第1話 日常の変化
<戦いの技式>
第1話 日常の変化
それは何でもない普通の日だった。普通に学校で授業を受けて、友達とくだらない話をして、近所のクレープ屋で寄り道して、ちょっと近道して家に帰る…、筈だった。
なのにどうして…、あんな事になってしまったんだろう…。
~ある日の午後3時~
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
キ~ンコ~ン、カ~ンコ~ン♪
「んん~…!ようやく今日の授業終わった~♪ はー、疲れた…」
「ほらお前ら席に着け~、パッとやってさっさと帰るぞ~」
東京のとある県立高校。チャイムが6時間目の授業の終わりを学校中に告げ、最後のホームルームが始まった。
「長々と話すつもりはさらさら無いから、次のチャイムまで適当に時間潰す予定だけど、校長から生徒に注意喚起するように言われた内容だけ言うぞ」
私達2年B組の担任である穂岬先生<♀>は、かなりの面倒くさがりな性格をしており、学校内で一番ホームルームが早い事で有名。皆から好かれてる。
「最近この付近で不審者が出ているらしいから、クラスの女子達は気を付けろよ。ただの変態クソ野郎ならまだいいが、異能犯罪者だと最悪人生終わるから注意しろよ。先生はお前らの葬式に顔を出すのが面倒くさいんだ」
注意喚起の理由が酷かった気がするが、それについては一旦気にしない様にしよう…。その後直ぐにチャイムが鳴り響いた。
「よっしゃお前ら!さっさと部活行くなり帰るなりしやがれ~!ただ教室には残るなよ?先生もこの後予定があるからな!」
私は友達と一緒に学校を後にし、お気に入りのクレープ屋さんに向かった。ここは我ら帰宅部の寄り道スポットの一つなのだ!
「おいし~♪やっぱりここのクレープは最高だな~♪」
「相変わらず美味しそうに食べるね~。おばちゃん、私も同じの!」
友達と一緒にクレープを食べる、何気ないこのひと時が堪らないのです。夢中で食べていると、クレープ屋のおばちゃんがさっきの話をしてきた。
「あんた達聞いたかい?この辺りで不審者が出たみたいだよ、怖いわね~。あんた達若い衆は特に気を付けなきゃいけないよ本当」
この辺りは比較的治安が良いから、不審者が出たと言われても全然信じてなかったけど、この短時間で二回も言われると少し信じてしまう。
頭の中に一瞬異能犯罪者が浮かんだが、直ぐにかき消してクレープを頬張る。この時はまだ気楽だった、もう少し後までは…
「じゃあね~!また明日~!」
友達と別れ、見慣れた道を通って家に向かった。大きく左に曲がった大通りを進んでいけば、30分で家に着く。でもそれじゃちょっと遠いから、いつも私は狭い路地裏を通って住宅街に出る。
それが一番早く家に行ける近道だった。だから今日も路地裏を抜けて、住宅街の道路を歩いていた。でもその日はいつもと違って、道に気になる物が落ちていて…
「何だろう、これ? 刀の…、柄?何でこんな物がこんな所にあるんだろう?」
ちょっと変わっているけど、こんな物は普通の落し物と変わらない。いつもの私なら、気にせずスルーしていたのに、これには何故か興味が惹かれて。
少し…、手に取ってみたくなって…、そして…
「おい君!!それに触るんじゃない!!」
後ろから聞こえた男の声に、私は咄嗟に振り返った。 右手に柄を持ったまま…
「あの、え~っと…。ごめんなさい…、もう触っちゃいました…、えへへ…」
どうにかしてあまり怒られない様にこの場を離れたくて、えへへとか言って謝ってみたけど、もう手遅れだったみたいで…
突然、右手に握った柄が光り始めた。私はその眩しさに目を開けていられず、左手で覆った。まぶたの裏からでも分かる程の強い光は、5秒くらい光って弱まっていった。
ゆっくり目を開くと、右手に握っていた柄は形を変え、立派な刀になっていた。
「え?ええ! ええぇ…?何で刃がついたんだ…?これって銃刀法違反になるのかな…」
「間に合わなかった…!どうすればいいんだ…!もう俺は終わりか…?」
