第4話 戦いの勉強会
<戦いの技式>
第4話 戦いの勉強会
L-gstの(三下さんの)ミスに巻き込まれて三日目の9:25。私は東京第三支部にて、伊敷さんと勉強している。
「さてさて、それじゃあ今日は“能力”について詳しく教えるとしましょうか」
「よろしくお願いします!」
今はまだ戦いに参加することはないだろうけど、いずれ私も戦うことになってしまうだろう。その為にも、一番不明瞭な能力についての知識を身に付ける必要がある。今日はやる気が違う。
「それでは早速始めましょう。まずは“能力者の派統”についてです。能力者は、と言うより能力そのものの性質がですが、主に二つに分けられます」
そう言って伊敷さんは、ちょっとでかめのホワイトボードを持って来て、ペンで何かを書き始めた。
「能力には、“技功派”と“気功派”の二つに分けられます。口で説明するとこんがらがる恐れがありますし、何より面倒くさいので書きますね」
本音が駄々洩れしている中、伊敷さんは書き始めた。
・技功派… 素の能力で戦う事が可能で、気功系に比べて永気の消費量が少ない。
・気功派… 素の能力だけでは意味がなく、自身の永気に流し込むことで能力を発動させる。
「昨日の戦いを参考にしますと、縮くんは技功派、あの伽崎とか言う少年は恐らく気功派でしょう」
「見ただけで分かるんですか?って言うか、そもそも縮さんの能力って何なんですか?」
縮さんの戦いを少し離れた場所から見ていたが、私の目にはただ誰もいない所に敵さんが攻撃をしたり、急に棒立ちして縮さんの攻撃を受けたり、とにかく見ても全然分からなかった。
「縮さんの能力は“夢幻”と言って、簡単に言えば相手に幻覚を見せる能力です」
「幻覚を見せる能力…。なんか縮さんのイメージとは全然違う能力ですね…」
私が考えていた異能とは、やはり少し異なるようだ。
「対してあの伽崎くんの能力は“眼”だそうなので、あの戦いを見る限り気功派で間違いないですね」
あの宙に浮いたたくさんの眼もやっぱり能力…。私はあんな不気味な能力にならないように小さく願い、伊敷さんの話に耳を傾ける。
「永気は昨日見てもらいましたが、実はあの眼も永気で出ているんですよ。なのであれは本物の眼ではありません」
「あれが、永気…?永気って確か、あの赤い蒸気みたいなやつですよね?でもあの眼は色も違いましたし、そもそもしっかり形を成していましたよ?」
私は疑問に思った事を聞いてみると、伊敷さんは左手の人差し指を立てて、指先に永気を集中させ始めた。
伊敷さんの永気は縮さんが見せてくれた赤色の蒸気ではなく、半透明な球形の永気が指に突き刺さっている様だった。
「そもそも永気には決まった形や色はなく、それらは全て永気を扱う者が自由に変えられるんですよ。なのでこんな風に形を変えて飛ばすことも可能です」
そう言って指先から、星やハート、更にはクマやネコなどの形まであり、それらがまるでシャボン玉の様にふよふよと浮かんでいた。
指で軽くつついてみたが、通り抜けるだけで触れている感触はない。だが、触れている部分にだけ圧力を感じた。
「なんだか不思議な感じですね…。そこにあるような無いような…」
「伽崎はこれを活用して、あの趣味の悪い眼を操っていたのでしょう」
あの非現実的な光景も、永気を使えば可能って訳だ。でもやはり疑問は残る…
「でも永気って色は無いんですよね?わざわざあんなに目立たせる必要はあるんですか?あれじゃあ自分から能力を明かしているようなもんですよね?」
「意味があるからやっているんですよ、ちゃんとした意味がね」
伊敷さんはホワイトボードに向かって何かを書きながら説明を始めた。
「敵を前にして、自身に何かしらの制限を掛ける、もしくは相手に対して有力な情報を与えるなどの行為の事を“代償”と言います。
代償も能力者の系統と同じく、“負荷代償”と“視覚代償”の二種類があり、それぞれの特徴はこんな感じです」
・負荷代償… 自身に制限を掛ける、もしくは式を使用した後の反動を受ける代わりに、自身の式の効果を高める方法。使用者は技功系に多い。
・視覚代償… 自身が発する永気に色と形を付与する事で、相手に自分の能力と系統を間接的に知らせる事で、自身の式の効果を高める方法。使用者は気功系に多い。
「なるほど…、思ったより奥が深いんですね。それじゃあ縮さんは、その負荷代償ってのを使っているんですか?」
「その通りです。私もどんな条件で負荷代償を掛けているかは分かりませんが、“式”を扱う能力者は全員やっています」
能力者の系統に二つの代償…、これだけでも既に頭が混乱しそうなのだが、もう一つ分からない事がある。それは先程からちょくちょく出ている式についてだ。
「もう一つ質問いいですか?さっきから何度も出ている式って言うのは、昨日言っていた幡式ってやつの事ですか?」
