デルニエール攻防戦 魔王軍サイド④ 下
だが、ルークとガンドルフの歩みは止まらない。
神器の攻撃にその身を晒しながら、やがてハーフェイの眼前まで辿り着く。
「馬鹿な……! こんなこと、あるはずが――」
「まだ足りん」
漆黒の大剣一閃。ルークの一撃が、ハーフェイの神器を打ち払った。
ただの無造作な斬り上げは光の巨剣を両断し、強烈な魔力の奔流は霧の如く散って虚空へと溶けていく。青白い光の粒が舞う様は神秘的でさえあったが、ハーフェイにとってはまさに絶望以外の何物でもない。
「これでは、酔えんな」
魔族特有の戦酔い。ルークはまだその域に達していない。素面のままだ。それはつまり、この戦場に彼を脅かす存在がいないことを意味する。
戦意を喪失したハーフェイに興味はない。ルークは何の感慨もなく背を向けた。
名将ジークヴァルド。能器将軍ハーフェイ・ウィンドリン。彼らへの期待はすでに失望へと変わっていた。
ルークは人間の強さを知っている。否、強い人間を知っていると言うべきか。
かつて敵であり、そして友であったアーシィ・イーサム。歴代でも最強と名高いめざめの騎士であったあの青年は、まさしく好敵手と呼ぶにふさわしい強者だった。剣を交えること幾度、互いにしのぎを削り合ったものだ。
だが、決着の機会は永遠に失われてしまった。世界の危機を前にして、アーシィは自ら死を選んだのだ。直接手を下したルークに、勝利の余韻などあるはずもなかった。
「ルーク、もう帰るの?」
陣へと戻る彼の頭上に、シェリンがふわふわと舞い降りて来た。彼女はたなびくロングスカートと、風に流される白金の髪を押さえている。
「興が失せた。あとはコワールに任せる」
「あっちも結構苦戦してるみたいだけど?」
「放っておけ」
戦況の推移には興味がない。
人間相手にソーニャが敗北するとも思えない。ルークにとって彼女は未熟な小娘に過ぎないが、それでもれっきとした四神将の一柱である。
この時、飛空魔法を駆使する魔族達はデルニエールの城壁に取りつけずにいた。城壁から絶えず放たれる弩砲、投石、攻撃魔法などの対空手段、そして堅固な防護魔法に守られた城壁に苦しめられていたのだ。
ソーニャの活躍によってデルニエール術士隊は壊滅状態であったが、槍衾のように飛んでくる対空攻撃に対しては、どうにも攻めあぐねてしまう。
多くの眷属を投入した地上戦においては、ハーフェイが率いてきた軽騎兵隊と、戦線に復帰したジークヴァルドの単騎奮戦によって、魔族側は攻勢を失いかけていた。
戦況は硬直状態に陥りつつある。
このままルークが戦場に残ればどうなるかはわからない。しかし彼はもう戦への意欲を失っていた。新たな敵が現われでもしない限り、静観を決め込むつもりである。
七将軍の一人ハーフェイもまた、敗北の汚泥に呑まれ呆然自失の只中にあった。彼の力が戦場で活かされることは、少なくとも明日まではないだろう。
デルニエール攻防戦初日。
双方に多くの犠牲を出しながらも、故に戦いは長期戦の様相を呈していた。




