第2話 東京第三支部
<戦いの技式>
第2話 東京第三支部
「朝凪さん、おはようございます」
時刻は午前9時、普段ならもう学校でホームルームが始まっている時間だ。いつもより余裕を持って朝ごはんを食べ終え、鍵をかけて家を出た。
既に外には三下さんが待っていた。家の前に止まるいかつい黒光りの車…、普段と違うその光景に少しくらくらする。
「準備がお済でしたら車に乗ってください。早速向かいましょう」
本部とは反対方向に進みだした車は、最初は好調に進めていたが直ぐに渋滞にはまってしまった。三下さんはつくづくついてない人みたいだ。
「三下さん、クビにならなかったんですね。あんなに絶望してたから、てっきりクビになったものと思ってましたよ、良かったですね」
「ええ、まあ。あの後こっぴどく怒られましたが、なんとか辞めずに済みました」
三下さんはクビにならなかったが、その代わりに私の専属マネージャーの様な地位に落ち着いたらしく、今後のサポートをしてくれるという。お勤めご苦労様です。
到着までは時間が掛かりそうなので、これから向かう所について聞くことにしよう。
「三下さん、東京第三支部ってどんなとこなんですか?警察署みたいな感じだったり?」
「そこまで堅苦しい所ではありませんよ。そこに居る隊員の皆さんも優しく接してくれる筈ですし、何も心配は要りません」
三下さんが言っているからか分からないが、若干信じられない部分がある。そもそも普段から危険な異能犯罪者と戦っている様な人達が、果たしてちゃんと会話出来るのかも怪しいもんだ…。
「もしも何か気に入らないようでしたら後で支部の変更も出来ますので、一応その事も頭に入れて置いて下さい」
「変更?他の支部にも行けるって事ですか?」
支部は東京に3つあり、更に他県にも複数の支部があるそうで、私はあくまで永刃の訓練をする為に東京第三支部にお世話になる。
つまりそれが終了次第、私には正式に配属される支部を選ぶことができるそう。
「本部の方針では、本当は東京第一支部に行って欲しかったみたいですけどね。まあ第一支部は一番距離が離れていますからしょうがないですけどね」
本当は?何か第三支部に行って欲しくない理由でもあるのだろうか?少し疑問が残ったが、もう少しで支部に着くらしいので質問を辞めて準備をした。
それから20分~30分位でようやく目的地に到着した。壁に囲まれた二階建ての建物に、ここからは見えないが恐らく広い庭のある場所だった。
車から降りると、三下さんから永刃を渡された。持ち慣れない刀を左手に構えて、車のドアを閉めると同時に後ろから声が聞こえた。
「おや、ようやく着きましたか。随分時間が掛かりましたねぇ三下さん」
「これはこれは“風耶龍位”、わざわざお出迎えして下さらなくてもよろしかったのに」
風耶龍位と呼ばれるこの人物は長身の銀髪で、想像していた人物像とは違って穏やかそうな人に見えた。※朝凪のイメージは強面のプロレスラー
「聞きましたよ三下さん、どうやら盛大にやらかしたそうですねぇ、フフフッ…」
ちょっと穏やか人ではないかもしれない。他人のミスに不敵な笑みを浮かべる所があの人に似ている。我らが担任の穂崎先生に…。
「そ、それでは私はこれで失礼します。夕方にまた迎えに来ますので、それまで頑張って下さいね朝凪さん。風耶龍位もよろしくお願い致します」
三下さんは車に乗って行ってしまった。きっとこれから三下さんは仕事に追われて忙しくなるのだろう、お疲れ様です。
「さてさて、まずは中に入ってゆっくり話でもしましょうか、桧凪朝凪くん?」
色々とこの建物を見て回りたいが一旦我慢し、風耶龍位と呼ばれる人物について行った。中に入るとやたら広い玄関に吹抜けのリビングの様な空間が広がっており、とても開放的で気持ちいい。
案内されるままソファーに座り、淹れてくれたお茶を啜りながら話を始めた。
「さてまずは自己紹介ですね。私は“風耶 伊敷”、この東京第三支部を任されている支部長です」
私も自己紹介を返して本題に移る。
「話は鷹蔵さんに聞いてます、災難でしたねぇ。突然こんな事に巻き込まれて大変でしょう?それなのに永刃の訓練もやらなきゃならないとは、本当に大変ですねぇ、フフフッ」
