第57話 問題児
<戦いの技式>
第57話 問題児
「──貴方…今何をしたの…!? 女の貴方が私の髪の鎧を切り裂くなんて…そんなのありえないじゃない…!?」
「ありえなくは無いだろ? 実際こうしてバッサリ斬り捨ててんだし。まあそんな動揺すんなよ、たった1回切られただけだろ? 落ち着いていこうぜ?」
<〔Perspective:教祖〕>
──本当に何なの…この女は…!? 今一体何をしたの…!? それにさっきと雰囲気がまるで違うじゃない…!?
永気だって…さっきまでとは比べ物にならない程溢れ出てるし…、何でこんなに余裕があるのよ…!? 全然理解が追い付かない…!?
「それに何をしたのかって…、こうシュッと永刃振ってシャッと斬っただけだ。見えなかった? さっきの私の一振り?」
さっきのって…一瞬だけ視界に捉えたあの…? 光の反射で見えた錯覚かとも思ったけれど…あれが帆野の攻撃だったと言うの…!?
どうすればあんな速度での攻撃が可能になるの…!? 強化式でもあんな速度は見たことがない…、それにどうすれば天井まで切れ込みが入るのよ…!?
「──理解出来ねえってか…? そんならもっかい見せてやるよ…!」
そう言うと帆野は構えを取ってこっちを睨んだ。攻撃の気配を感じ、直ぐに髪を体の前に集めて壁を作る。
「 “シュヴー・ミューロ” …!!」
「 “神縫” …!」
髪の壁を展開した直後、そこから伝わってきた凄まじい衝撃。鎧よりも密度が高い壁でなんとか防ぐことが出来る程の恐ろしい火力…。
それに構えに入ってから攻撃までがやはり異常に速い…。距離だってまあまあ空いているのに…攻撃到達に1秒も掛かっていないなんて…。
「うぉーん…やっぱこんなぶ厚いと両断は無理か…。流石に負荷代償硬ェな…、こりゃあ速さだけじゃ突破は無理か…? んじゃ次の手だ…!」
こっちが反撃に出る間もなく、次に帆野は左手の永刃を構えた。だが今度はどこかさっきと違い、徐々に刃が黒くなっていく。
帆野の発言が少し引っ掛かるけれど…今は防御に徹した方が確実…、まずは手の内を把握しなくちゃならない…。再び髪を伸ばして壁を再構築する。
対策さえ講じられれば…負荷代償のある私の方が遥かに有利…! どうあっても私の勝ちは揺るがないわ…!
「── “禍牙縫” …!」
「きゃあ…っ!!? 噓でしょう…!? なんで切れるのよ…!?」
横に振られた黒い刃は、ぶち当たっても止まることなく切り進み、壁をそのまま横に両断されてしまった。その時一緒に腕も斬られてしまった…。
「おっ! 切れたじゃねえかっ! なるほどねー、〝禍牙系〟ならあの厚みは余裕っと。こりゃあいい情報を得られたぜっ!」
髪の壁は切られ…腕も負傷…、でも収穫があったのは私も同じ…。
神縫は速さこそ凄まじいけれど、威力はそこまで高くない。禍牙縫はその反対に高威力の分速度は遅め…、っと言っても十分速いのだけれど…。
きっとまだ才式をいくつか隠している筈…、だけれどこのまま受け続けていられる状況でもなくなった…。早めにケリを付けないとマズいわ…!
「 “シュヴー・シアン”…!!」
切られた髪を5つの塊に分けて、それ等をドーベルマンの様な姿に束ねた。あの神縫には負けない程度の密度はある筈。
これで上手く帆野の気を引いて、隙を見て髪で両手足を拘束する…! 永刃を振れなくさせれば何も出来ないでしょう…!
「さあ行きなさい…! あの女を嚙み殺すのよ…っ!」
私の言葉で一斉に髪犬が走り出し、5方向から同時に攻める。私も髪を伸ばして壁や床を這わせ、拘束するチャンスを狙う。
さあどう動く…、どんな手段でこれを突破するつもりかしら…?
「── “勾刃導” …!」
“ズバッ! ズバッ! ズバズバッ! ズバッ!!”
