はかなり危険な状態だ…。今はまだ車で済んでいるが、直に無関係な人間にも本当に危害を加えかねない。やっぱり…、戦うしかない…!
お腹の痛みを我慢して、川嶺の前に飛び出した。五台目の車を斬り終えたところで目が合った。
「ようやく来たか…、そこら辺の適当な奴を斬り殺そうかと思ったぜ?」
「本当は嫌だけど…、無関係な人を巻き込むわけにはいかない!やってやる!!」
お互い同じタイミングで永刃を構え、同時に斬りかかる。刃がぶつかって火花が散り、私はなんとか飛ばされないように耐えるので必死だった。
守ってばかりでは勝てないと、こっちも攻めに転じて斬り返すが、ことごとく弾き返されてしまう。
「ほらほらどうしたぁ?そんなんじゃいつまで経っても俺に傷一つ付けれないぞ?」
川嶺は余裕の表情で私の攻撃を捌いていく。それどころか遊ばれているようにも感じる。
振りを早くしたいが、強く振る度にお腹が痛んで握る手が弱まる。
このままではいずれスタミナ切れでやられてしまう…。一か八か左足を前に出し、全力で一撃を食らわせようと強く振り下ろした。
だがそれも簡単に受け流されてしまい、返しに同じ箇所に重い一撃をもらってしまった。体は物凄い速度で後方に飛ばされ、真っ二つに斬られた車に衝突した。
「もう十分力の差が分かったろ?素直に降参すりゃあ、そんなに時間を掛けずに殺してやるぜ? …どうする?それでもまだ闘るつもりか?」
川嶺はゆっくりと歩を進めて近づいてくる。もう永刃を握る手に力が入らない…、本当にヤバい状況だ…。
なんとかこの状況を打開しようと、割れたフロンガラスの部分から社内に手を伸ばし、使えそうな物を探す。すると、手にとある物が触れた。
これを上手く投げれれば、なんとか切り抜けられるかもしれない。だが遠くに投げられるだけの体力はもう残っていない。十分に引き付けて投げなければ、私はきっと殺されるだろう…。
「何だぁ本当に諦めんのか?最期まで無様に抵抗して欲しかったんだがなぁ、俺はよぉ…」
残念そうな顔をしながらじりじりと近づいてくる。もう少し近づいてくれれば実行に移れるのに、失敗すれば殺される恐怖がじわじわと私を包んでいく。
一歩、また一歩と距離が詰まっていき、およそ五メートル程まで近づいたのを確認し、私は残る全ての力を込めて手の中の物をぶん投げた。
私が手に取ったそれは、ライターだった。恐らくこの車の持ち主がタバコを吸っていたのだろう、今はそれに救われた。
車を斬ったことで、辺りにはガソリンが広がっている。今火の着いたライターが触れれば…
直後物凄い爆発が起こった。辺りの物を爆風が散らし、くらっとする程の熱風が周囲を襲った。
「う、うぅ…、私はちゃんと…、生きてますか…? …はい、生きてます…」
ライターが地面に落ちるよりも速く、私は車の運転席に転がり込んでいた。爆発の衝撃でエコバッグが膨らみ、衝撃を緩和してくれたのだろう。よくやったすごいぞ私…
動かない体に鞭を打って、這いながらなんとか車の外に逃げ出すことが出来た。流石にこの爆発だ、直撃しないように気を付けたが、それでもかなりのダメージになった筈…。
「この、クソガキがぁぁ!!もう容赦しねぇぞ!!バラバラにしてやる…!」
(まずいことになった…。思ったよりも全然ピンピンしてるよ…。あの手に持っている物は車のドア?まさか爆発の寸前にドアを切り離してそれを盾にしたの!?)
川嶺はもう手加減しない、本気で私を殺しに来るだろう。全身が痛くて腕も脚もまともに動かない、正直もう打つ手がない…。
川嶺は私の前に立ち、永刃を振り上げた。諦めずに必死に身体を動かそうとするが、やはり動かない。そして川嶺は永刃を私に振り下ろした。永刃は見事に私をすり抜けた。すり抜けた…?
川嶺も何が起きたか分かっていない様子で、その後も何度も私に向けて攻撃を仕掛けるが、ことごとく私をすり抜けていった。
ふと周囲に注意を向けると、半透明なドーム状の膜の様な物が確認できる。これは…、永気だろうか?ひょっとして私の能力が発現したのだろうか?