すごく独特な雰囲気を身に纏っているこの人は、同情しているのか面白がっているのか分からない。 正直ちょっと怖い…
「まあでも問題ないでしょう。ここに居る人達は全員優秀ですから、朝凪くんも直ぐに扱えるようになりますよ」
そう言って吞気にお茶を楽しみだした。この人が何を考えているのかが分からず、不安でカップの中を見つめてしまう。
「さて、それじゃあ色々お勉強をしましょうか。まず大前提として、何故永刃の訓練が必要かは分かりますか?」
「確か法に触れちゃうんですよね。だから訓練をしなくちゃって…」
事実これは鷹蔵さんが言っていた事だ。
「間違ってはいませんが少し違います。それはあくまで、法に触れない様にする為に訓練をする必要があるだけで、訓練をする理由ではないんですよ」
それは確かにそうかもしれない。というかよく考えたら、法に触れない為に武器の扱いを学ぶのって普通に変だ。
「永刃の訓練をする理由は、君の“能力が目覚めた時に、暴走してしまわぬ様にする必要があるからです」
「能力、ですか…?それって漫画とかでよくあるあれですか?」
「よくあるそれです。そしてそれを悪いことに使う人達が異能犯罪者に分類されるわけです」
そう聞くと異能犯罪者って危険なんだなって思った。学校周辺に出た不審者が、異能犯罪者でないことを願うよ。
「でも具体的に能力ってどういうのなんですか?手から火が出たりするんですか?」
「まあ人によってはそんな能力を持つ人もいるでしょう。でもそんな単純な能力はそんなにありませんよ」
本当にそんな能力が手に入るのなら、無限にお金が降ってくる能力とかが欲しいけど、漫画でよくあるそれならば、きっと望んだ能力は手に入らないだろう。
「能力の詳しい説明もしなくちゃですけど、ちょっと複雑なので後にしましょう。色々と面倒くさいのでね」
そう言って空のカップにお茶を注ぎだした。本当に先生によく似ている…、もしかして生き別れた兄妹だったりして…。なんて考えていると、話は次に移る。
「それでは話を少し変えて、朝凪くんの目標の話に移りましょうか」
カップをテーブルの上に置き、ソファーに深く腰を置いて話が続く。
「まず朝凪くんには、“香位”を目指してもらいます」
また知らない言葉が出てきた。そういえば三下さんも、さっき伊敷さんのことを“風耶龍位って言ってたかも…。なんて考えても分からないので、聞いてみた。
「“香位”って言うのは、隊員に与えられる“階級”の1つです。下から順に、“歩位、“香位”、“桂位、“角位、“龍位、“玉位、“王位の7つあります。ちなみに今の朝凪くんは歩位です」
つまり私は1つ昇格する事が目標のようだ。伊敷さんは龍位だから、かなり上の地位にいることになる。正直そこまで偉い人に見えないのは何故だろう…?
「歩位から香位に上がる条件は[永刃を使用した戦闘実技に合格]ですから、まだまだ先ですけどね」
(実戦テストは嫌だなぁ…、絶対痛いし、できればやりたくないなぁ…)
なんて思いながらお茶を飲み干すと、ふと周りに目を向けてきょろきょろする。
「朝凪くん、どうしました?何か気になる事でも?」
「えっと、他の人達は居ないのかなぁって思いまして」
ソファーから見える限りでは、ドアは全部閉まっているが人の気配はない。玄関にも靴は伊敷さんと私の二足しかなかった。
「他の人達なら、今庭で鍛錬をしています。もうすぐ休憩しに戻って来ると思いますよ」
パッと見かなり広めの庭だったので、恐らく十数人程の隊員が居ると思われる。そう考えると玄関が以上に広いのも納得できる。
「もうすぐ先輩達と顔合わせ出来ますが、その前に聞いておきたい事とかがあれば答えますよ」
聞きたい事と言われても、分からない事だらけで色々と混乱してきた。でも何か聞かないといけない感じもするし、とりあえずトイレの場所だけでも聞いておこうかな。
「あの…」
聞こうと声を出すと同時に奥の方でドアが開く音が聞こえ、足音がこっちに近づいてきた。
「ふえ~、疲れたよぅ~…。支部長~、お茶淹れて~」
「私もお茶欲しいですぅ…。冷えた冷たいやつぅ…」
「お疲れ様ですお二人とも。お茶が少ないので淹れ直しますから、少し待っていて下さい」
