第33話 薔薇の宮(1)
<戦いの技式>
第33話 薔薇の宮(1)
「それじゃあ篠崎さんはこの部屋を使ってください。部屋にある物は全て自由に使ってくださって構いませんから、何か分からない事があったら言ってくださいね」
「はい…ご親切にどうも…」
<薔薇の宮 〔Perspective:縮〕>
女性限定の福祉施設“薔薇の宮”。現在私と帆野さんはここの新患者として潜り込み、例の窃盗団の足取りを掴もうとしている。
のだが…実を言うともうしんどい…。何がかと言えば…演技がしんどい…。
ここに来る女性の多くは、異性トラブルによって心を病んでいる人がほとんど。普段通りに振る舞っていては違和感を感じさせてしまうかもしれない。
──と言うわけで、今の私は“元カレからDVを受けて心を病んでしまった哀れな女性”…の設定を全力で演じている最中。
正直これがホントにきっっつい…!普段の私と真逆なんだもん性格がっ…!慣れない演技するのは精神的にきつい…!ホントに病んじゃう…!
カツラも蒸れて熱いし…擦れて痒いし…、自慢の白髪も乱れちゃうしで…思ったより酷な作業…。
とは言え、これも仕事仕事っ!演技がバレてるって感じもしないし、今のところは好調好調っ!この調子で隅々まで調べてあげる…!
まずは…身近なこの部屋からかな…?ベッドに机、本棚にクローゼット…それと小さなテレビか…。家具のせいで若干手狭だ…。
本棚に入ってる本は、どれも詩とかそういう本ばかり…私好みの本は無いか…。引き出しの中には何か…おっ?
「これは…日記…かな…?」
少し埃がかった日記が引き出しの奥から出てきた。適当なページを開いて中を見ると、弱弱しい文字で悲痛な文章が綴られていた。
前にこの部屋を使っていた人の日記のようだ。これは…特に関係はないかな…。
分かってはいたけど、やっぱり部屋には手掛かりがなかった。多分帆野さんの方も大して収穫はないかもね…。
どうしよう…色々調べに行きたいけど…勝手に動き回っていいのかな…?怪しまれたりしないかな…?
いや確か…「潜入捜査は待ちが肝心!」って帆野さんが言ってたような…。それなら今は動くべきじゃないのかも…?
──うーん…どうしよっかなぁ…。
「あら、兎永さん。どうしたの?お散歩?」
「ええ、ちょっと気持ちが落ち着かなくて…失礼します…」
<〔Perspective:帆野〕>
ガーーッ!!ダリいなマジでっ!慣れない言葉遣いすんの面倒だなガチでっ!
あとこの普通の白い眼帯がまあ嫌だなっ!心配されるの大っ嫌いだからな私っ!
室内にこもってジッとしてるのも嫌いだ。待つのとか特に嫌いだ。じゃあ潜入捜査に向いてないな私っ!!
どーすっか…ジッと出来なくてつい外に出ちまったな…。縮っちに待ちがどうたらかんたらって言った手前…示しがつかねえなぁ…。
まあいいか、それが私だし、自由にやってこそだろ私は。気を取り直して、調査を続けるとしますかねェ。
私の部屋にはそれらしいやつは無かったし、多分縮っちの方もそんなもんだろ。
──となると、怪しいのはここのスタッフが管理してる立ち入り禁止的な場所か…目につかなそうな場所か…。
いずれにしても簡単じゃなさそうだな…。永刃さえあれば、縮っちの能力でかなり自由に調査出来んのに…。
文句をこぼしながら裏庭の方に足を運ぶ。かなり広い敷地内、これは調べる場所が多くて骨が折れそうだ…。
-裏庭-
怪しそうな場所を探しながら歩き続けて裏庭に到着。ちなみに道中で怪しい場所は見つからなかった。やっぱ室内なのか…?
裏庭は目を奪われる程の絶景な薔薇園。これは確かに病んだ心を癒すには効果てきめんだな、知らんけど。
腰ほどの高さの薔薇に、ゆっくり休めるベンチが複数…。もし例の窃盗団の関係者が居るなら、薔薇園で密談なんかも楽勝だろうな。
本当に密談がされてるんなら、盗聴器でも仕掛けてみたいが…こうも広いんじゃあなぁ…。薔薇園だけで全部使い切っちまう…。
──さてどうするか…。
「あら…?兎永さん…でしたっけ…?兎永さんも薔薇を見に来たの…?」
後ろを振り返ると、綺麗な青い髪の女性が一人。外見からして私よりも若い…、縮っち…いや桃っちと同じ位か…?