法律違反を気にしている私に対して、男は膝から崩れ落ちて絶望の表情を浮かべる。どうやら今一番マズい状況にあるのは、私じゃなくてこの男の方みたいだ。
「あの、大丈夫ですか…?大丈夫なら教えて欲しいんですけど、これって銃刀法違反に引っ掛かるんでしょうか?私警察のお世話にだけはなりたくないんですけど…」
そっと聞いてみても、男は下を向いて「おしまいだ…、おしまいだ…」っと小さく呟くばかり。時間だけが過ぎていく、とてもカオスな雰囲気だ。
「あの、いい加減立ってくれませんか?傍から見たら、私が刀で貴方を脅している様に見えてしまうので。私捕まりたくないので…」
そう言うと、ようやく男は立ち上がり、何処かに電話をしだした。
「えっと、あの~…、私帰ってもいいですか…?これは返しますから…」
そう男に伝えても、男は「待って!」っという言葉を手と目で伝えて来る。どうしようない時間が再び訪れる。じわじわと不安がこみ上げてくる感じがとても不快で、冷や汗が止まらない。
その後も男は電話越しにペコペコと頭を下げている。正直大人のガチ謝罪は見たくないのだが、逃げ出すことも出来なさそうな雰囲気なので、ただただ見つめるしかない。するとようやく電話が終わったようだ。
「あの、ここまで待たせておいて大変恐縮なのですが…、この後お時間を頂いてもいいでしょうか…?今後の事についての説明をしなくてはいけなくなりまして…」
本来なら直ぐにでも断って帰宅するとこだが、今回は状況が特殊すぎる故に断れず、母に電話で帰りが遅れることだけを伝えて切った。
それから数十分後、黒くていかつい車が迎えに来た。クーラーが効いた車内に乗り込み、車は静かに進んでいく。
「あのぉ…、私はどこに連れていかれるんでしょうか…?」
恐る恐る運転手に行き先を尋ねると、バックミラー越しに目が合った後親切に教えてくれた。
「これから“L-gst”の本部にお連れします。到着までもうしばらくお待ち下さい」
(L-gstって確か…、異能犯罪を専門に取り扱う公的組織だったっけ?何でそこに連れていかれるんだろう…。異能犯罪者だと思ってるのかな?私別に刀を生成出来る訳じゃないのに…)
車の窓から見える景色が少しずつ変わっていく。建ち並ぶビルや道行く人達が減り、代わりに草木が生い茂る山道が広がる。日が暮れて辺りが真っ暗になり、車のヘッドライトと月明かりだけが眩しく輝いて見えた。
山道に入って20分程が経ち、少しウトウトしてきた辺りで目的地に到着した。生い茂る木々の真ん中に建てられているそれは、巨大な研究施設の様だ。
「到着しました、どうぞこちらへ。貴方の事は既に受付に伝えておりますので、このまま会議室にお連れします。その刀もお預かりします」
中に入ると、清潔感あるとても広いロビーに迎えられた。時刻は7時を超えているというのに、大勢の人が働いている。その人達の間を抜けてエレベーターに搭乗し、5階にある会議室に向かった。
ドアを開けると、中にはいかつい大男が立っており、もう私の心は限界です。すると…
「この度は!本当に!!申し訳ありませんでした!!!」
大男は、それはそれは綺麗な土下座をして謝罪した。それにつられる様に二人も深々と頭を下げて謝罪した為、私はどうしていいか分からなくなった。
しばらく頭を下げ続けた後、私は今までにあった事やその経緯などの説明を受けるため席に着いた。
説明の前に自己紹介があった。大男の人は鷹蔵、運転手さんは清野、そしておそらく何かをやらかした男の人が三下というらしい。
「私は桧凪 朝凪、です…」
「自己紹介も終わりましたので、早速説明に入らせて頂きます」
そう言うと鷹蔵さんは、ずっと気になっていた例の刀を受け取って説明を始めた。
まず、あの時に私が不用意に触ってしまった柄の様な物は“巧刃器”と呼ばれる物で、その後変化した刀のことを“永刃”と呼ぶらしい。
本来ならば、難しい実技の試験と幾つもの面接をクリアした者だけが、L-gstの隊員の証として巧刃器が渡されるそうで…。
「何故そんな重要な物があの場所に落ちていたかの説明をしなければなりませんね…」
それが何よりも気になっていた。一体どんな理由が…!
