story,Ⅴ:光の中の闇
レオノール・クインは高々と跳躍すると、魔王ショーン・ギルフォードへ頭上から何度も足蹴した。
「ク、ゥゥ……ッ‼」
ショーンは腕をクロスしガードしながら、口走った。
「デビルネメシ──」
「そうはいくか‼」
レオノールは言うと、引き続き技名を唱えた。
「サンダーディザースター‼」
これは拳攻撃のサンダーボルトと、足攻撃のライトニングの併せ技で、まるで目にも留まらぬスピードでレオノールは、ショーンに拳と足蹴ラッシュを行った。
この怒涛のラッシュにショーンは右へ左へ、上へ下へとよろめく。
「お、のれ……っっ‼」
ショーンは何とか声を絞り出し、レオノールへ宵闇の大剣を振るった。
これを避けるレオノール。
彼女からのラッシュが離れたところで、ショーンはレオノールへ大剣を振り回した。
それを華麗に避けながら後ろへと、レオノールは下がっていく。
そして横一閃が来た時、レオノールは上体を仰け反ったが皮一枚、喉元に剣の切っ先が掠った。
これを良しとし、レオノールはカウンターを放った。
「メテオシャワー‼」
再びレオノールから浴びせられる、今度は一つ一つが重い乱れ撃ちにショーンは半ば、意識が飛びかける。
「──ダークフレア」
ショーンは何とか、声を絞り出した。
しかしこれを追いかけるようにして、レオノールも新たに技名を口走った。
「エクスプロウシェン‼」
ショーンの漆黒の爆発と、レオノールの紅蓮の爆発がぶつかり合う。
──ドォン‼
その凄まじい威力に、放った張本人であるショーンとレオノールの二人は、後方へと大きく吹き飛ばされてしまった。
「レオノールの新技……超激強い……」
フェリオ・ジェラルディン達五人は、二人のぶつかり合いに思わず口をポカンと開けてしまっていた。
「あれはまだ序ノ口だよ」
そう言ったのは、アングラ―ド=フォン・ドラキュラトゥだった。
レオノールと一緒に新技作りを行っていた、アングラ―ドが言うのだから間違いはないのだろう。
見るとショーンは無数の打撃と足蹴により、全身痣だらけで顔も腫れ上がっていた。
「フン……体力回復の間、こいつらが貴様等の相手をさせる……──出でよ、地獄の四君子」
するとショーンを取り囲むような形で、四つの旋風が起きたかと思うと四人の人物が、出現したではないか。
「蘭、只今参上」
「竹、今ここに」
「菊、参上仕り」
「梅、お呼びで」
四人は片膝を跪き、ショーンに頭を下げる。
「奴等を一人残らず始末しろ」
「はっ‼」
四人はそう発するや否や、その場から散ったかと思うとそれぞれの場所に、姿を現した。
蘭はマリエラ・マグノリアの前に、竹はガルシア・アリストテレスの前に、菊はレオノールとフィリップ・ジェラルディンの前に、梅はアングラ―ドとフェリオの前に。
四君子は皆、女だ。
四人とも白髪に、後ろ髪をショートに横髪を顎のラインのボブスタイルで、一見見分けがつかない。
そんな中で、蘭は手の平を口元に添えると、フゥとそこに息を吹きかけた。
身構えていたマリエラだったが、やがてゆっくりと体を左右に揺らし始め、目がトロンとしてきた。
そこには、胸板の厚い屈強な姿の、ガルシアがいた。
身長もいつの間にやら、すっかりマリエラを軽く越している。
茶褐色の肌が瑞々しく、その緑と紫のオッドアイで熱くマリエラを見つめてくる。
大人になったガルシアは、優しく彼女へ微笑みかけ、手を差し伸べてきた。
「ガル……?」
マリエラはそう呟き、ガルシアのその手に手を伸ばす。
すると彼はマリエラの手を取るや、自分の胸元へと引き寄せ、抱き締めてきた。
温かい、彼のぬくもり。
体を通して伝わってくる、彼の心音。
「マリー」
「ガ、ル……」
「マリー、好きだ」
「ガル……ええ、私も……」
「マリー……!」
「ガル……!」
「マリーッ!」
「ガル……?」
「気付けマリエラッ‼」
「え……?」
直後。
パン‼
何かの炸裂音が耳に響いたかと思うと、気付いたらマリエラの足元で蘭が頭から流血し倒れていた。
手には、短剣が握られている。
