第5話 切り裂き魔
<戦いの技式>
第5話 切り裂き魔
7月某日、私は今パトロールをしています!縮さんによると、「とある凶悪犯が街の住民を脅かしているから逮捕しよ~」とのこと。
そんなこんなで現在10:00、張り切ってパトロールに勤しんでいます。なのですが…
「今追っている凶悪犯はどんな事をした人なんですか?捜査もかなり大規模ですし、もしかしてめちゃくちゃヤバい人なんですか…?」
「もしかしなくても結構ヤバい人だよ?今回のターゲットは“切り裂き魔 川嶺 京介”。突然現れては残忍な方法で人で殺める無差別殺人犯だよ。
遺体の身体に複数の切り傷を残す事から、切り裂き魔って呼ばれてる」
切り裂き魔…、最初の元気がみるみる減っていくのを感じる…。いざとなったら縮さんと桃乃さんの背後に隠れようと私は思った。
縮さん曰く、今回で16件目の事件で被害者の数は20人を超えるらしい。昼夜問わず出現しては街の人達を斬り刻む凶悪犯で、女子供がよく狙われるらしい。
「でも何で今更出動するんですか?私達が出るって事は異能犯なんですよね?少し…、と言うか結構遅くないですか?」
相手が異能犯である以上、警察では歯が立たない事は必然だ。それが分かっていて何故今まで“|L-gst”に報告がなかったのかが不思議でならない。
「警察は極力、L-gstに仕事を渡す事を渋ってるの。異能犯が増えてからは警察の仕事も大分減ってね、あまり良く思われてないんだ」
「最初はただの犯罪者として、警察に通報が入ったんですよ。そこから数件同じ様な事件が起きて、警察内部でも異能犯の仕業である可能性が浮かんだそうなんですけど、警視総監が中々それを認めなかったそうですよ?」
縮さんと桃乃さんが言った事を要約すると、せっかく自分達に降ってきた仕事を失いたくない警察側が、自分達の手柄欲しさに異能事件である事を認めず、|L-gstに仕事を回す事をじりじりと長引かせたらしい。
「その結果がこれって訳。必要以上に被害者を出した上に、その後始末を全部丸投げして来た。最悪私達が失敗したら、それを報道して評判を下げるつもりかも…」
「本部もそれが分かっているから、今回みたいな大規模な捜索作戦を始めたんでしょう」
思ったよりもバチバチな関係みたいだ。私そんなに警察好きじゃないからいいけど…
「ところで、その切り裂き魔はどんな能力を持っているんですか?」
「その事なんだけどね、まずこれを見てみて」
縮さんは懐から一枚の写真を取り出して渡してくれた。写真には一台の青い車が写っているのだが、それが見事に真っ二つにされていた。
フロントガラスには血が飛び散っていて、恐らく被害者を車ごと切り裂いたのだろう。
「こんな芸当が出来るのは、確実に永刃を所持した人だけ。この写真は最近撮られたもので、今までこんな事は起きてなかったから、能力が発現したのは最近だと思うけどね」
車を真っ二つに出来る化け物みたいな奴相手に、よく警察は今まで諦めずに捜査できたものだ。少し尊敬します。
「出来る事ならあまり戦いたくないですよね~。縮さんもまだ怪我が治ってませんし、私も昨日の任務で疲れますし、朝凪ちゃんには危険がいっぱいですし…」
桃乃さんはあまり乗り気じゃないみたいだ、同感です!
「そんな弱気じゃダメだよ桃乃ちゃん!市民の安全のためにも、私達が頑張らなきゃいけないんだから!さあ、パトロールを続けるよ二人とも!」
その後も街の至る所を捜索したが、全然見つからない。捜索を始めて二時間半が経った頃、少し休憩を挟もうかと話していた時。
「縮角位!楪桂位!お疲れ様です!」
目の前から若い男の人が話しかけてきた。縮さんと桃乃さんを知っているし、他の支部の方なのだろうか?
