第35話 黒い薔薇
<戦いの技式>
第35話 黒い薔薇
-AM11:00-
<〔Perspective:帆野〕>
イイトカゲを潜入させてから早二時間…。今だにカメラの映像には変化なし…退屈なもんだな…。
せめて窓の景色だけでも見れたらいいんだが…──ん?
今まで小刻みに揺れていた画面がピタッと止まり、ガサゴソと音も聞こえてきた。どうやらようやく到着したようだ…。
さてさて…今の内に支部の奴らに連絡入れて、コイツ等が一体どこまで来たのかを知っておくとするか…。
「──もっし~?白っち?ちゃんとGPSで追えてる?」
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[問題ありません、GPSは正確に機能しています。今は元の地点から西に70km進んだ地点…場所は月久保市ですね]
月久保市…ギリギリ第二支部の管轄域か…。やっぱりこの問題は第二支部で解決しなきゃか…しょうがねえ…。
「オッケー分かった、そんじゃ引き続き他の業務頼んだぜ~。 “プツッ”」
電話を終えると同時に、車内にも動きがあった。ドアを開けて車外に出た黒衣装の二人に手を取られて森野が降り、イイトカゲもササッと外に飛び出た。
ここは…森…山…?詳しくは知らんが、人の寄り付きそうな場所じゃない事は確かだな…。こんな所で何をしてるんだか…。
イイトカゲが左の方を向くと、薄暗くどこか不気味な雰囲気を発している建造物が目に飛び込んできた。
どこかの隔離病棟…にも見えねえなこりゃ…。完璧に何か怪しい事をしてますよって言ってるようなもんだな…。
森野が全ての荷物を車から降ろし終えると、真っ直ぐ不気味な建物に向かって歩いて行く。イイトカゲも素早くその後を追った。
黒衣装の奴らは玄関らしき場所を避けて、地下室に続いている様な階段を降りていく。森野とトカゲもその後を追って、重々しい扉の先に進んだ。
──なんだこれ…っ!?
扉の先には冷たいコンクリートに囲まれ、薄暗い明りに照らされた仄暗い部屋の奥に、異様な光景が広がっていた。
灰色の壁に部分的に付着した赤黒い血の様なもの…、棚の上に無造作に置かれた血で錆びた刃物…。そして…鎖で繋がれ、顔を袋で覆われた傷だらけの男…。
世界が変わった様な異質な空間を目撃し、反射的に青ざめていく…。
「さて…森野さん…?貴方は…男の人を怨んでる…?貴方は…貴方を裏切った男の存在を憎んでる…?厭い…嫌悪し…憤り…忌み嫌い…、この世の全ての男に対し…絶対的なまでの憎悪を…貴方は抱いてる…?」
黒衣装の女の一人が、棚に置かれた刃物を手にながら森野に語りかけ始めた。
「許せないと思わない…?下等な男の身勝手な行動や考えのせいで…罪の無い貴方の様な女性が不幸に晒される…。不平等だと思わない…?ねェ…森野さん…?」
異様な光景と刃物を持って自分に語りかける女を前にした森野の顔には、明らかに動揺が浮かんでいる。正常な判断も出来なそうな状況だ…。
「そこでね…?私たちは貴方にチャンスを与えたいの…、醜い男共に復讐の刃を振り下ろせるチャンスをね…」
そう言って黒衣装の女は森野に刃物を手渡した。森野は刃物にこびりついた血の錆を眺めながら固まっている。
これから何をさせようとしてるのかが嫌でも分かる…。だが止める術がない…。
黒衣装の女は繋がれている男の顔を覆ている袋を取った。男の口には口枷がされてあり、刃物を持った森野を見て震えている…。
「さあ…森野さん…っ!その輝きを失った汚れた刃で…っ!そこの汚らわしい醜悪な男に復讐の裁きを…っ!!」
唐突に目の前で起きた理解しきれない光景を前にした森野は、息遣いを荒くして混乱状態に陥ったまま声を上げて刃物を突き刺した。
左腕を刺された男は声にならない悲鳴を上げて苦しんだ。傷口から流れ出る鮮血が森野の手を染め、森野はその場に座り込んだ。
凄惨で生々しい光景に思わず目を逸らしてしまった…。思っていた以上にドス黒い何かが渦巻いている…最悪だ…。
「上出来よ森野さん…。これで貴方も私たちの仲間入り…改めて歓迎するわ…ようこそ森野さん」
黒衣装の一人は他の二人に男の手当を指示して、森野を連れて別の場所に進もうとしている。トカゲもその後を追う。
あの男がこの先どうなるのかは知らないが…必ず助けてやっからな…。それまで死ぬなよ知らねえ男…。
黒衣装と森野は入ってきた時とは違うドアを抜けて通路に出た。そこはさっきの部屋よりも薄暗く、まるで廃墟の洋館を思わせる不気味さだ…。
一言も発さずにただ黒衣装の女についていくと、長い廊下の突き当りに辿り着いた。そこにはより一層頑丈そうな扉が現れた。
黒衣装の女は扉を三回ノックして扉を開けた──
「“ダチュラ”ただいま戻りました」
中に入るや否や、ダチュラと名乗った黒衣装の女は片膝をついて頭を下げた。
かなり広く、廊下と同じ位に薄暗いその場所には、同じ黒衣装に身を包んでいる人影が大勢確認できた。
トカゲは気付かれない様に壁を上り、全体が見える位置に移動した。そのおかげで、明らかに他の連中とは違う奴を視認できた。
玉座の様な場所に腰を掛けているあの女…、アイツが恐らくコイツ等の親玉か…?