まだ若えのに…気の毒だな…。
「ええ、この綺麗な薔薇を見ていると…なんだか心が落ち着いて」
ウソ、全っ然花に興味ない。香りは好きだけどそれ以外は別に…。
「私もです…。こうして毎日見てると…少しずつ傷も癒えていくような気がしてくるの…。嫌なことも全部…忘れられるの…」
やべー、なんか隣に立つのスゲー嫌だ…。よく分かんない罪悪感にかられる…なにこれ初めての体験だわ…。気まずっ…!
「兎永さんは…どうしてここに来たの…?もしかして…その右目…?」
「そうなんです…彼が毎日暴力を振るってきて…。耐えられなくて…それでここに来たんです…」
──と言う設定で通そうと思う。バレないように気を付けよう。
「それは大変でしたね…でもここならもう安心です…。ここには危害を加えるような野蛮な男はいませんから…傷と一緒に心も休めてください…」
んー、なんていい娘なんだろうか…。自分だって傷付いているだろうに…寄り添うように優しい言葉を掛けてくれる…。
別に傷付いてない私を。年上の私を。うーん、なんか恥ずかしくなってきたな…。あれ?もしかして私って…ダメな大人か? ※錯覚
「私も…嫁いでた彼とその家族との間で人間関係トラブルにあって…。二ヶ月経った今でもここから離れられずにいて…、どうしようもないですよね私…」
ギャー気まずい…っ!なんて言葉掛けたらいいんだよこんな時…っ!?どうする私っ…とりあえずその家族…ぶちのめすか?
「完治するまでは時間が掛かるかもしれませんけど…一緒に乗り越えていきましょうね…。お互い支え合いながら…」
優しく微笑んではいるけど、目に光がねえな…。二ヶ月経ってこの状態…余程の重傷…。心の弱みにもつけこみやすそうだな…。
支えるふりして悪い方面に誘導するなんて事も容易。むしろ心の拠り所にさえなってしまえば、従順な手下にだって出来る…。
あくまで考えが合ってればの話だけど…こいつは早く調査しないとダメだなこりゃ…。ゆっくりしてらんねえな…。
「それじゃあ…私もう行きますね…。えっと…お名前は…?」
「“神来社”…いえ、“九ノ瀬 亜実”です…。これからよろしくお願いしますね兎永さん…」
九ノ瀬さんに背を向けて薔薇園を後にする。今日はひとまず本格的な調査はしないつもりだったけど、そうも言ってられねえ…頑張るか。
──神来社…九ノ瀬…?どっかで聞いた事あるような気がすんだけどな…。気のせいか…?
<〔Perspective:縮〕>
──ふぅ…やっぱダメだ動きたい、私動きたい。ちょっと怪しく見られてもいいから調査したい。近場でいいから何か掴みたい。
てなわけで、腕に包帯巻いてカツラを被っていざ外へっ!何か窃盗団の証拠となる手掛かりを求めてっ!いざっ!!
「来ないでっ!!私のことは放っておいてっ!!」
ドアを開けて一歩踏み出した瞬間、頭の奥まで響くような怒鳴り声が聞こえた。ビックリしてずれたカツラを整え、様子を見に行く。
通路の少し先、開いているドアの前に三人の女性が立っている。どうやら声の主は部屋の中の人物らしい。
調査に行きたいけど…出くわしちゃった以上、無視も出来ないよね…。仕方ない…ちょっと様子だけ見てこようかな…?
「あっ、ごめんなさいね篠崎さん。騒がしかったかしら…?」
「いえいえ、お気になさらないでください…」
自然な態度で近付いて部屋の中を覗き込む。そこには、床に座り込んで右手にカッターナイフを持っている女性の姿があった。
ボロボロの包帯と傷だらけの左腕…。異性トラブルが原因の自傷行為…分かってはいたけど、深刻な患者もやっぱりいるのね…。
「さっさとドア閉めてっ!私には構わないでっ!!」
あまりの迫力に、他の患者は言われるがままにドアを閉めた。怖ぁ…、目が怖かった目が…。復讐心が目に宿ってたわあれは…。
ただ心を病んだ患者だけが居る訳じゃないんだ…。哀しみ苦しみが、ああやって怒りに変化する場合もあるのか…。
「あのう…あの人は…?朝の多目的ホールにはいませんでしたよね…?」
「そうなのよ、ごめんなさいね…?森野さんって言うんだけど、ここ最近ずっとあんな感じで…私たちも心配してるのよ…」
確かに心配…、身体の事もそうだけど、あの状態はちょっと危険かも…。勝手に施設外に出たら事件を起こす可能性もある…。
「ああいった事は…よくある事なんですか…?」
「たまにあるのよ…。病んでた心が元に戻る過程で、あんな感じになっちゃう事が…。私がここに来てからも、数人ああなっていたもの…」
復讐心を募らせる患者か…、窃盗団との関係はなくないのかもしれない…。むしろ仲間にするには絶好の人材…。
森野さんをマークしていれば、誰かしら怪しい人物が来るかもしれない…。ちょっと張ってみようかな…?