「先程、江戸川区の御ノ諏街にて川嶺の目撃情報が入りました!お三方も直ぐに江戸川区に向かうようにとの指示が出ています。至急対応をお願いします、では!」
用件だけ伝えて足早に男の人は去っていった。
「…しょうがない、休憩は後にして江戸川区に向かおうか二人とも…」
「はい…」
「はい…」
一先ず三下さんを呼んで、私達は川嶺が目撃された江戸川区に向かう。その途中で三下さんに一本の電話が入り、話を聞く限り電話の相手は伊敷さんのようだ。
「風耶龍位から指令です。この後“御ノ諏駅”に向かい、そこで“篠崎角位の指示に従えとのことです」
篠崎角位…、角位って事は縮さんと同格の人ってことか…。どんな人なのか聞いてみよう。
「篠崎角位は東京第一支部に所属している隊員で、縮さんの同期なんですよ?」
「あいつやけに元気だから疲れるのよね…。あいつの指示に従うのめんどくさいなぁ…」
少しの不安を抱きながら車は進み、私たちは御ノ諏駅に到着した。
車を降りると、既に広場に大勢の隊員らしき人達が待っていて、その先頭に立つ人物がこちらに手を振っている。
その人物の下に向かうと、その人は気さくな感じで話しかけてきた。
「よう縮!ようやく来たな!遅すぎて先に捜索活動を始めようかと思ったぜ!」
凄く元気が良い人だ。この人が縮さんの言っていた篠崎さんなのだろう。
「しょうがないでしょ!こっちだって急に言われた事なんだから!ほら、さっさと始めちゃってよ、さあ早く」
そう言われた篠崎さん(推測)は、全員の方を向いて話し始めた。
「よし!皆聞いてくれ!これから、ここ御ノ諏駅周辺で目撃情報の入った川嶺の捜索を始める!知っている通り、川嶺は永刃を不当所持しており、恐らく能力も発現させている筈だ!
川嶺と遭遇した場合、即戦闘になる可能性も考えられる!戦闘は最低でも二人以上で行い、それ以外は周囲の住民の避難誘導を行え!
班での行動を遵守し!絶対に川嶺を捕まえろ!いいな!!」
その場に居た全ての隊員が大きな声で「はい!!」と答えると、直ぐに四~五人の班を作ってあちこちに散っていった。
「お前たちも出来るだけ三人で行動してくれ。それと…、その子は?お前ん所の新しいマネージャーとかか?」
「違うわよ。この子は朝凪ちゃん、第三支部の新しい仲間だよ」
それを聞いた篠崎さん(ほぼ確定)は、驚いた様な素振りを見せて硬直しながらゆっくりと私の方を向いた。
「え!?マジで!?第三支部の新人!?マジで!?もしかして、からかってたりします…?」
何故私はこんなにも驚かれて疑われているのだろうか…?
「そんな嘘つくわけないでしょ!正真正銘私たちの後輩よ!」
「そうですそうです!朝凪ちゃんは大切な新人さんです!」
出会った時にも思ったのだが、縮さんも桃乃さんも異常に私を大切に扱ってくれている気がする。悪い気はしないが少し謎である。
「マジか…、まさかお前らの所に新人が入るとは思わなくてビックリしたぜ。気を悪くしたらごめんな?申し訳ない」
さっきの事をしっかり謝られた。縮さんから聞いていた程めんどくさい人では無いみたいだ。
「それじゃあ俺もそろそろ捜索を始めるから、お前らも頼んだぞ!何かあったら連絡してくれ!それじゃあな!」
そう言い残して走って行ってしまった。
「まったく…、次合ったら軽く説教してやる…。私たちも行きましょう、あいつとは反対の方向に進めばいいのかな?」
「反対って事は、南西の方角ですかね?とりあえず向こうに見える“御ノ諏タワー”まで進んで、また駅に向って広範囲に歩きながら戻って来るのはどうですか?」
桃乃さんの提案に従い、私たちは御ノ諏タワーに向って歩き始めた。駅周辺には高い建物が多く建ち並び、人の数もかなりのものだ。
「この中から見つけるのは骨が折れますね…。せめて見た目だけでも分かればいいのに…」
「警察から公開されてる特徴としては、腕にグルグル巻きにした包帯と赤い髪をしているそうよ。結構特徴的だから直ぐに分かると思うけど…」
そこまで特徴的なら直ぐに見つかるだろうと私も思った。周囲に注意を向けながら、さっき疑問に思った事を聞くことにしよう。
「縮さん、桃乃さん。なんで篠崎さん(確定)はあんなに私のことを驚いていたんですか?入隊時期とずれていたからですか?」
「え!? え~っと…、それは~…」
どこか歯切れが悪い感じで答えるのを渋っているようだ。何か事情があるのだろうか?