「具体的に言えば違います。主に代償が必要なのは、幡式ではなく“才式”と呼ばれる別の式の方です」
幡式に加えて、また新しいのが出てきた。そこまで頭が良い方ではない私は、もう既に頭がパンクしそうだが、気合いで頭に詰め込む。
「一定量の永気を所有している人なら誰にでも覚えられる幡式と違って、才式は個人の能力による式の事です。
能力戦闘においては、幡式よりも重要になってくる要素ですので、才式は後で縮くんにでも見せてもらいましょう」
その内容もホワイトボードに書き込んでいった。ここで一旦、今までの内容を整理しよう。
--------------------------
[能力者の派統]
・技功派… 素の能力で戦う事が可能で、気功系に比べて永気の消費量が少ない。
・気功派… 素の能力だけでは意味がなく、自身の永気に流し込むことで能力を発動させる。
[代償の種類]
・代償… 式に思い通りの効果を付与する為に必要な行為。これによって得られる効果の事を、“代償効果と呼ぶ。
・負荷代償… 自身に制限を掛ける、もしくは式を使用した後の反動を受ける代わりに、自身の式の効果を高める方法。使用者は技功派に多い。
・視覚代償… 自身が発する永気に色と形を付与する事で、相手に自分の能力と系統を間接的に知らせる事で、自身の式の効果を高める方法。使用者は気功派に多い。
[主な式]
・式… 能力者、もしくは一定量の永気を持つ者が使える、一般的に技と呼ばれるものと同じ。自身の能力を十として、効果を追加すると+になり、代償を掛ける事で-になる。全ての式は十で統一され、少しでも上を越えると失敗する。
・幡式… 自身の永気を使い、“索敵”や“隠密”、“自己強化”などの様々な効果を持つ式。
・才式… 自身の能力に作用する為、人それぞれ式の効果が違う。代償によって大きく作用する事がある。
--------------------------
忘れないよう写真に残そうとスマホを持って構えていると、縮さんが鍛錬を終えて戻って来た。
「お?能力のお勉強中かな?私も昔やったけど、中々理解できないのよね~それ」
「お疲れ様です縮さん!あれ?桃乃さんは一緒じゃないんですか?」
昨日は一緒に鍛錬から戻って来ていたのに、今日はその姿が見えない。
「桃乃ちゃんは朝早くから任務に向ってるよ。もしかして桃乃ちゃんに何か用があったかな?」
「いえ、そう言う訳ではないんですけど…。あの、縮さん…、式って見せて貰えたり出来ますか?実際に見て感じてみたいんです」
私がそう言うと、縮さんは口元に手を当てて考え始めた。やはり自分の式を明かすのには抵抗があるようだ。
「う~ん…、オッケー!朝凪ちゃんを信用して見せてあげよう!まずは能力から見せるね、その方が違いがあって分かり易いでしょ?」
やっぱり縮さんは優しい人だ。私この人大好き。
「それじゃあ私は少し席を外しますので、縮くんにバトンタッチしますね」
そう言って伊敷さんは玄関に向って行った。ここからは縮さんに教えて貰おう。
「もう支部長から聞いてるかも知れないけど、一応詳しく教えるね。私の能力は“夢幻”、周囲の生き物に幻覚を見せたり出来るの。
能力の射程距離は、私を中心に半径100m。代償効果で最大130mまで伸びるけど、正直あんまり使ったことはないけどね。射程圏内に入ると、敵味方関係なく能力の影響を受けちゃうから、単独で戦う時以外は射程距離を制限する事の方が多いかな」
幻覚を見せる能力…。結構単純な能力かと思ってたけど、なんかめちゃめちゃ難しいぞ…。
「それじゃあ早速、能力を見せていくよ。準備はいい?」
「お願いします!いつでもオッケーです!」
幻覚と聞くと少し怖いが、これも能力と式について知るため…、勇気を出して見てみよう。
縮さんが永刃を手に取ると同時に、一瞬目の前がくらっとした。目には見えないが、恐らく永気を発しているのだろう。
それから特に変わった様子はない、と思っていた矢先だった。
「え、あれ!?桃乃さん!?なんでソファーの裏から…、帰って来たんですか?」
「そうだよ~、ただいま~♪ 何してるの二人とも?」
縮さん側のソファーの裏から出て来た桃乃さんは、縮さんの隣りに座った。
座り方も声色も、桃乃さんのそれと一致していた。
「薄々気付いていると思うけど、今朝凪ちゃんが見ているものが幻覚だよ」
これが…、この目の前に居る桃乃さんが、幻覚…。そう言われても、脳が全然理解できていないのを感じる。
「これが“夢幻”本来の力、言わば素の能力だね。それじゃ今から式の方を見せるよ」
縮さんはそう言うと、ソファーから離れて近づいて来た。目の前で止まり、手を顔に向けられたその時…、
(ん?あれ…?ここ…、どこだろう…?)