「でも安心して…?あの人はもうそろそろ“別棟”に送られるみたいだから…。怖がらなくてもいいわよ…?」
「別棟…?ここ以外にも同じ様な施設があるんですか…?」
帆野さんが用意してた資料にはどこにも書いてなかった筈…。私もホームページとか調べたけど…そんな情報はなかったのに…。
「森野さんみたいな過激な人はね、他の患者さんに悪影響が出ちゃうから別棟に移動するの。そこでこことは違う専門の治療を受けるの」
そうなのか…。こう聞くとちゃんと徹底して患者の治療をしようとしてる健全な団体としか思えない…。ホントに関係あるのかな帆野さん…?
昔たまたま偶然ここで治療を受けていただけの人だったって可能性があるんじゃ?朝凪ちゃんを死の淵に追いやった異能犯もここと関係あるか分からないし…。
「篠崎さんはまだ来てすぐだから、あまり気にしないでね…?篠崎さんはゆっくり心を休めることに専念して…?」
「はい…ありがとうございます…。失礼します…」
自室のドアを開けて中に入った。さて──
動けない…っ!せっかく行動に移ろうとしたのに…動けなかった…っ!ほとんど有益な情報もなかった…っ!
うぅ…大人しくしてなきゃか…。
‐夜‐ -帆野の部屋-
「おっす縮っち!今日は初の潜入捜査お疲れェ!縮っちも飲むかビール?」
「えっなんでビールあるんですか?まさか持ち込み…?頂きますけども」
~ちょこっと酒盛り中~
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
「ほんで~?何か有益な収穫はあった?」
「全然ダメでしたァ…、いい情報はなかったですよぉ…」
ビールをひと口飲みながら今日の事を思い出す。──なんて言ってはいるけれど、本当に今日は何もしてない…。
部屋で時間を潰して、ちょっと部屋から出てまた同じ…。
「まあ縮っちの方もそんなもんだよねやっぱ…。私の方もさっぱり…外は調べたけど、やっぱり施設内に手掛かりがあんのかも…」
帆野さんがっつり動いてるなぁ…。待ちが肝心なんじゃなかったっけ…?
「あっそうだ、なあなあ縮っち?調査には関係ないんだけさ、“神来社”と九ノ瀬”って苗字に聞き覚えとかないか?」
神来社?九ノ瀬?うーん…私も分からないや…。確かに知り合いに珍しい苗字の人多いけど…。風耶に…楪に…桧凪に…
でも確かに…なんか少し引っ掛かる…。九ノ瀬は知らないけど、神来社はどこかで…?うーん…思い出せない…。
「無理に思い出さなくてもいいよ?さっきも言ったけど、今回の件には直接関係ないからさ。縮っちもなんか言いたい事ないか?この際何でもいいぞ~?恋愛系の質問でもいいぞ、別に好きな奴いないけどなっ!ハッハッハッ!」
完全に酔いが回っちゃってる…帆野さんそこまで酒に強くないからなぁ…。私もそこまでじゃないけどさ…。
ふい~、私も明日からは頑張ろ。
<薔薇の宮 スタッフルーム>
“♪♪♪~♪ ♪♪♪~♪ ♪♪♪~♪──ガチャッ”
「はい、こちら薔薇の宮・別棟です。何か御用でしょうか?」
「こちら本館の者ですが、また危ない思考を抱くようになった患者が一人おりますので…そちらで治療して頂きたいのですが…」
ここは薔薇の宮の職員が事務作業などを行う場所。患者の資料や施設内部の見取り図などが置かれたその場所で、一人の職員が電話を掛けていた。
「かしこまりました。では明日にでもそちらへ向かいの者を寄越しますので、事前に手続きの準備をお願いします」
「かしこまりました…。どうかよろしくお願い致します…」
電話越しに頭を下げる職員の机の上には、何かの印を付けた患者の名簿があった。そしてその印は森野の所にも書かれていた。
【第33話 薔薇の宮(1) 完】
何かの予感…。それは不吉な予感…? 次回に続く!
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