「お帰りなさいダチュラ…。“試しの儀”はちゃんとしてくれたかしら…?」
「はい、ご安心ください“教祖様”。森野が我々の新たな仲間となる者です」
試しの儀…?教祖様…?随分過激なカルト教団なこった…。
「──教祖様…、哀れなこの者に…新たな名を…っ!」
「そうね…、では森野には…“スグリ”の名を授けましょう…。ようこそ、“哀薔薇の集”へ…、歓迎するわスグリ…」
哀薔薇の集ねェ…、それが敵さんの名前か…。
森野は静かに片膝をついて頭を下げた。直ぐにこの状況を受け入れた感じ…疑問を持つことすら出来ない心境にあるらしい…。
「さて、それじゃあ本題に入りましょうか…。今日皆に集まって貰ったのは他でもない、六日前のあの件について…」
六日前…恐らく桃っちと新人の子が戦った例の件の事だな…。
「皆も知っての通り…私たちの仲間であるロベリアが捕えられ、盗った宝石も失った…。きっとL-gstも追ってくるでしょう…。そこで皆の意見を聞きたいの…、幹部の皆聞かせてくれる…?」
おっ!こいつはラッキーだぞ…っ!L-gstに対する考え方が分かれば、そこからどんな行動に出るかが予測出来るかも知れねえ…。
-幹部-カルミア
「L-gstの奴等は確かに厄介ですけどォ、そんなに警戒しなくてもいいじゃないですかァ?」
-幹部-ザクロ
「確かに~♪やられたのだってあんまり強くなかったロベリアだし~、グレナ様はちゃんと勝った訳だしね~ギャッキャッキャッ♪」
-幹部-クロユリ
「でもグレナ様だって負傷したんだろ?そんだけ手強いMaximum!な奴もいるって事だよな…?」
-幹部-アザミ
「当然だろう…ロベリアも同じだ…。奴は強くなかったが、能力は極めて厄介なものだった…。そのロベリアを倒せる敵がごろごろ居ると考えれば、警戒を強めるのは至極当然な事だろう…っ!」
-幹部-リンドウ
「私も同意見です…。これ以上L-gstに接触するのは危険…。無駄なリスクを背負うだけ…無駄…無意味…」
さらっと聞いてみた感じ…、特に警戒する必要がないと考えてる奴が二人、保守的な考えを持つ奴が二人、よく分からん奴が一人…Maximum…?