「そこの三下が、巧刃器を本部に届ける途中で落としたそうです。直ぐに探しに戻ったのですが、結局間に合わず今に至るわけです…」
うん、まあ、もしかしたらそうなんじゃないかとは思っていました。すっごい不自然に落ちてたし、前にそんな感じの漫画読んだことあるし。
三下さんはまた頭を下げて謝っている。でもそこまで謝る必要があるのかは疑問だった。このまま刀を返却すれば終わる話ではないのだろうか?
「ここからが本題です。これは朝凪さんに大きく影響する話で…」
どうやらそんなに簡単な話でもないようだ…。一体どんな内容なのか…
「朝凪さんには、明日からL-gstの隊員になっていただきたいのです」
思わぬ言葉に頭が真っ白になった。ポカーンっと口が空いたまま固まってしまい、名前を呼ばれるまで完全に時間が止まっていた。
「え、隊員?私が、明日から、ですか…!?私明日も学校に行かなくちゃいけないし、急にそんな事言われても無理ですよ!?そもそも何で隊員に!?」
話について行けずに熱くなってしまった私を、三人が落ち着かせてくれた。なんとか冷静になった私に、鷹蔵さんが話を続ける。
鷹蔵さんの話では、L-gstの隊員以外の者が巧刃器を手にしてしまった場合、その行動に如何なる理由があろうとも異能犯罪者として扱われてしまうらしい。
そして最悪の場合、捕まって長期間の拘束を余儀なくされるとのこと。
だが原因が向こうにある為、どうにか私を犯罪者にしないように考えた結果、L-gstの隊員となり、法を回避する方法だった。
永刃の扱い訓練を行い、問題がないと判断されれば、今までの生活を送ることも許されるらしく、それ以外に考えが出なかったそうだ。
「でも学校はどうするんですか?急に休んだらそれはそれで問題になると思いますけど」
「その点はご安心を。明日我々が直接学校に赴いて事の経緯などを説明し、朝凪さんの長期間の休学を認めてもらう予定ですので」
学校の心配は要らないみたいだが、私にはまだ心配が一つある。母のことだ。
「1つお願いがあるんですが…、母にその事を伝えてくれませんか?私じゃ上手く説明出来ないと思うので…」
その私のお願いに快く応えてくれた清野さんに電話番号を伝えると、清野さんは電話を掛けながら部屋を出ていった。ドアが閉まると同時に、次は明日の事についての説明が始まった。
「これから朝凪さんには、“東京第三支部”という場所に就いて貰います。明日そこへ向かい、永刃の訓練などを受けて下さい。家から1番近い支部を選んだのでご心配なく」
ここまで色々気遣って貰うと、なんだが申し訳なくなってくる。
「明日朝9時に自宅まで迎えに行きますので、ご準備の方をよろしくお願い致します。持ち物などは特にございませんし、昼食なども支部の方で食べられますのでご心配なく」
本当に申し訳なくなってくる。私にも多少なりと過失がある為、一層申し訳なく思える。そう感じていると清野さんが部屋に戻ってきた。
「お母さんには伝えておきました。直ぐに話を受け入れて下さって助かりましたよ」
私のお母さんは何でも直ぐに受け入れてしまう悪い癖があるのだが、今はそれに救われた。変にややこしい事にならずに済んで。
「説明は以上になります。他に分からない事があれば何時でも電話で質問してください」
鷹蔵さんに渡された名刺をポケットに入れ、本部を後にする。再び暗い山道を抜けて街を通り、家に着いたのは21時過ぎだった。
車から降りて背伸びをした私に対して、清野さんと三下さんが頭を下げた。
「この度は本当に申し訳ありませんでした!私目の不注意で、平穏な日常を狂わせてしまい、本当に…、本当に申し訳ありません…!」
平穏な日常…、確かにそうかも。もうあの日々には戻れないのかもしれない。そう思うと、不安がまた心に流れ込んでくる。明日からどうなってしまうのかも想像が出来ない…、でも…
「気にしないで下さい。それよりも、明日からまたよろしくお願いします!」
これはこれで、良い日常になる予感がした。それはそれは刺激的な、新しい日々の始まりの…
【第1話 日常の変化 完】
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