直後視界に飛び込んできたのは髪犬の首…。ほとんど同時に首が刎ねられ、周囲に張り巡らせていた髪も切られてしまった…。
少し前に同じ才式を使っていたけれど…速度も威力も桁違い…。攻撃範囲も全くの別物…、床も壁も天井にさえも細かい切り込みが入っている…。
「んー…やっぱちょっと狭えなァ…。オイ教祖…! 場所変えようぜ…!」
「──…っ? 何を言って──」
「悪いが拒否権はナシだ…っ! 付き合ってもらうぜ…!」
帆野はグッと脚に力を込めて身を屈めたかと思えば、物凄い速さで距離を詰めてきた。強化式も使わずになんて速さ…、近付かせちゃいけない…!
髪を操って斧の形に束ね、腰辺りに狙いを定めて思いっ切り振るった。防御されても問題ないし…、跳び越えてきても打ち落とせる。
そう意図して仕掛けた攻撃に対して、帆野はスライディングで髪斧の下を滑り抜け、私の足元まで近付かれた。
「 “シュヴー・ミューロ” …!」
私と帆野の間に素早く、かつさっきよりも分厚い壁を展開した。面積を狭めて可能な限り厚さに割いた…、最低でも刃が通らない程に…!
「 “禍牙突” …!」
「──…っ!!?」
貫かれこそしなかったものの…髪壁は凄まじい力で上に押し上げられ、天井と髪壁に挟まれた。背中を強く打って目眩がする…。
その後もどんどん圧迫されて息がしづらくなっていく…。私は本能的に後ろ髪を束ね、天井を強く叩いた。
“ドォーーーーンッ!!!”
ヒビ入った天井が崩れ、髪が解ける程の衝撃で薄暗いモール内に私の体は勢い良く放り出された…。
更には2階にまで到達する程打ち上げられた私に、帆野は追撃の構えを取っていた。マズいわ…防御が…!
「 “神突” !」
「キャアアアア…ッ!!?」
目で追えない速度の突きが右腰部に突き刺さった。ほぼ予備動作ナシで…しかも地下から2階までの距離を瞬きと同じくらいの速度でだなんて…。
傷を負った箇所をあてがいながらなんとか着地すると…、地下から軽々と帆野が跳んで現れる…。なんて厄介な方でしょう…。
「オイオイ…まさかもう終いか…? しゃんとしろォ! ふざけてんのかっ!」
「貴方こそ何を怒ってらっしゃるの…!? どっちかって言うとふざけてるのは貴方の方でしょう…! 何なんですのそのふざけた眼帯は…!!」
「オシャレだっ!!」
「絶っっ対に違いますわ…!!」
ああもうなんかペース崩れちゃいましたわ…! もう何なのですこの方は本当に…!? ──こうなったらヤケクソに攻撃するしか──…っ!
ふっと帆野の手元に目を向けると、右手の永刃の刃がゆらゆらと揺れていることに気付いた。でもここで防御しては同じ展開になってしまう…。
ここは多少無理やりにでも攻めなくては状況を変えられない…!
「 “シュヴー・ベスティア” …!!」
最速で髪を伸ばし、巨大な獣の腕を4本生成した。密度も十分に高く、トラックだって圧し潰せる質量を持った巨大な腕を。
先に仕掛けたのは私…。一斉に4本の腕を飛ばし、一気に圧し潰そうと画策するが…当然ただそれを許す筈もなかった…。
「 “〝叢雨〟神縫” …!!」
相変わらず目では捉えられない速さだったが、明らかにさっきと違う点があった。宙に映る白銀の糸が…5本に増えていたように見えた。
そしてそれは間違いではなかった…。腕とその陰に隠れていた私は無事であったが…背後にあった柱と壁が大きく裂けていた。
更によく目を凝らすと…遠くに見える入口のドアにすら跡が残っている…。100m以上は離れている筈なのに…なんてリーチの長さ…。
「貴方…この建物壊すつもり…? 隊員なんだからちょっとは加減したらどう…? 後が大変になるんじゃないかしら…?」
これでちょっとは勢いを削げればいいのだけれど…、果たしてどうなるかしらね…。普通の隊員なら多少なりとも動きに変化が生じる筈──
「まあ確かに叱られるかもな…、でも知らん…っ! 私は後のことは後に考える主義だからな…っ! 明日のことは明日の自分に任せりゃいんだよ…!」
「──…中々話の通じない方ですわね…。貴方本当に隊員なの…? 初めて見たわ…貴方程の無用有害の塊みたいな人間は…」
この感じは期待できない…、むしろ更にエスカレートしそうな予感すらある…。時間を掛ければ掛ける程…こっちが不利になりそう…。
だけれど…そう分かっていても思い切って踏み込めないのもまた事実…。未だこの方の底の知れなさが恐ろしいとこですわね…。
なんとか打破する為の策を考えないと…──
「さあまた暴れてやるぜ…! ── “神縫” …! かーらーのー“禍牙縫” …!」
右手の刃が白く、左手の刃が黒く変色した。まさか才式の同時使用が可能なの…!? 本当に底が知れない方ね…!