部屋の薄暗さと映像が少し離れてるせいでよく見えないが、全員が永刃らしき物を所持してやがる…。
ロベリアって奴よりコイツ等全員が強いんなら…最低でも香位の上位者を動員しないとか…。その後ろにも五十人以上の仲間…、流石にコイツ等全員が永刃を持ってるとは思えないが…この人数は厄介だぞ…。
第二支部だけで足りるかコレ…?まあいざとなったら第三支部の手を借りればいいか…。
頼めば縮っちは手伝ってくれるだろうし、縮っちが動けば桃乃と朝凪もついて来るでしょう。ハハッ…私ってば賢ーい。
「皆の意見は分かったわ…今後は一層L-gstへの警戒を強めましょう…。必要以上に動くのも止めて頂戴…?」
チッ…!現場で身柄を取り押さえるのは困難か…。もういっそ勝手にこの場所に突入するか…?いやダメだな…また上に怒られちまう…。
「ひとつ宜しいですか教祖様…宝石の方はどうするのです…?上納金の額にはまだ少し足りてないとの話でしたが…いかがするのです…?」
宝石…っ!やっぱコイツ等が例の窃盗団で間違いなさそうだな…。
しかし…上納金だァ…?ただキラッキラの宝石が欲しいだけの窃盗団じゃねえのか…?いまいち目的が掴めねえ奴等だな…。
「その事についても少し慎重に動こうと思っているわ…。少なくとも今までのように宝石店を手当たり次第に…とはいかない…。一度で大量に盗れるチャンスが来るまで待つことにするわ…。皆もそのつもりでいてね…?」
いい事聞いたぜ…っ!上手く作戦を立てられれば…コイツ等を罠に嵌める事も出来る…っ!後で部下たちに案を出させよう。
「もうすぐ…もうすぐ私たちは“楽園”へ行ける…。それまでに“朱の儀”を全て終わらせて欲しいのだけれど…あとどれくらい残ってるのかしら…?」
「えっとォ、確か…あと四人ですゥ。新人のスグリにアンズにダリア…それと確かエリカを含めた四人ですゥ」
朱の儀ねェ…ヤバい臭いがプンプンだぜ…。試しの儀がアレなら朱の儀はきっと…考えたくねえな…。
どうする…、朱の儀が何か知らねえが、恐らくあの鎖に繋がれた男は殺される…。
でも助けに行けば、コイツ等を捕えるのは困難になるだろう…。“「今日皆に集まって貰ったのは」”って言ってたのが良い証拠…。
コイツ等は普段からこの場所に居る訳じゃないって事だ…。この話が終われば、次いつ全員が集まるかなんて分かりようがない…。
クソ…っ!どうする…っ!
「そう…分かったわ…。それじゃあ、ザクロ、クロユリ、アザミ、リンドウの四人にお願いするわ…。いつも通り…あの日にね…?」
「はァ~い♪」
「了解しましたっ!」
「委細承知…っ!」
「仰せのままに…」
おっ?今直ぐに何かするって訳じゃないのか…?まあいつ行動するのか分かんねえから、結局同じだけどさ…。
「それじゃあ今日はこれで解散にしましょう…。朱の儀を行う者以外は、目立つ動きをしてはダメよ…?また皆に会える時を楽しみにしてるわ…。我ら“哀薔薇の集”に幸あれ…」
その言葉を最後に、続々と部屋から人が去っていく。ずっとイイトカゲをここに置いておく訳にもいかないし、調査は一旦ここまでだな…。
ポケットに手を伸ばして小さな機械を取り出し、それに付いているスイッチを押した。ちなみにコレはカメラを振動させる特別な機械で、イイトカゲはこの振動を感じるとカメラだけをその場に置いて自分から元の居場所に戻って来るように訓練されている。
とは言っても車で二時間の場所だし、小さなイイトカゲじゃどれくらい時間が掛かる事か…。手の空いてる奴に迎えに行かせるか…。私はめんどい…。
さて──十分過ぎる収穫はあったし…縮っち連れて帰るか…。
<〔Perspective:縮〕>
「うーーん…ここでも収穫は無しかぁ…。全然手掛かり無いなぁ…、ハァ…」
九ノ瀬さんを帆野さんの部屋から遠ざけた後、私は色んな場所を隅々まで調査していた。広間や食堂、給湯室から職員トイレまで調べ上げた。
──がっ!ここまで収穫は一切ゼロっ!!なんかもう挫けそう心が…っ!今めっちゃ辞めたいもん潜入捜査…っ!
全然帆野さん出て来ないし…もうほとんど調べる所も無いし…。本格的にもう調査辞めてもいいじゃないかな私…。
無意識に戻ってきちゃったしね、帆野さんの部屋の前に…。
帆野さん出て来ないかなぁ…。──出よ帆野さん…っ!
“ガチャッ”
「おおっ?縮っちじゃーん」
「うわァっ!?本当に出て来たァっ!?」
噂をすればなんとやらって言うけど、まさかこうもピンポイントでくるとは…。「うわァ」って言っちゃった上司に向かって…。
「ちょうど良かった、帰るぞ縮っち…っ!速攻で身支度して私の部屋集合な…っ!そんじゃまた後で…っ! “ガチャッ”」
──えっ…?待って待って…っ!?なんで急に帰ることに…っ!?説明は…っ!?「また後で」っじゃないでしょう…っ!?