「やっほー新人ちゃん!間一髪だったね、大丈夫?後は俺に任せて、ゆっくり休むといいよ」
声のする方に顔を向けると、建物の上でかがんでいる篠崎さんの姿があった。
「篠崎さ~ん…、助けてくれてありがとうございます~…」
じゃあこれは篠崎さんの能力なんだきっと。なんだか少しガッカリしてしまった…。
「おいテメェ!!これはテメェの仕業か!!早くこれを解け!こいつを殺せねえだろうが!!」
「そうさせない為にやってるのに、わざわざ解くはずないだろう?あまり知能指数は高くないみたいだね」
何故か篠崎さんは挑発的な言葉を掛ける。出来ればあまり刺激しないでほしい…、本気で恐怖を感じるし、正直ちびりそう…。
「提案があるんだけどさ、大人しく降参して捕まってくれない?そうすれば無駄に永気を消費しなくて済むんだけど…」
「テメェの都合なんか知るか!降りてこい!降りて俺と戦え!!」
川嶺は話が通じる状態ではなさそうだ。このままだとまた無関係な人や周囲の物を斬り刻む恐れがある。
それを分かってか、篠崎さんも降りてきた。
「とっとと永刃を構えろ…、テメェの身体を関節ごとに切り分けてやるよ…!」
「ん~、それはとっても面白そうな提案だけど無理そうだなぁ。どうやら君と戦うのは俺じゃないみたいだからさ」
一瞬何を言っているのか分からなかったが、それも直ぐに理解することになった。
突然感じたことがない圧倒的な気配が場を包んだ。冷や汗が出てくる程の気配の発生源に、ゆっくりと顔を向けると、そこにいたのは縮さんだった。
無意識になのか分からないが、縮さんから黒い永気が溢れている。あれは確実に…、怒っているだろう…。矛先が私でないことを祈るしかない…。
「なんだ、あいつは…!なんだこの…、でたらめな永気は…!」
川嶺も冷や汗をかいてたじろいている。遥か格上の相手であることが理解出来たようだ。
「よくも…、よくも私の大事な後輩を傷つけたな!!覚悟しろよ川嶺ぇ!!!」
思った以上に本気で怒ってるっぽい。もう既に川嶺よりもずっと怖い。五倍怖い…。
「おい縮~!新人ちゃんは俺が守っておくから、好きに暴れていいぞ~!」
そう言って篠崎さんは私の傍に降りてきた。かと思ったら直ぐに私を連れて建物の屋上に移動した。これで地上には川嶺と降りてきた縮さんの二人になった。
「少し驚いたが…、所詮は永気が俺より多いだけのことだ!俺の能力があれば勝敗には何の影響もありはしない!ぶった切ってやるぜ!!」
川嶺は強く踏み込んで一気に前に出た。私の時よりも格段に速度が上がっているのを見ると、さっきは全然本気じゃなかったのだろう。
素早く間合いを詰めて強く永刃を斜めに振り下ろしたが、縮さんはそれを華麗に躱した。そして返しざまに一撃を食らわせた。
かなりいい当たりだったのか、僅か一撃で沈んでしまった。あんなに苦労したのに…、爆発でも全然ピンピンしてたのに…。何故かちょっとショックだ…。
「うぇぇ…?まさか瞬殺…?もうちょっと出番上げても良かったんじゃないか…?」
「私もちょっとだけ…、そう思いました…。少しだけ同情します…」
縮さんが川嶺を拘束している間に地上に降りると、縮さんがすごい勢いで近づいてきた。
「うわぁぁああ!!朝凪ちゃんごめんねぇぇ!!助けに来るの遅くなっちゃてえぇぇぇ!!」
抱きつきながらめちゃくちゃ号泣している。さっきの鬼人の様な縮さんは一体どこに行ってしまったのだろうか…。まあ別に居てなくていいのだが…。
「大変だったんだぞ本当に?縮の奴ってば軽度のパニックに陥った上に、泣きじゃくってたせいで電話で何言ってるのか殆ど分からなかったからな…」
「そうだよぉぉ…、本当に心配したんだよぉぉぉ…、うえぇぇえええん…」
想像以上に心配を掛けてしまったようだ。今後は気を付けなければ…。
その後も縮さんは泣き止まず、川嶺の身柄は第一支部の隊員達が連行していった。私の初戦闘は実質負けの様なものだ。 私ももっと、強くならなきゃ…!
【第6話 格の違い 完】
初戦は敗北、経験の違いが身に染みる。次回!永気の修行が始まる!
ちなみに川嶺の能力は【切味】です。
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