伊敷さんはそう言ってキッチンの方に歩いて行った。やってきたのは2人の女性。崩れるようにソファーに流れ込んだ2人の手には、永刃と思われる刀が握られていた。
しばらく頭をぐでーっとした後、顔を上げた1人と目が合った。
「あれ?お客さんなんて珍しいね。仕事の依頼か何か?」
「その人は今日からここで一緒に訓練をする新人さんですよ。良かったですね、新しい後輩ができましたよ」
そう聞くや否や、目が合った女性の目がキラキラと輝き出した。頭を下げていたもう1人の女性も顔を上げてキラキラと瞳を輝かせ始めた。
そして2人同時に私の前まで移動してきて、手を強く握られた。
「遂に、遂に新人ちゃんが来てくれた…!ありがとう、ありがとうここを選んでくれて…!」
手を握られたまま感動されているこの状況に、少し戸惑ってしまう。もう1人の方は手で目を覆いながら大号泣している。なんか変な汗が出てきてしまう。
「ほらほら2人共、新人くんが困ってますよ。とりあえずお茶飲みながら自己紹介を済ませてください。私は茶菓子を用意しますので」
二人はソファーに腰掛け、お茶をひと口飲んで自己紹介を始めた。
「初めまして新人ちゃん!私は“縮”だよ!よろしくね~」
「私は“楪 桃乃って言います~!よろしくです~!」
「私は桧凪 朝凪です。これからよろしくお願いします」
またイメージとは違う人達が出て来たけど、どっちも優しそうでちょっとほっとした。軽く自己紹介を済ますと、伊敷さんが茶菓子を持って戻って来た。
「さてと、それじゃあ2人にも朝凪くんの事情を説明しますかね」
「なるほど…、巻き込まれてここに来たんだ。かわいそうに…、それじゃ色々と大変でしょ?困ったことがあったら何でも言ってね?」
縮さんはすごく面倒見が良い人みたいで、お姉さんの様な温もりを感じる。
「でもそれが原因でここに来たのなら、なんか複雑な気持ちですね。巻き込まれたのは同情しますけど、人が増えたのは嬉しいですし…」
桃乃さんはマイペースな感じで、何とも言えない安心感が漂っている。
「支部長、朝凪ちゃんはずっとここに居れるの?それともいずれ別の支部に行っちゃうの?」
「それは朝凪くんに選ぶ権利があるので、私では分かりませんよ」
縮さんと桃乃さんから熱い視線が送られてくる。瞳がキラキラと輝いている。
「まあそれはそれとして、まずは訓練が先ですけどね。縮くん、あれをお願いします」
伊敷さんの言うあれとは何か分からないけど、縮さんは理解したように頷き、座り姿勢を整えた。
手をぎゅ!っと握ると、縮さんの体から赤い蒸気の様なものがたちあがった。直後強烈な圧迫感に襲われた。何か重い物が上に乗っかっている様なそんな感じ。
「この赤いのは“永気”と呼ばれるものです。いずれ朝凪くんにも出来る様になって貰いますから、よく見ておいて下さい」
ただならぬ雰囲気が周りを包み込んでいく。少し息苦しく感じてきた辺りで、縮さんはそれを辞めた。消え去った圧迫感が、一層“永気”の異質さを物語っていた。
「まだ信じられないです…。本当にこんなの扱えるんですか…?」
「楽な修行じゃないけど、ちゃんと出来る様になるよ。私達が居るから安心して」
そう言われても疑問は残る。急に目の当たりにした非日常の光景を、簡単に頭は受け入れてはくれない。正直混乱している。
それを察してか伊敷さんは説明を終え、縮さん達との特訓に入った。まずは基礎体力を鍛える為に、ランニングと筋トレから始まった。
昼食を挟んで特訓は17:00まで続き、遂に私は…疲れて動けなくなった!
「まあ初日でいきなり激しい特訓したら、そりゃこうなりますよね普通は」
「むしろよく今まで頑張れたものよね…。朝凪ちゃんすごいよ、本当に…」
へとへとでソファーに横たわる私を労わってくれる先輩達に、なんだか涙が出てくる。そこへ伊敷さんもやってきて、ソファーに座る。
「初日でこれなら期待が出来ますねぇ。さてさて、もう少しで三下さんも迎えに来ますし、余った時間でもう一つ説明でもしましょうかね」
その時、建物内にただならぬサイレンの音が響いた。
[報告!東京第三支部に報告! 時刻16:40頃、参月山で闇取引が発生! その対処に向かった階級“歩位”の隊員三名から負傷したとの報告あり! 直ちに“香位”以上の隊員を現場に急行させよ!]