目の前に広がった光景は、どこかの竹林だった。高く伸びた竹の間から、優しい陽の光が全身に降り注ぐ。小道と竹林が延々と続き、まったく出口が見えない。
数秒間ただただ目の前の光景を見ていると、一羽の白い蝶が向かって来た。ひらひらと華麗に舞う蝶は、少しずつ距離を詰めておでこに止まった。 その直後…
「あ痛! あれ…?戻って来た…、のかな?」
おでこの軽い痛みと同時に、目の前から竹林が消えて、元の支部内に戻っていた。
目の前には縮さんが立っており、おでこの痛みからして、恐らくデコピンをされたのだろう。
「どうだった?何が何やらって感じでしょ?」
「はい…、まだ頭が回ってないです…」
あの目の前に広がっていた光景が幻覚。そう分かっていても思考が追いつかない。
「今のが、『幻園彩華』って言う私の式。これから詳しく説明するね?」
縮さんはホワイトボードを裏返し、ペンを取った。自分の式の仕組みを教えてくれるみたいだ。
「まず式について、支部長よりも詳しく教えるね。さっき見てもらったのは、私の“夢幻”を基にした才式なんだけど、どんな効果が付与されているか分かるかな?」
「まっっったく分かりません!ご指導のほどよろしくお願いします!」
縮さんの式講座をしっかり聞いて、今後私に能力が発現した時の参考にしよう。そうしよう。
「朝凪ちゃん、さっき見せた幻覚だけど、大体どれ位の時間見てたか覚えてる?」
「えっと…、確か、十秒位…、だったかと…」
「実は二秒しか幻覚は見せてないんだよ?」
訳が分からない言葉が耳に入って来た。二秒!?確かに十秒近く幻覚を見ていた筈なのに…、それなのに二秒!? 何故!?
「『幻園彩華』にはね、対象の時間感覚を遅らせる効果が付与されているの」
「時間感覚を…、ですか…?凄いですね!?そんなことも出来るんですか!?」
時間感覚を遅らせる…。簡単に言うが、実際に体験してみても信じられないものだ。
「私が式を発動すると、対象はどこかの風景の幻覚を見る。幻覚は一秒で五秒分流れて、その間は動くこともできるけど、大体ひとつの行動しか出来ない。後は幻覚を見ている隙に、攻撃をお見舞いするって感じかな」
昨日の異能犯が棒立ちで縮さんの攻撃を受けてた理由はそれか。私も全然動けなかったし、めちゃくちゃ強くないだろうか?この式?
「ただその分の代償も当然あってね。まず一つは、効果の持続時間。素の能力だけなら、発動も解除も私が自由なんだけど、この式は最大でも三秒が限界なの」
効果の持続時間も代償になる…、なるほどなるほど。
「二つ目は、と言うかこれはこの式に限った代償ではないんだけど、対象の見ている幻覚を私が見ることが出来ないんだ」
なんと!代償の方法にはそんなやり方もあるのか!メモメモ…
「この二つの代償を課す事で、私の式は出来上がっているの。どう?ちょっとは勉強と参考になったかな?」
「はい!教えて下さり、ありがとうございました!」
私もいつか異能犯と戦える様な式を組み立てよう!その為にも必死に鍛錬して、まずは自分の能力を発現させよう!
「…それで三下さん、昨日の彼等について何か分かりましたか?」
朝凪が式についての勉強をしていた時、伊敷は電話を掛けて聞き込みをしていた。
「はい、縮角位が昨日捕まえた四人の内の二人によれば、あの伽崎は護衛として雇った用心棒だと証言しました」
「ですが縮くんによれば、伽崎と言う少年ともう一人の男は、何か別の目的があったように感じたそうです。彼等についての情報はそれで終わりですか?」
「二人の男は、“死を招く厄”と呼んでいました」
鎌を模した耳飾りを着けた謎の男達、“死を招く厄”。その報告を聞いた伊敷は、小さくため息をついて頭を掻いた。
「それともう一つ、これは先の件とは関係無いのですが、またあの“切り裂き魔”が現れたとの報告が入りました」
「…またですか。それで?今回もまた警察が対応に当たるんですか?懲りない連中ですねぇ」
伊敷はやれやれと首を横に振った。だが…
「いえ、警察はようやくこの件をL-gstに任せました。明日にでも、第一支部と第三支部の隊員を捜索に向かわせるようです」
「遅すぎる程ですが、まあいいでしょう。調子に乗った犯罪者を捕まえましょうかね、フフフッ…」
【第4話 戦いの勉強会 完】
次回!現れた“切り裂き魔”を捕まえろ!
[宜しければ、感想やブックマーク等をよろしくお願い致します!]