私も髪腕で攻撃できる準備を整え、向こうの動きを見る…。こっちの髪腕は威力も防御力もある分速度はそこまで速くない…、隙を見せたら一瞬ね…。
互いに向き合ったまま時間だけが過ぎる…。先に仕掛けるべきか…守りに重点を置きながら慎重に立ち回るべきか…──
「 “神縫” …!」
「──う…っ!?」
ほんの少し手首を動かしただけだというに、一瞬で後方の壁までが大きく切れた…。攻撃の直前の僅かな永気のブレを感じ…寸前で上に跳んで避けられた…。
手元を見ていないと気付かない内に致命傷を与えられてしまう…。そう思って手元に目を向けると、右手の刃がまた小さく揺れている。そして──
黒い刃はバッ!と勢い良く6つに割けた。さっきの攻撃もきっとあれを使っていた筈…、つまりまた似たような攻撃がくる…!
「 “〝時雨〟禍牙突” …!!」
強力な黒い突きが容赦なく浴びせられる…。髪腕が容易に貫かれ、モール全体が小さく揺れた様な気がした…。
永刃を当ててなんとか体を逸らせたけれど…あんなの何発も撃たれちゃ命がいくつあっても足りない…。密度が高い髪腕を貫かれたとなれば尚更のこと…。
だけれど…正直戦況はかなり敗色濃厚な感じね…。こんな筈じゃなかったのに…──こんな化け物がきているなんて…運が無いわね…。
──ダメよ花月…、こんなところで諦めては…! あの日決心したでしょう──この世から醜い男共を一掃して…虐げられる女性を救おうと…!
こんな道半ばで──
「終わる訳にはいかないのよ…っ!! “シュヴー・ゲシュペントス”…!!!」
「うおォ…っ!? なんじゃコイツは…っ!?」
大量の永気を消費して髪を限界まで伸ばし、さっきの倍以上の大きさを誇る腕を6本、それよりも大きな竜を模した頭部を3つ生み出した。
「コレあまり使いたくないのよねェ…! 全身の血管が浮き出て美しくないし…なにより命を削っちゃうから…ねっ!!」
私が左拳をギュッと握ると、それに合わせて2本の髪腕が素早く帆野を左右から挟み込んだ。手応えアリ…! このまま圧し潰してあげるわ…!