「どうするんですか縮さん…!言いますか…!隠しますか…!」
何やら桃乃さんと縮さんがひそひそ話をしている。余程の事なのだろうか?
「どうせいつかはバレちゃうし…、早めに覚悟を決めて言っちゃおう…!」
覚悟を決めてって聞こえたぞ?相当のタブーを聞いてしまったのだろうか…。
「よし!じゃあ教えるね?まず、全国各地に複数支部があるのは多分理解してると思うけど、その中に“問題支部”って呼ばれてる支部があるんだ」
問題支部…、名前からでも普通ではない事が伺える。そしてこの話の流れ、まさか…。
「問題支部は、任務において器物損害や無関係な人を巻き込んだり、何かしらの問題を起こした事によって、本部から問題視された支部を言うの。…東京第三支部も、そうなの…」
やっぱりかー!!なんかそんな気がしてました!
「問題支部認定されると、全然新人が入ってこないの…。だから篠崎も凄くビックリしてたし、私たちもめちゃくちゃ嬉しかったの…」
「私なんて初めての後輩だったので、本気の涙流しちゃいましたよ…」
あの大号泣の背景にはそんな事があったのか…。
「黙っててごめんね?これを言ったら別の支部に行っちゃうかもって思って…」
本当に新人が入らないようだ。私にも後輩が出来ない可能性まである…。でもだからといって別に他の支部に行くつもりもない。
「別に問題ないですよ!私はこれからも第三支部に居続けますから!」
また二人に手を握って感謝された。想像以上に深刻な問題そうだ…。
そんな事を話しつつ周囲を観察しながら進んで行くと、三十分程でタワーに着いた。
タワー周辺には公園や噴水広場、屋台の出店が並んでおり、多くの人で賑わっている。女子高生や小さな子供も多くいて、川嶺にとっては絶好の狩場だろう。
「思ったよりも人が多いですね…。これは探すのに時間がかかりそう…」
屋台の周りだけでも物凄い数の人がいるのに、公園や噴水広場まで含めると数え切れない。
「この中から探すのはキリがないわね…。一度タワーに登って上から見渡してみるから、二人は歩きながら周辺を捜索して」
縮さんに言われた通りに桃乃さんと私は屋台に入って行って、不自然にならないように周囲に注意を向けながら歩き始めた。
辺りにはいい匂いが広がり、賑やかで楽しそうな声が至る所から聞こえてくる。
「こう見ると全然平和な街に見えますけどね。凶悪犯が居るなんて信じられないです」
「だよね~、私も同意見ですよ。休みの日にもう一回来ましょうね」
周りの楽しい雰囲気のせいか、こっちまで心が緩くなってしまう。ここまで人が賑わっていると、逆にここには居ない可能性まであるように思えてくる。
屋台での捜索を辞めて公園の方に向かおうとすると、桃乃さんのスマホに縮さんから電話が入った。
「桃乃ちゃん!今さっき、噴水広場に怪しい人影が見えたから確認に向って!全体像はよく見えなかったけど赤い髪が見えたから、川嶺の可能性がある!私も直ぐに行くから、二人で先に噴水広場に行ってて!」
連絡を受けた私たちは、屋台を抜けてタワーの後方へと足を運んだ。
そこには等間隔で植えられた樹に複数のベンチ、巨大な噴水があり、屋台周りには劣るものの大勢の人があちこちに居た。
「どこだ!どこにいるんですか!川嶺らしき赤い髪の男は!」