まぁ身支度しますけどねちゃんと… by縮
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
「おっ!来たな縮っち!もうそろ迎えが来っから、ちょっと待ってな?」
部屋に入ると、既に身支度を終えてベッドでスマホをいじる帆野さんが居た。くつろいでるなぁ…もの凄く…。
「それは分かりましたけど…どうして急に…?」
「あーうんとね…実はカクカクシカジカでさ…」
なるほど…そんな事が…。完璧に私の調査無駄になっちゃったの悲しいなぁ…。ただ歩き疲れただけだったなぁ…。
「“コンコンッ” 兎永さん…?入るわよ…?」
ドアの奥から聞こえた声に、同時にバッと顔を向けた。この声は九ノ瀬さん…っ!ここには来ないように言ったのに…っ!
一先ず私は大急ぎでクローゼットの中に身を隠した。体調不良と言っていた以上、私が居るのを見られる訳にはいかない…。
「あれ…?九ノ瀬さん…どうしたの…?もしかして私を心配して…?ご迷惑をお掛けしてすみません…」
ヤバいちょっと笑いそう…っ!さっきと今でキャラが違い過ぎてなんか面白いヤバい…っ!耐えて…耐えるのよ縮…っ!
「いいのよ兎永さん…。困った時はお互い様よ…」
その後少しの沈黙が流れた。よく見えないけど、クローゼットの隙間から見える九ノ瀬さんは…どこか思い詰めた顔をしていた。
そして何かを決心した様に九ノ瀬さんが口を開いた──
「ねえ…兎永さん…。兎永さんは…貴方は…本当は何者なの…?私たちと同じ様な…ただの患者じゃないんでしょ…?」
──っ!?なんでそれを…っ!?私ならともかく…帆野さんがバレるなんて…
「ここに来る前に篠崎さんとお話をしたんだけどね…?篠崎さんが貴方の事を“帆野さん”って呼んでいたの…」
やっぱ私だったかー…っ!朝に帆野さんに指摘されてたのに…っ!
「それに…朝兎永さんが茂みに隠れて何かをしてるのも見ちゃったの…。私の部屋…ちょうどその茂みが見える二階の部屋だったから…」
帆野さんもだったー…っ!隠れてたっぽいのに全然バレとる…っ!潜入捜査てんでダメだな私たち…っ!
「──そこまでバレてるなら隠しても無駄か…。うんそう…私は、というか私と篠崎っちは患者じゃない…。訳あってここを調査しにきた調査員なんだ…」
帆野さんは私に向かって目配せをしてきた。私はその意味を受け取り、静かにクローゼットから出た。九ノ瀬さんは不思議と驚いていなかった。
「ごめん…九ノ瀬さん…。事情があったとはいえ…騙す様な感じになって…」
確かに…ここの患者からしたら、元気な人が病んでるふりをして紛れ込んでた訳になるから…悪く思っても不思議じゃない…。
九ノ瀬さんだって例外じゃない…。少しだけだけど話を聞いたから分かる…九ノ瀬さんに降りかかった不幸の事を…。
何て言うのかと思っていると、九ノ瀬さんは頭を下げた帆野さんを少し見つめて優しく微笑んだ…。
「気にしないで二人共…。確かに二人は患者とは違うけど…私の話を聞いて同情してくれた…。私はそれだけで十分よ…ありがとう…」
九ノ瀬さんは最後に帆野さんを静かに抱きしめてお礼の言葉を言った。深く…色んな感情の籠ったありがとうを──
それから少しして、門の前に迎えの車が到着した。別れの言葉を交わした後、九ノ瀬さんは自室に戻っていった。
私と帆野さんはこっそり玄関から外に出て、誰かが見てないかに全神経を注いで茂みを通って迎えの車まで辿り着いた。
「お疲れ様です、帆野龍位、縮角位」
「おうお疲れー、迎えご苦労っ!」
どうやら第二支部のマネージャーさんが迎えに来てくれたみたい。緊張が一気にほぐれて全身から力が抜けていく…。
腕の包帯を巻き取ってカツラを外す。ようやく私が戻ってきた感じ…お帰り私…。
車は静かに発進し、徐々に薔薇の宮が遠ざかっていく。さようなら薔薇の宮…患者全員の心がどうか救われますように…。
【第35話 黒い薔薇 完】
窃盗団の正体判明…っ!果たして朱の儀とは…? 次回に続く!
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