「うわぁ…、よりによって今かぁ…。しょうがない…、行きますか…」
重々しく腰を上げた縮さん。長く私の特訓に突き合わせて貰っただけあってすごく申し訳ない。玄関に向かう縮さんの背中を見ていると、伊敷さんがこんな提案をしてきた。
「丁度いいですねぇ、朝凪くんも連れて行きましょう。能力については口で説明するより、実際に見てもらった方が早いですし、一緒に連れて行きましょう」
「え!?大丈夫なんですか!?ちょっと危険なんじゃ…」
桃乃さんの言う通り、ただでさえ私はまだ普通の女子高生だし、身体も疲れ切って上手く言うことを聞かない。ついて行った所で、足を引っ張るのは明確だった。
「別に戦いに参加させる訳じゃないですよ。少し離れた場所から見学して貰うだけです」
「あ、なんだ~。それなら特に問題ないですね」
桃乃さんはあっさりと受け入れてしまった為、私の同行が決まった。能力戦を見てみたい気持ちはあるが、いずれ自分も携わると思うと、それを見る恐怖も高まる。
だが私に断る理由がない為、参月山へ向かうことになった。伊敷さんが運転する車に乗り込み、急いで現場へと向かう。
数十分後目的地に到着した私達は、車から降りて山道から森を見下ろした。
「さて、先に向かっていた隊員達の安否も気になりますし、早速始めましょうか」
伊敷さんと縮さんは一歩前に出て、片手で何やら印の様な物を結んだ。そして…
「“幡 探知式 壱門」
「“幡 遮蔽式 潜!」
二人は何かをしたが、特に何も感じず、私にはさっぱり分からなかった。
「一時の方角に七名、位置的にあそこの少し開けた場所ですね」
「よし、それじゃあ行って来ます!朝凪ちゃんを頼んだよ、支部長、桃乃ちゃん!」
そう言って縮さんは山道のガードレールを越えて、暗い森に入っていった。
「伊敷さん、さっき何をしてたんですか?」
「さっきのは“式”と呼ばれる、いわゆる技の様なものです。私が使ったのは、一定範囲内にいる人の永気に作用する“探知式。
縮さんが使っていたのは、自分の永気を感知されなくなる遮蔽式です」
他にも複数の式があるそうで、この様な能力と関係がない式の事を、“幡式と呼ぶらしい。
「なるほど、じゃあ縮さんは敵から場所が知られないって事ですね」
「そう言う事です。さて、私達も見やすい場所に移動しましょうか」
‐縮サイド‐
森の中は暗く、木々の間から差し込む月明かりが眩しく感じられる程だ。走り続けて二分、目の前に開けた空間が見えた。
速度をそのままに飛び込むと、如何にもな悪者が四人おり、少し離れた場所に負傷した隊員三名が倒れていた。
「なんだこの女は!?こいつもL-gstの犬か…!? 殺っちまえ!!」
掛け声と同時に、四人の男達は懐から銃を取り出して構え、一斉に発泡した。だが素早く動く縮には当たらず、目にも留まらぬ攻撃で四人の銃を切断した。
「貴方達に私は殺せない、諦めて降伏しなさい!」
永刃を男達に向けると、四人は大人しく両手を上げて降伏を認めた。その後全員を拘束し、応援を呼んで隊員の下に駆け寄る。
「良かった、全員気を失っているけどちゃんと生きてる。一応救護班にも来てくれるように要請しなくちゃ。ん…?」
ふと頭に疑問がよぎる。隊員は全員負傷しているが、その全ては銃による怪我ではなかった。怪我を確認する為に隊員に近付こうとした時、背後から殺気を感じて永刃を構える。
振り返るとほぼ同時に、構えた永刃に何かがぶつかった。それを払いのけ後ろに跳ぶと、そこには永刃を持った少年が立っており、鎌を模した独特な耳飾りが月明りを反射していた。
「貴方誰…?応援の隊員、じゃないよね…」
少年はしばらく縮を見つめたまま立ち尽くしていた。夜風が木々を優しく揺らし、お互い向き合ったまま時間が過ぎていく。三十秒程その状況が続き、少年は動いた。
「君も、そこに倒れている人達の、仲間?もしそうなら、排除しなくちゃ、いけない。違うなら、直ぐに消えた方がいい。まだ、死にたくないでしょ?」
少年は永刃を構えて縮に敵意を向けた。それが冗談じゃないと判断した縮もまた、永刃を構えて戦う姿勢を見せる。
「残念だけど、逃げる訳にはいかないの。大人しく降伏してくれないなら、少し痛い目に合って貰うよ!」
【第2話 東京第三支部 完】
次回!能力戦が幕を開ける!
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