「あ!あれじゃないですか!赤い髪してますし、何より腕に包帯を巻いてますよ!絶対にあいつで間違いないですよ!」
川嶺らしき人物は、樹の下にあるベンチに腰掛けた一人の少女に向って歩いていた。少女は本を読むのに夢中で、自分に近づく存在に気付いていない。
「コラァ~!!そこの如何にも怪しい赤い髪の男~!!その場で手を挙げて膝を地面につきなさい!!」
桃乃さんが大声で呼びかけると、男は焦った様子で走って逃げて行った。
「朝凪ちゃんは念の為にあの子を保護しに行ってください!あの男は私が追いかけます!」
朝凪に指示を出し、桃乃は走って逃げる男を追いかける。
「むぅ…!思ったよりも速いですねぇ…!それならこっちにも考えがありますよ!」
桃乃は走りながら左手で印を結び、永気を込める。
「“幡 強化式 脚”!」
幡式を発動させると、桃乃の走る速度が格段に向上し、僅か数秒で男に追いついた。男の手を後ろで組み、仰向けの状態で拘束した。
まもなくして縮も桃乃の下に駆けつけ、男を完全に捕らえる事に成功した。
「流石だね桃乃ちゃん!それじゃあ川嶺を捕まえた事を、あの篠崎に報告しますか」
縮がスマホをポケットから取り出すと同時に、捕らえた男は大声で叫んだ。
「ち、違う!!俺はその川嶺って奴じゃない!!俺はそいつに脅されてただけなんだ!!」
その発言に縮はぴくッと固まった。もう一度男を見ると、赤い髪の下から黒い髪がはみ出しているのが見え、縮はそれに手を伸ばした。
案の定それはカツラであり、男は赤髪ではなく黒髪だった。
「え!?カツラ!?って事は本当に川嶺じゃないんですか!?その腕に巻いた包帯は!?」
「川嶺って奴に突然切られたんだ…!それで、これ以上切られたくなければ俺の言う通りにしろって脅されて…」
赤い髪のカツラに、意図的に傷付けて巻かせた包帯、明らかな計画を持った犯行である事は明らかだった。
桃乃は何かに気付いた様にばっ!っと振り返り、朝凪の方を向いた。
「まずいです!朝凪ちゃんが居ません!?一緒にいた少女も!」
「まずいわね…!私は篠崎に連絡して、隊員を向かわせるから桃乃ちゃんは先に周辺を探してみて!」
朝凪はタワーから少し離れた路地に、少女と一緒に居た。もう一人の男の前に…
「何だぁ?もう逃げるのは辞めたのか?L-gstのガキよぉ?」
背の高い男は永刃を持っており、腕にはグルグル巻きにした包帯、そして赤い髪をしていた。
「あなたが、川嶺だな…?私たちに何か用…?」
「お前に用はない…。そっちのチビに用があるんだ。斬り刻んだ時に、良い声を上げてくれそうだからなぁ…!」
逃がしてはくれそうだ…。今の私じゃ戦っても勝てない…、それでも…
「早く逃げて!ここは私が時間を稼ぐから、早く!!」
なんとか少女は逃がせたけど、さてこれからどうしようか…。
「それで何か解決したつもりか?さっさとお前を殺して、後を追えば同じことだぞ?」
「私だって、本意じゃないくともL-gstの一員だ!あの子は、死んでも守る!」
【第5話 切り裂き魔 完】
次回!格上相手に戦え!抗え!!
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