やがて蘭は灰化し、瓦解して姿を消しそこには、血溜まりだけが残った。
「え? あ、私……?」
「マリー! 君は白昼夢を見せられていたんだ! もう少しでその短剣で背中を刺されるところだった! だから手遅れになる前に、俺がそいつを撃ち殺した‼」
「白昼夢……? じゃあ今までのガルは……」
ここまで言うと、マリエラは恥ずかしさの余り、顔を紅潮させた。
だが一方のガルシアは、それどころではなかった。
石床から突き出てくる竹槍から、逃れている最中だったからだ。
「蘭‼」
竹は彼女の予想外の死に、声を上げた。
「よくも蘭を……‼ この小僧が‼」
竹は蘭を銃殺した、今自分が相手をしているガルシアに、怒りを向けた。
ガルシアが飛空術にて、上空へと一旦避難する。
正直、マリエラが気になって竹とのバトルに身が入っていなかったのだ。
「それで逃れられたと思うなよ‼」
竹は言うや手を石床に叩き付けた。
途端、数mの竹槍が一瞬で伸びてきた。
が、それよりも早くガルシアはそれを避ける。
「お前の技は、これだけかよ」
ガルシアの挑発に、竹は更に怒りを覚える。
「小癪な小僧が! こうしてくれる‼」
竹は言うと、横に片手を突き出した。
途端。
「キャアァァァッ‼」
マリエラが悲鳴を上げる。
そこには、竹槍が片方の上腕に貫通している、マリエラの姿があった。
「お前の弱点は、この女だろう?」
言うと竹は、ニヤリと口角を引き上げた。
「て、め、えぇぇーっ‼」
ガルシアは怒鳴ると上空から、竹へと剣を振り上げて降下した。
しかし竹は、自分の周囲に野太い竹を出現させて、ガードする。
「それで守ったつもりか! 甘ぇよ‼」
ガルシアは思いっきり、その竹防御を袈裟懸けに斬り下ろした。
「が……っ‼」
直後、同時に竹防御の中にいた竹も一緒に、斬撃されていた。
竹は天井を見上げると、灰と化して瓦解し消滅した。
「マリー! 大丈夫か⁉」
ガルシアは着地すると、彼女の元へと駆け寄る。
「大丈夫よガル。これくらいの傷、もうあなたが敵を斬り倒している間に、フェアリークーラで治しちゃったわ」
「そうか……良かった。ここまで来る間に、マリーはすっかり逞しくなったな」
「フフ。ガルこそね」
言い合うとガルシアとマリエラは、お互いの額を当てて小さく笑い合った。
そしてレオノールとフィリップコンビはと言うと。
菊が放つ体術を全て、レオノールが受け持っていた。
「へぇ。お前も体術かよ」
するとレオノールの言葉に、菊は悠然と返答した。
「スピードは私の方が上のようだな」
これにフィリップがレオノールの肩に手を置いて、口にした。
「ウインドチーター」
それはスピードアップの魔法だった。
「良し。行ってこいレオノール」
「サンクス、フィル」
「何をしたのかは知らんが、この私に付いてはこれまい」
言うと菊はシュッと右へ移動した。
これにレオノールも同じ方向に移動する。
「?」
更に菊は次に左へ移動すると、同時にレオノールも同じく移動したではないか。
「この私のスピードに抗おうと言うのか……良かろう。付いてくるがいい‼」
菊は言うとスピード移動を始めた。
「生憎俺はお前と鬼ごっこをする気はねぇんだ」
レオノールは言うと、追いついた先から菊に攻撃をした。
膝蹴り、顔面パンチ、エルボー、足蹴等々。
これに菊は怒りを露わにした。
「喰らうがいい! 菊花乱舞‼」
菊は叫ぶと、10コンボの攻撃をしてきた。
だがこれを簡単にあしらうレオノール。
そうして菊の背後を取ると口走った。
「悲痛なる生贄の叫び」
同時に掴んだ頭を思いっきり捩じって、首をへし折ってしまった。
「──っ‼」
菊はそのまま立ち崩れ、灰化して消滅した。
一方、アングラ―ドとフェリオは梅を相手にしていた。
「紅白梅の嵐‼」
「ゎぷっ‼」
散り乱れる紅白梅の花弁に、表皮を切り刻まれながらフェリオは半目にしつつ、腕で目元を覆う。
だが次の瞬間、フェリオの体は空中へ舞い上がっていた。
「わわわっ! わぁぁー‼」
しかし、すぐ耳元でアングラ―ドの声がした。
「リオ。私に攻撃力アップの魔法を」