挟み込んだ髪腕を上に持ち上げ、追加で上下からも挟み込んだ。そして仕上げに大きく口を開けた頭部が髪腕もろとも嚙み砕いた。
あんなに私の髪を簡単に切れる貴方といえども…流石に生身じゃ受け切れないでしょう…? ぐちゃぐちゃの貴方の姿を拝ませてもらおうかしら…。
頭部をどかし、ぐしゃぐしゃになった髪腕をゆっくり解いていく。やがて解けた髪の隙間からポトッと何かが落ちた。
「──…っ!? 何よ…アレ…」
中から出てきたのは…楕円に変形した等身大サイズの金属の塊。勢い良く床に落下した金属の塊は、衝撃で少し弾んだ。
その直後…金属は音を立てることもなく、1秒にも満たない僅かな時間で独りでに形を変えていった。
みるみるうちに刃が5本に割けた2つの永刃へと形を変え…、それを握りしめ…私を睨む帆野が姿を現した。
目が合った瞬間に感じ取ったのは…寒気にも似た殺気…。咄嗟に頭部の1つを前に、更にその前に腕を置いて、私は床に伏せた…。
「〝鋭利調整〟… “〝叢雨〟禍牙縫” …!!」
両手同時…合計10本の黒い刃が容赦なく浴びせられた。髪腕も頭部すらもスライスされ…バラバラの髪が宙を舞った…。
運良く攻撃を避けられた私は立ち上がって永刃を向ける──
「今のは何なのよ…!? 貴方…刃を伸ばすだけの能力じゃないの…!? 一体何の能力なの…!?」
「──私の能力は【刃】だ…。刃を伸ばすことも…切れ味を整えることも…形状を変えることも全て私の思うまま…。どうだ…? オニ強だろ…?」
──そういうこと…。ただ伸ばせば強力な武器に…平たく伸ばせば盾にもなるってことね…。なんて…なんてシンプルかつ厄介な能力…。
しかも永刃が双剣タイプってのが…より一層あの能力を高みに押し上げてる…。ズルいわ…そんな至れり尽くせりなんて…。
「さーてと…、お前の全力らしき才式も蹴散らしたし…そろそろ終いにしようぜ…教祖様…。覚悟決めやがれ…」
帆野は語りかけながら私と同じ様に永刃を向けた。確かにさっきの攻撃で…シュヴー・ゲシュペントスは解除された…。もう発動させるだけの永気も体力も残ってはいない…。
──そうね…覚悟を決めましょう…。この先──どんな怪我を負おうとも…必ずこの女を殺すと…!!
私は明確な殺意を胸に抱き、自ら帆野に向かって突き進んだ。両手で握った永刃をただ真っ直ぐ…奴の心臓に突き刺す覚悟を持って…。
「玉砕覚悟か…、面白れェ…! 受けて立ってやるぜ…っ!!」
私に合わせる様に帆野も向かってくる。どんどん距離が縮まり…刻一刻と決着の時が近付いてくる。
先に仕掛けてきたのは帆野…、右手を上げて今にも振り下ろさんとしている…。でも──甘いわ…!
「──うお…っ!? こいつは…っ!?」
「駐車場で見たでしょう…!? 私は切られた髪だって操れるのよ…!」
私はさっき切られた髪をバレない様に束ねて編んで、2本の縄を作っていた。それをタイミングに合わせて動かし、帆野の両手首に巻き付けた。
振り解こうとしても無駄…! 生身で私の髪には絶対に勝てない…!
「私の勝ちよ…! 死になさい…っ!!」
私は躊躇することなく胸に目掛けて永刃を突き刺した。防御もされず、確実に体に触れた感触があった。
そう…触れた感触は…──
私の刃は…胸を勢い良く突いただけで貫いてはいなかった…。一滴の血すら流れず…致命傷にすらならなかった…。
「──効いたァ…──だが甘え…! 何も操れるのは私だけの刃じゃねえぜ…! 細かい操作は無理だが…、切っ先丸くする程度なら造作もねえ…っ!」
迂闊…、まさかそんな手段を持っていたなんて…! ──でもまだよ…まだ優位はこの私にあるわ…!
両手首はがっちり固定してあるし、刃も両方とも私の方には向いていない…! 仮にグネグネ曲げてきたとしても、ある程度なら髪で防げる…!
こっちの刃が通らなくたって…撲殺は十分可能…! 貴方を殺して──私は楽園に行く…! 踏み台になってもらうわ…!!
握る両手に更に力を込め、頭をカチ割るつもりで永刃を振り上げた。髪をたなびかせて防御の準備も完璧…、隙はどこにもない──筈だった…。
勝負の世界というものは──ほんの一瞬の戸惑い…ほんの一瞬の硬直が…、それまでの戦況を全てひっくり返してしまう非情なもの…。
帆野は不意に右手の指をパッと開いた。手から零れた永刃は…刃の自重によって前に傾きながら落下していく…。
それを目の端で捉えた私の体は…落下する永刃に無意識に反応してしまった…。ただ永刃を振り下ろすだけでよかったのに…頭に一瞬靄がかかった…。
それが──私の勝ちの目を全てひっくり返した…──
「── “神縫” 」
落下していた永刃の刃が白銀の糸の様に伸び…、私は胴を大きく縦に斬り裂かれた…。私の手は…力尽きた様に永刃を手放した…────
「──加減してやれなくて悪かったな…。お前の言う〝くだらない使命感〟とやらが邪魔してよ…」
【第57話 問題児 完】
堂々の決着…! 次回に続く!
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