「! うん、分かった‼ ──輝ける希望」
「ありがとう。では私の背中に掴まって」
「ラード? どこにいるの?」
「すぐ目の前、風の姿になっている」
フェリオはアングラ―ドの声に従って、目の前を手探ると嵐とは違う物体らしきものに手が当たる。
「ラード?」
「そう」
これを聞いてフェリオは、それ──アングラ―ドにしがみついた。
「最凶なる大嵐‼」
「何……っ⁉」
梅が石床から上を見上げていた目を、見開いた。
アングラ―ドが繰り出した技は、梅の技を搔き消して彼女を巻き上げた。
「くっ、こんなもの……っ‼ ──⁉」
風に巻き上げられながらも、抵抗を試みた梅だったが、異変を感じた。
その嵐は肉を切って骨を断ったからだ。
「ギッ! ギャァァァーッ‼」
灰化した梅は、暴風の中であっと言う間に消滅した。
「──こんなもので、俺らの相手をさせたのかよショーン‼」
レオノールは怒鳴ると、片手を振り下ろす。
「言った筈だ。体力回復する"間”だと。あんなものはただの、"捨て駒”だ」
見るとショーンの外見は、何事もなかったように完治されていた。
「捨て駒……その為だけに命を粗末に扱ったと言うの⁉」
マリエラが声を荒げる。
「何。気に病むな。連中もその覚悟で出現したのだ。私の為に死ねて光栄の極みだろう」
「死ねて光栄もクソもあるものか‼」
そう怒鳴ったのはガルシアだった。
「悪魔だろうが人間だろうが、命は命だ‼」
気付くとガルシアは振り上げた剣と共に上空のショーンへ、肉薄していた。
「⁉」
これにショーンは、咄嗟に宵闇の大剣で盾とする。
ガキィン‼
鋼と鋼がぶつかり合う音が響く。
しかしガルシアは横一閃、袈裟懸け、逆袈裟懸けと剣を一気に振るった。
「何たるスピードだ……っ‼」
ショーンはそれを大剣で受け止め、防ぐ事しか出来ずにいた。
勇者一行の五人は、ガルシアの太刀筋が目で追えずにいる。
「ガルのスピードが更に速くなってる……?」
「ああ。魔王としてのショーンを相手にしていく内に、急進的に神通力が成長している」
フェリオの発言に、そうフィリップが答えた。
キンキン! キキン‼
頭上での勇者と魔王の剣は、甲高い共鳴をしていた。
そんな中でも、ショーンは口走った。
「不滅なる束縛」
直後。
ビキッとガルシアの動きが突如として止まった。
「ぅ、くぅ……っ! 一体何をした⁉」
ガルシアだ。
どうやら口は動くようだ。
「御覧の通り、貴様の動きを封じた。悪魔だろうが人間だろうが命は命だと? では今お前が私にしている事はなんだ。倒せば私の命も、失われるのだぞ……? 矛盾した甘ったるい正義を振り翳すな」
ショーンはガルシアの顎を掴んで振り解くと、一息吐く。
しかしその隙に、フェリオが小声でブツブツと、詠唱していた。
「かの者は黙して語らず。発する声に封印を。現れ出でよ。その名は──イヴ‼」
「⁉」
これにようやくショーンは気付いたが、時既に遅し。
空間がピンと張り詰め、耳が痛くなるような沈黙が訪れたかと思うといつの間にか、ショーンの目前に白い靄が女性の姿を形取って出現し、ゆっくりと自分の唇に人差し指を当てていた。
「?」
ショーンが眉宇を寄せる。
「お願い! 奴に与えて! ──サイレント・イヴ‼」
これに応えてその白い靄の女──イヴは、自分の人差し指にフッと息を吹きかけ、その吐息を気付かずにショーンは吸気してしまった。
それを確認してイヴは、空間の中に掻き消えた。
これにショーンは、フェリオを見下ろして口を開いた。
が、声が出ない。
「今のは沈黙の召喚霊だよ。しばらくはショーン、魔法使えないからね」
「……っ‼」
ショーンの表情が怒りに染まる。
「今の内に攻撃だ‼」
フィリップの号令に、レオノールがアングラ―ドに命令した。
「ショーンをこの下に叩き落とせ」
「仰せのままに。我が主」
アングラ―ドは背から純白の翼を出現させると、上空にいるショーンへと羽ばたいた。
そしてショーンへと上から振るった爪で、攻撃する。
「ゴッドクロー‼」
「──っ‼」
ショーンはそのまま謁見の間通路へと、背中から落下した。